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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2章 転生王女と御伽話の怪物
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第20話:和解成立と問題整理

 私は王宮からの帰り道で頭を抱えていた、本当にどうしよう。いや、どうしようもないんだけど。

 流石にあれだけ言っておいてレイニ嬢の保護を止めます! とは言えない。レイニ嬢を私の離宮に住まわせる事はもう確定だ。それ以外に選択肢もないとしか言えない。

 レイニ嬢も離宮に来る為の用意が必要だし、シアン男爵にも説明が必要という事でレイニ嬢が離宮に来るのはまた後日となった。その間にしっかりユフィに説明をするように、と母上に釘を刺されてしまった。

 いや、ユフィの事を忘れてた訳じゃないよ? ただレイニ嬢が抱える問題がオンパレード過ぎてうっかり頭から抜けてただけで。だからユフィを蔑ろにしていた訳ではなくて、これは不可抗力のようなもので、これは王女としての責務というか云々かんぬん。


「どうしよう……」

「どうしようもないですよ」


 私の呟きはイリアに一刀両断された。あまりに無情な仕打ちである。それもこれも全部アルくんが巻き起こした事態じゃないか、私は悪くなくない? むしろ出来た姉では? 全部尻拭いをしてるんだから報われても良いと思わない?


「私、今すぐアルくんを屠りに行きたいなぁ……」

「おや、王位継承権争いですか?」

「王位なんかいらないよ! あぁ、もうっ! なんでこんな面倒事ばっかり舞い込んで来るのさ!」

「首を突っ込まなければ、と言うには姫様がいないと解決出来ない案件ばかりですからね。或いは気付いたら国が転覆寸前だった、まであります」

「最悪ッ!」


 本当に手のかかる問題ばかり舞い込んできて気が滅入る。今年は厄年か何かか、災厄のバーゲンセールでも始めたのかと疑ってしまう。押し売りはしないで欲しい。

 とにかく問題はユフィだ。離宮にユフィを置いてるのだって心身の療養が主だった所もある。ようやく生活が落ち着いてユフィも心穏やかになってきたというのに、事情があるとはいえレイニ嬢と共同生活を送って貰わないといけない状況になるなんて……。


「……大丈夫かな」

「ユフィリア様の事なら心配はいらないかと思いますよ」

「そう……? だってレイニ嬢だよ?」

「レイニ嬢が直接ユフィリア様に何かしたのですか?」

「いや、そういう訳じゃないけど……」

「そこまで心が狭い方ではありませんよ。ただ、気遣ってはあげてくださいね」


 ユフィが悪い子だとも心が狭いとも思ってないけど心配は心配なんだよ。ただでさえ無理してた所もあったんだし。はぁ、前途多難だよ……。



 * * *



 やや憂鬱になりながらも離宮へと戻って、出迎えてくれたユフィを誘って王宮で起きた出来事を話した。そしてレイニ嬢が離宮で住む事になる事を恐る恐ると伝える。


「……はぁ、そうですか」


 恐る恐る待っていたユフィの返答は実にあっさりとしたものだった。気の抜けたような、それ以上に反応がない呟き。正直何を思っているのか掴めない。ただ事実を受け止めるだけのような反応に逆に不安になってしまう。


「え、と。それだけ……?」

「それだけ、と申されましても……必要な事ですよね?」


 いや、逆にそんな不思議そうな顔をされても。小首を傾げる仕草はちょっと可愛いと思ったのは内緒で。


「いや、そうなんだけど……」

「不可抗力なのですよね? であれば、私が何かを思うのもどうかと」

「そうなんだけどさ……」

「? 何をそこまでお困りになってるのか、私には理解しかねますが」


 きょとんとした顔で言い切られた。もしかしてユフィってずっとこうだったのかな?


「レイニ嬢は迷惑だと思いますが、彼女自身が悪意を持ってないというのならこれ以上、何か言う必要もありませんしアルガルド様との婚約は破棄されています。蟠りを持つ必要もないと思いますが」

「ユフィは本当にそれで良いの?」

「不可抗力ですから。なら責めようという気持ちもありませんし、責めてしまえばレイニ嬢もお辛いでしょう。ですので私から特に何か思う事は別に」


 う、うーん……これはこれで心配になるな。人間が出来ていると言えばそうなのかもしれないけれど、あまりにも人間味がないというか。

 ……そうか、これもユフィの一面なんだ。レイニ嬢に対して何も思っていない、という訳じゃないとは思う。けれど本人がそれを不満だと思う前に理性で処理してしまう。抑え込むのでもなく、溜め込む訳でもない。そして何も残さない。

 だからユフィは完璧だった。私は完璧じゃないユフィばかり見てきたから感じた事がなかったけれど、これがユフィの抱える歪さなのかもしれない。


「それに私を理由にアニス様がレイニ嬢を見捨てるならば、逆に私は貴方を軽蔑していました」

「そんな事したくないけど、ユフィもあんな事があって辛いんじゃないかと思うと複雑だよ」

「私は大丈夫です。どうかアニス様のままでいてください。そんな貴方様にこそ救われて良かったと思うのです。私が足を引っ張る事を私は望みません」


 ユフィの返答に私は少し複雑な気持ちを抱いてしまった。

 次期王妃として育てられ、多くの人達から羨望を集めたというユフィの魅力はこの立ち居振る舞いなんだろうと思う。

 公平で、そこに自分の感情を差し挟まない。不満も憤りも強固な理性で無くなってしまう。それは人格者として理想かもしれない。

 でも同時に欠点にもなる。ユフィは完璧すぎたんだ、だから裏切られてしまった。ユフィの完璧さは他人の未熟を映し出す鏡になってしまう。そんなユフィを疎ましく思う人がいても不思議じゃない。

 私も実際に目の当たりにして、ユフィに完璧のままでいて欲しいと思わなかった。それは人の生き方じゃない。王妃という生き物になってしまう。王妃とは生き方であるべきだ。


「……じゃあレイニ嬢が来ても皆で仲良く出来るようにしないと。これからはここで一緒に生活する仲間なんだから」

「……仲間ですか」

「私は身分の差なんて気にしない、なんて言ったら怒られるから公式の場では弁えるけれど。ここで過ごす間だけならいいでしょ? そういう気が抜ける場所はあってもさ。息抜きが出来ないと人間潰れちゃうから。ここが二人にとってそういう場所であって欲しいと思うよ」

「……ありがとうございます。その言葉だけで私は十分ですから」


 ユフィとレイニ嬢にとって今は辛い時期だと思う。それをなんとか出来るのが私だと言うのなら全力を尽くす。私にも利益になる話だしね。

 過去は変えられない。過去が無意味だったとは言わせたくない、辛い経験もこれから感じる幸せに変えられなきゃ苦しいだけだ。だからせめて私が出来る事で彼女達の力となりたい。

 どんなに現実が苦しくたって、皆が笑顔であれば良い。最初に胸に抱いた夢を忘れられないから。だからこれで良いんだと、ようやくそう思えた。



 * * *



 離宮でレイニ嬢を迎える準備が整い、離宮入りを悟られないように秘密裏に離宮へとやってきたレイニ嬢は酷く落ち着きがなかった。

 それもそうだろうとは思う。何故ならレイニ嬢の前にはユフィがいるのだから。お互いが直接何かし合った訳ではないけれど、婚約者を巡って諍いを起こしてしまった関係だ。

 レイニ嬢から見れば身分も上で、自分が婚約破棄を決定的にしてしまった負い目もあるだろう。

 明らかに怯えて竦んでしまっているレイニを見て、ユフィは特に何も表情を浮かべていない。冷たい、とかではなく無だ。何も感情を抱いていない。見ているこっちの方がハラハラしてしまう程だ。


「えーと……じゃあ、今日から私達はこの離宮で一緒に住むんだけど、仲良くしよう!」


 大袈裟なまでに明るく言ってみるけれど二人からは反応はない。静かな沈黙が私を傷つけた。


「……レイニ嬢」

「は、はい」


 そんな中でユフィからレイニ嬢へと声をかけた。レイニ嬢は見てわかる程に肩を跳ねさせてユフィと向き合う。

 しかし、ユフィからの言葉が続かない。無表情のままレイニ嬢を見つめ、見つめられたレイニ嬢はまるで蛇に睨まれたカエルの如くだった。今にも泣き出してしまいそうなレイニ嬢の涙を止めたのはユフィだった。


「……ごめんなさい。その、私もこういう時にどのような顔をするのが適切かわからなくて」

「え……?」

「貴方の事情はわかりました。私がそれについて何も思っていなくても貴方は気にするのだろうと思いました。なら、いっそ責めた方が良いのか、それとも許した方が良いのか。どうすれば貴方が一番楽になるのか考えたのですが、上手く行きませんね……」

「そ、そんな!? お止めください! ユフィリア様が謝られる事など! 全ては私が、私が悪いんです……!」


 ユフィから謝罪の言葉を向けられたレイニ嬢は半狂乱になりながら首を左右に振った。身分の高い公爵令嬢で、自分がしでかしてしまった相手からの謝罪はそれは狼狽するだろうな、と他人事のように眺めてしまう。

 ……ちょっと見守ろうか。


「レイニ嬢、貴方は害意があって私を陥れ、その行いを恥じているから自分で責めているのですか?」

「いえ! そんな、とんでもございません! 私にユフィリア様を害そうなどという気は一切ございません!」

「それなら貴方の生まれ持ってしまった不幸を罪と問うのはあまりにも理不尽です。私は今の状況をそう悪くは思っていません。貴方にも事情があり、助けの手が必要でここに来た。なら、私はその手を取るように促しはしても弾く事など出来ません」


 ユフィがレイニ嬢の手を取って正面から向き合う。先程に比べれば柔らかい表情でレイニ嬢を見つめるユフィ。手を取られたレイニ嬢はどうしていいかわからず挙動不審になっている。

 ユフィもそれ以上は何も言わない。レイニ嬢はなんとか何か言葉にしようとしているけれども、しかし言葉に出来ずにぼろぼろと涙を零して縋るようにユフィの手に縋るように額をつける。


「ごめん、なさい……! ユフィリア様の人生を、滅茶苦茶にして……!」

「悪い事ばかりではありませんでしたよ。次期王妃であった身で言ってはいけないのかもしれないのですが、ユフィリア・マゼンタという個人は今をそれなりに楽しく生きてるのです。だから貴方もこれからの人生を楽しく生きていいのです」


 許し、認める事。それがどれだけ難しい事なのか。それが出来てしまうユフィはやっぱり凄いけれど、どこか遠く感じてしまう。でも、これがユフィの強さだと言うなら私も背は向けたくない。年上の意地というものもある。

 きっとレイニ嬢に必要だったのは何よりユフィからの言葉だった筈だ。言葉にならずに呻くように泣きじゃくりながらユフィの手に縋り付いているレイニ嬢を見て思う。

 自分が知らない事実を知って、迫り来る現実に怯えて。不可抗力とは言っても自分が壊してしまった未来をどう償ったらいいのか、その罪に怯えていたんだろう。それは当然の話だと思う。

 謝罪は受けとって貰えなければ自己満足に終わる。だからユフィが許し、レイニ嬢が許された。それは喜ばしい事なのだ。どうかレイニ嬢が流す涙が喜びから来るものだと願いたい。大変なのはこれからなのだから。


「……お恥ずかしい所をお見せしました」


 すんと鼻を鳴らしながらレイニ嬢が赤くなった目を擦る。けれど表情はさっぱりしたものだった。

 私達は改めて椅子に座ってテーブルを囲む。いつの間にかイリアが淹れてくれたお茶が出されていたので、そのお茶で喉を潤す。うん、いつもの美味しいイリアのお茶だ。


「雨降って地固まる、かな」

「アニス様?」

「何でも無いよ。まずは一息吐いてから今後の話をしようじゃないか。やらなきゃいけない事はたくさんあるんだからね! まずは、レイニ嬢。嬢ってつけると距離があるからレイニって呼ぶけどいいかな?」

「は、はい!」

「ありがとう。さて、まずレイニを取り巻く問題を整理していこうか」


 私の話題の切り出しにユフィもレイニも顔を引き締める。私の後ろに控えているイリアも同じく顔を引き締めてるんだろうな、と思う。

 レイニを取り巻く問題は多く、どれも厄介な事が多い。

 1つ、彼女には体内に魔石が存在し、魅了、精神干渉の異能がある事。

 2つ、その魅了の力が王族すらも虜にし、たまたま私が抵抗出来ただけという事。

 3つ、その異能を知られればどのように利用されるかわからないという事。

 4つ、それを踏まえた上でレイニには後ろ盾がなく、身を守る為には立場が弱い事。

 5つ、レイニを保護しようとするとなると、私が適任だけどアルくんの問題がある。

 6つ、レイニの正体がヴァンパイアのハーフだとすればヴァンパイアが実在している証明になる事。

 7つ、正体はどうであれ、力の制御をしなければ母上が自らレイニを始末すると宣言している事。

 細かな問題はまだあれども、大きな所ではこれだけの問題が挙げられる。改めて確認したレイニも肩を落としてしまっている。


「ユフィはどう? やっぱりレイニには好意を感じてる?」

「……そうですね。否定は出来ません。ただ私は元より個人の感情で動くような事がなかったので、好意を抱いても行動に反映させる事はなかったと思います。せいぜい立ち居振る舞いに関して助言しようと思ったのが影響を受けた証明かもしれませんね」

「あぁ、なるほど。感情と理性は別って事ね。感情でどう思っても次期王妃としての理性が違和感を感じさせなかったと」


 なんて精神力というか、鉄壁の理性というか。ちょっと流石に私も引く。それは流石に完璧すぎて疎まれるというものだよ、ユフィ……。


「だからユフィリア様は私を窘めてくださったのですね……その、長く付き合えば付き合う程、皆おかしくなっていって、最初の頃も良くしてくれる人でも豹変していったので、ユフィリア様が珍しかったと言いますか……」


 ぽつぽつと呟きながらレイニは透き通るような、あの何も感じさせないような微笑を浮かべた。ユフィの無表情とはまた違った無を感じさせる表情だ。


「いつもそうなんです。仲良くなっても、人によって差をつけると皆、態度を変えるんです。だから誰と仲良くなっても、分け隔て無く距離を取るしかなくて……」

「……難儀だなぁ」


 最初は好意的でも、好意的だからこそ距離を取ろうとするレイニに不満を抱く。そうなれば魅了で膨れあがった好意的な感情は反転してしまうのかもしれない。愛と憎しみは表裏一体の感情だから。だとすれば制御出来てない状態は非常に厄介だと言う事だ。


「だから家族は私を大事にしてくれたのかもしれません。例え、どこの子とも知れない娘でもお義母様は……この力がなければ、疎まれても仕方ないですから」


 自嘲気味に呟くレイニの笑みは痛々しく思える。自分に好きだと思いを向けてくれた人達は自分の異能で心を狂わせていただけかもしれない。きっと、そんな疑念がついて回って離れないんだろう。


「だから本音を言えば家から離れられて少しホッとしてます……疑ってしまえば、きっと距離を変えてしまう。そうしたらあの人達も私を疎むかもしれない。それは当然だと思っても、どうしても怖くて……」

「うんうん。好きなだけ私を頼ると良いよ。レイニにもこれから私の研究を手伝って貰うんだからね。それはレイニの力の制御にも役立つ筈だよ、きっと」


 実際、私が前例のようなものだし、私は自分の体に合わせて刻印を調整したけれどもレイニは生まれ持ったものの筈。なら私よりも簡単にその力を物に出来る筈だと思う。


「私も何か協力出来そうですか? アニス様」

「ユフィは魅了に抵抗出来てる訳ではないけれど、抵抗出来なくてもフラットな付き合いを維持出来るからレイニを客観的な視点で見守ってくれると良いかな。こればかりはイリアでも無理でしょ?」

「……そう、ですね。未熟を感じます」


 後ろに控えていたイリアが口惜しそうに言う。イリアはなんだかんだで感情の揺れが大きいからね。その分、レイニに親身になってあげて欲しい。こればかりはユフィがいてくれて良かったと諸手を挙げて喜ぶ所だろう。役割分担は大事。


「それじゃあ色々と確認して行きたいんだけど、レイニは魔法は得意なの?」

「いえ、魔法はそこまでは……魔力は多いとは昔から言われて来たのですけど」

「まったく使えない訳ではない?」

「はい。ただ得意とは言えないです。感覚が、こう、ぼやけると言えば良いんでしょうか……手ほどきを受けた事もあったのですけど、皆さんの言う感覚とは一致しなくて」


 ふむふむ、なるほどね。その感覚の原因には一つ、心当たりがある。


「多分、魔石の所為だろうね」

「……魔石ですか?」

「魔石は精霊石が変質したものだ。つまり特定の魔法には伸び代はあっても、それ以外の魔法には適性が低くなってるんじゃないかな。あぁ、推論だから間違ってる事はあるよ。そこに囚われないで柔軟に物事を受け止めて欲しいね」


 単純に適性がない可能性もまだ捨てられた訳ではないのだから。こうなるとやっぱり当面の目標としてはレイニの魔石の性質を探る必要があるかな。


「レイニは魔力の操作は得意?」

「……魔力の操作ですか。多分下手だと思います。さっきも言った通り、魔法を使うのは下手で……」

「あー、違う違う。魔力の操作と魔法の巧拙は同じ意味じゃないんだよ」

「違うのですか?」


 ユフィも目をきょとんとさせて疑問を口にした。あら、そうか。その説明はした事がなかったか。


「レイニは初めて聞く話だから驚くかもだけど、魔法っていうのは精霊に魔力を渡して魔法に変化させるだけであって、精霊との親和性は求められても魔力の操作とは別の技術だよ。言葉が達者なのと、手先が器用なのは同じ才能じゃないでしょ?」

「……魔法の操作は精霊との親和性、形にしたい魔法をどれだけの精度で放つ事が出来るかであって、魔力の操作は魔力そのものに関わる技術で別という認識で間違いないですか?」

「その通り」

「では、魔力の操作とは?」

「魔力を感じ取って、それを流動させる事。ユフィもやった事があるでしょ? 精霊石の魔力込め。言ってしまえばあれを手早く出来るかっていうのも魔力の操作を計るのに使えるよ」


 皮肉な話だけど、魔法が使えれば誰でも当たり前に出来る事なんだよね。魔力の操作ってのは。私は取得するまでちょっと特殊な方法を使ってしまったけれど。


「魔力の操作が下手だと何が起きるかって? 壁にめり込むんだよ」

「か、壁にめり……?」

「あぁ、あの大量の風の精霊石に魔力を込めすぎて壁にめり込んだ事件ですね」

「数が多かったのも敗因の一つだね。後はお風呂全身火傷事件もそうだと言えば否定出来ない……」

「室内大洪水もですか?」

「唯一うまく出来たのは土を瞬時に耕した事かな……」

「王城の敷地で畑でも耕す気かと大目玉を喰らいましたからね」


 うん、懐かしい。つまり私は魔法が使えないので日常的に魔力を操作するという事がなく、いざ精霊石に魔力を込めようとすると力んで想定以上の効果を発揮する事が多々あった。つまりドがつく程に魔力の操作が下手だった訳ですよ。

 私以外にもいるでしょ! と憤慨した事もあったけれど、そもそも私みたいな使い方をする人は稀だし、普通は精霊石に魔力を込めるのも魔法使いの仕事な訳で。彼等は魔法を使えるから加減も既に肌で理解してしまっている。

 結論として、私が勇み足を踏み続けていただけという結果が明らかになったのだけど、それは別の話とする。


「ちなみに魔学の発明品を扱うには魔力の操作は必要不可欠な技術だからね。魔法とは違ってちゃんと上限が決まってるから」

「魔法に上限はないと?」

「精霊は万物の自然の顕現だよ。世界が無理じゃない範囲だったらなんだって出来るよ、理論上はね。流石に天変地異でも起こしたいならどれだけの魔力と精霊との親和性が必要なのかって話にはなるけれど」

「魔法で天変地異を起こそうと思うのはどうかと……」


 発想がおかしい、と言う目で三人にジト目で見られた。だって出来るならとりあえず手段は確認しておかない? 実行しなければ良いじゃ無い。それにそれだけ出来るって事はスケールダウンも出来るって話で夢が広がるんじゃないのかな。

 とにかく、話を戻す事にしよう。今はレイニに魔石の力をコントロールする力を身につけさせる事が先だ。


「魔石も精霊石と用途は違うけれど理屈は同じ、魔力を注げば良いのさ。レイニは意識して魔石を活性化させた事はないから垂れ流し状態になってる可能性もあるしね。つまりおもら……」

「姫様、レイニ嬢が泣きそうになってるのでそこまでに」

「……こほん。つまり力が無意識に漏れ出てるのかもしれない。でも制御をすればコントロールする事が出来るかもしれない。レイニがまず最初にやる事は改めて魔力のコントロールを身につける事と、魔石を操れるようになる事。……あと、もう一つ。これは先に手段として提示しておくね」


 正直、この手は使いたくない。成功する確率が少ないから。しかし可能性としてはあるのだから言うしかないだろう。最後の手段という奴だ。


「ここまでコントロールする事を意識させてたけど、別の手段がない訳じゃない。ただリスクは高い。生きるか、死ぬかってぐらいに」

「……どんな方法なんですか?」

「レイニから魔石を抉り出す」


 レイニが一気に顔を青ざめさせて、ユフィも目をぎょっとさせて私を見た。

 わかるよ、自分の言ってる意味くらい。それは実質、殺すと言ってるのと変わらないって事ぐらい。


「確かにそのまま抉り出したまま放置すればレイニは死ぬ。だから魔石を摘出するのと同時に治療を並行しながら、そもそもの原因を取り除く」

「……可能なんですか?」

「八割失敗すると思う。まず、痛みによるショック死が有り得る。魔石をえぐり出す過程での失血死だって有り得る。そもそも魔石を失ってしまったらレイニが生きられるかも保証出来ない。無事に命を繋げても後遺症だって残るかもしれない。絶対に確実とはいえない最後の手段だ」


 この世界にはまだ外科手術といった技術が発達していない。何故なら魔法という恩寵に守られた世界だからだ。魔法を使えば怪我は治るし、病だって良くなる。そういった意味ではこの世界の医療技術は前世とは別の発展を遂げていると言っても良い。

 だから私の考えている事は異端も異端で、忌避されても然るべき事だ。それに私には手術を実際にできる知識や経験がある訳ではない。うろ覚えの知識を再検証して、こちらの世界の常識と照らし合わせて“出来なくはない”程度の話でしかない。


「母上はどうしようもならなかったら自分の手で始末をつけると言っていた。でも、私は最後までレイニの命と向き合うし、責任を持つって決めた。もし本当に手段も尽きてどうしようもならなかったら、私は最後の手段を取る」

「……アニスフィア王女」

「でもそれは諦めたいからじゃない。諦めない為に、最後まで責任は私が取る。だからレイニも諦めないで欲しい。君の力は確かに危険なもので、制御しなければ生きている事も許されないのかもしれない。でも、そんなの悲しいじゃない」


 魔法は、誰かを笑顔に出来る力だ。それが夢物語でも、どんなに遠い理想でも。

 私は、絶対に諦めない。手が届きそうなら伸ばし続けると決めたんだ。


「信じてついて来てくれるかな、レイニ。私は君の力に価値を示したい」


 返事の声は無い。けれど、また泣き出してしまいそうなレイニが何度も頷くのを見て私は頬を緩めるのだった。

  

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