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おっさん、一般傭兵の現実を知る

 モブの村周辺はファーフランの大深緑地帯に近いため、時折強力な魔物が出没する事がある。

 それでも奥地に比べればはるかに弱く、同種で同じレベルでの強さに圧倒的な開きがある。

 大雑把に言ってしまえば、この辺りに流れて来る魔物は人間でも倒せる強さだが、深奥に生息する魔物は普通の人間では絶対に勝てない強さという事だ。

 その原因は魔物が保有する特殊能力や、周囲の環境による影響が大きい事にあるのだろう。

 例えるならゴブリンだが、この森周辺に生息するゴブリンは棍棒や錆びた剣を片手に斬りつけて来るだけなのだが、深奥に生息するゴブリンは魔法や斬撃を平気で使って来る。

 身体強化も行っており、同じレベルでも強さの次元が違い過ぎるのだ。環境による影響と簡単に言ってしまえるが、実際に相対する場合はそんな一言では済まされない脅威である。

 つまり、何が言いたいかというと、そのゴブリンとルーセリスが現在ガチで戦っていた。

 所謂一つのレベル上げと言うやつである。


「グゲェ!」

「クッ‥‥‥」


 ゴブリンの力任せに殴りつけた棍棒をカイトシールドで受け止め、わずかに怯んだルーセリスは即座に押し返すために両足に力を込めた。カイトシールドをわずかに傾ける事で力を受け流すと、ゴブリンは重心が崩した。

 重心が崩れた事で倒れ掛けたゴブリンに、ルーセリスはその隙を逃さず攻撃に転じる。


「てぇえい!!」


 ―――ゴギュ!!


 下から振り上げたモーニングスターの鉄球がゴブリンの顎にクリーンヒットし、骨が砕ける嫌な音が響く。そこから勢いを殺さず回転を加え、後方から迫り来るゴブリンに痛烈な一撃をみまう。

 ゴブリンの顔がへこみ、醜悪な顔が更に醜く歪んだ。

 トドメの一撃を与えた時、もう一匹のゴブリンが素早く間合いを詰める。


「ギョアァ!」

「後ろっ!?」


 背後から飛び掛かるように襲い掛かったゴブリン。小柄な体の割には跳躍力が高い。


「ワッ、ショイ!」


 しかしルーセリスもまた振り返りざまに飛び跳ね、妙な掛け声と共にゴブリンに向けて見事な膝蹴りをくらわした。彼女もまた子供達と共に、たまにコッコ達と訓練をしていた所為か格闘能力が高くなっていた。


「え――――――――っ、真空飛び膝蹴りぃ!?」


 ネタが化石レベルで古い。だが、おっさんをそう思わせるほどに華麗なる一撃だった。

 まるで、どこかの格闘ゲームに出てくるムエタイ使いのようだが、見た目が聖女な彼女が使う技ではない事は確かだろう。ギャップが酷い。

 しかも、のたうち回るゴブリンに対して鈍器でトドメの一撃を容赦なく加えている。

 聖女様は苛烈だった。もし結婚したのなら、旦那は尻に敷かれるだろうとおっさんは認識する。

 とても聖職者には思えない見事な戦闘力であった。


「ふぅ、この辺りのゴブリンさんは少し強いですね。結構手古摺りました」

「いや‥‥‥危なげなく相手をしていましたけどねぇ‥‥‥。トドメの一撃も早かったし」


 見た目とは裏腹に、聖女様は過激でいらっしゃる。


「しかし、ゴブリンですか。これは倒しがいがありませんねぇ」

「たとえ魔物でも命を奪い合うのですよ? 罪深き行為だと思わないといけませんよ、ゼロスさん‥‥‥」

「そうなんですけどねぇ。しかし‥‥‥無駄に体力を使わされる」


 ゴブリンは魔石以外に何の素材も剥ぎ取れない。

 倒したら死体を魔法で焼き尽くすか、穴を掘って埋めねばならない決まりであるため、傭兵達からすれば不人気の魔物なのである。せめて金属の武器でも持っていればマシなのだが、実際は棍棒片手の襲い掛かって来るだけ。繁殖力も高い事から棲息数も多く、何かと面倒な魔物として定番だった。

 これほど倒しがいの無いガッカリな魔物はいない。もっとも、ゼロスは剥ぎ取りで疲れる事はないが、精神的に参って来るのだ。

 慣れているとは言えど、何度もグロイ光景を見るのだから当たり前だろう。しかも人型‥‥‥。


「それにしても、あの子達はどこに行ってしまったのでしょうか? これだけ探しても見つからないなんて‥‥‥」

「並の相手では返り討ちですから、無事なのは確かですねぇ。むしろ相手をする魔物が可哀そうですよ」


 おっさんには見える。嬉々として魔物に襲い掛かる子供達の姿が‥‥‥。

 勢いのままに狩場に散開した子供達の姿を追うが、未だに一人も見つかっていない。


「早く探し出さないと、あの子達が何かやらかしそうだからなぁ~。既にやらかしているかもしれないけど」

「そ、そうですね‥‥‥。ブラッド・ベアーを相手にしていたとしても不思議ではありません。早く捕まえなければ、どんどん大物を狙って突き進んでいきますね‥‥‥」


 心配する方向が何かおかしい。

 身の危険を心配するでもなく、逆に二人の脳裏には、魔物を相手に片っ端から戦いを吹っかけているる姿しか思い浮かばない。それほどまでに子供達の戦闘力は高く、狡猾な一面を持ち合わせている。

 コッコ達との鍛錬は、この世界の一般常識から大きく逸脱したものへと子供達を成長させていた。


「とりあえず、ゴブリンの屍は始末しておきますか。放置しておくと疫病が発生しかねませんからねぇ」

「お願いします。私は魔法が使えませんから、こんな時に魔法って便利ですね」

「使えますよ? 何なら覚えてみますか? 職業が【聖魔導士】に変わるかもしれませんけど」


【聖魔導士】。回復と魔法をそつなくこなす魔法職である。

 逆に言えば攻撃面で魔導士より劣り、回復も神官職に比べると効果は少し落ちる。何とも中途半端な職なので【ソード・アンド・ソーサリス】では今一つ人気がなかった。

 何しろ戦闘職技能を覚えても、【聖魔導士】の職業は戦士職技能効果の格闘能力や防御力能力効果も著しく低下させてしまう。防御力も普通に魔導士と同等なので攻撃を受けたら致命的。むしろ魔導士の方が格闘職技能を覚える事により各戦闘能力を増加できる分、使い勝手は上である。

 格闘スキルを覚える意味がなく、生産職の方が相性が良い。

 素早さは跳ね上がるが、範囲攻撃や魔法を受けると他の職業よりHPが激しく消耗する。意外に紙装甲職だった。ゲームなら兎も角、避けるだけでどうにかなるほど現実は甘くない。


「あの‥‥‥そんな事になれば、私は異端審問にかけられる可能性があるんですけど‥‥‥」

「その時は僕に言ってください。異端審問官をボコりますよら‥‥‥どうせ頭でっかちの狂信者の集まりでしょうしねぇ。人の話なんて聞きたがらないような、イカレタ人達に違いない」

「なぜ、そこまで言い切れるんですか? 何か、宗教に関して偏見でも持っているんですか?」

「単に四神が信用ならないだけですよ。それだけの事です‥‥‥それだけのねぇ」


 おっさんにとって四神は敵だ。必然的に盲目的に四神を信奉するような狂信者連中も敵になる。

 歴史的観点から見ても異端審問なんてまねをしでかすような連中が、神官と仲の悪い魔導士の話など聞く訳がない。そうなれば必然的に戦いに発展するのは目に見えている。

 支離滅裂な難癖を押し付け、挙句に剣を向けて来るだろうと考えていた。間違いなくおっさんの偏見である。


「それじゃあ、死骸を処分しますか。【ファイアー】」

「死骸‥‥‥せめて遺体と言って欲しいのですが‥‥‥。いえ、意味合いは同じですが、何と言いますか言葉が少し気になりまして‥‥‥」


 森の中を屍を焼く異臭が漂う。

 ゴブリンの肉はとにかく臭う。火で焼くと吐き気を催す様な悪臭が発生するのだ。

 素材として使える部位が存在せず、死んでも手間をかけさせる魔物、それがゴブリンなのである。

 その後、おっさんたちは再び子供達を探すため各エリアを廻るのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


〈ケース2 ジョニー君+コッコの場合〉


 やや長めに伸ばした髪を後ろで無雑作に縛った少年、傭兵姿のジョニー君は茂みに息を潜めて、周囲の様子を窺う。

 辺りには剣を打ち合う金属音と、魔法が飛び交う目下戦闘の真っ最中な現場であった。

 目の前には五人の傭兵達と、武器で武装したオークが10匹。傭兵達は囲まれ劣勢を強いられている。


『さて、どうしよっかなぁ~。この場合、助けに入った方が良いのか? けど数が多いしなぁ~』


 ジョニー君は冷静だった。

 ここで助けに入っても数の面ではオークの方が有利。しかし、見捨てる訳にもいかない。

 助太刀したところで所詮は子供、できる事など限られている。

 相棒はブラックコッコ。同じように茂みに息を潜め、強襲する好機を窺っている。負ける事はないだろうが、囲まれるのだけは避けたい。

 色々と情報を集め、その上で自分のスタイルを試すための狩りなのだが、無茶な真似を強行する愚策は犯したくない。それで失敗した例の情報をたくさん仕入れていたからだ。

 ジョニーは相棒に手で合図を送り、迂回して包囲網の後方から襲撃する事を選ぶ。傭兵達には今しばらく我慢してもらう事にした。


「くそっ! もう‥‥‥持たねぇぞ!!」

「下がれ! 動きは大振りだ! 冷静に対処すれば何とか逃げ切れる!!」

「そうは言うけど、数が多くて‥‥‥矢の残りも少ないよぉ~!?」

「私も‥‥‥もう、魔力が‥‥‥」

「せめて、あと二匹倒せれば‥‥‥」


 傭兵達のパーティーはオーソドックスなメンバーで構成されていた。

 剣士が二人、重装兵が一人、弓兵が一人、魔導士が一人と安定している。しかし実力が伴わないのか、彼等の動きがバラバラであった。

 まるで大きな何かが欠損したかのように連携が覚束ない。ジョニーは様子を見ながらそんな事を考えたが、何が欠けているのかまでは判断できなかった。

 それが分かるほど経験を積んでいる訳ではなく、むしろ気付いただけでも大したものである。


『よし‥‥‥包囲を抜けた。後は‥‥‥』


 相棒と共にオークの包囲網を潜り抜けたジョニーはハンドサインを送り、左右に分かれて強襲する事を伝える。ブラックコッコは了解したのか『ニヤリ』と笑みを浮かべたような気がした。

 まぁ、ニワトリなので表情までは分からないが、何となくそんな気がしたのだ。

 包囲網のから出た一人と一羽は二手に別れ、一匹ずつ確実に仕留める行動を始める。

 武器は剣ではなく、剥ぎ取り様の肉厚のあるナイフを使う事にする。


『先ずは一匹‥‥‥』


 ジョニーはオークの背後に行きを潜め、ナイフを構える。

 タイミングを見計らい後方から首に飛びつくと、勢いを利用して頭部にナイフを突き刺した。


「グボッ‥‥‥」


 いくら魔物でも急所を一撃受ければ死ぬ。たとえ今直ぐには死ぬ事がなくとも、放置すればやがて息を引取る事だろう。見事な奇襲による一撃だった。


『良し、次はアイツだ‥‥‥』


 街で見知らに人の後からストーキングして鍛えた隠密技術。その能力をフルに生かし、次なる獲物に狙いを定める。傭兵というよりは暗殺者、その遣り口は中々に悪辣である。

 だが、生きるか死ぬかの瀬戸際に卑怯もへったくれも無い。殺さねば殺されるのがこの自然界の厳しさだった。それを教えたのが孤児院裏に住む魔導士のおっちゃんである。

 狡猾な子供だが、子供故に純粋だった。次なるオークも同様に背後から襲い、教えを守り確実にオークを首を切裂いて見事に仕留めた。

 返り血を浴びないように手早く一撃を加え、茂みに隠れる。相棒のブラックコッコも二匹オークを倒し、これで残るは6匹。傭兵達にも活路が見えた事だろう。


「おい‥‥‥」

「何が‥‥‥起きているんだ?」

「オークが、勝手に倒されて行くぞ?」


 いや、傭兵達の間に動揺が走った。同様にオークも警戒し、その動きを止めて周囲を探り始める。

 どちらも警戒してその動きを止めてしまったのは誤算である。目の前の状況に木を取られ、いつの間にかオークの数が減っているのだから無理はない。


『ちょ、この隙にオークを何とか倒しなよ‥‥‥なに立ち止まってんのさ!?』


 正体不明の襲撃に警戒するのは仕方がない。傭兵達はジョニーが味方である事は分からないのだ。いや、助太刀している者がいるなど気づいていないのだ。

 しかし、ここで動きを止めるようではこの先無事に生き残れるか問題である。この隙に撤退するか、チャンスと見てオークを倒すか即断即決できなければ生き残れない。

 小さな油断が命取りに繋がる。これもおっちゃんの受け売りである。


『う~ん、まぁ仕方がないか‥‥‥』


 ジョニーは周囲を見渡し、外れにいるオークに狙いを定めた。

 茂みから一気に抜け出して間合いを詰めると、丸々肥えた腹に向けて魔力の込められた掌底をくらわす。


「【気爆掌】!」


 二メートルを超すオークが宙を飛んだ。

 勢いをつけた一撃と、内部破壊を行う痛烈な魔力衝撃波がオークを吹き飛ばし、意識ごと命を刈り取る。

 恐らくは即死、苦しむ事なく倒す必殺の技。中々に慈悲深い痛烈な攻撃だった。


「こ、子供!?」

「う、嘘だろ‥‥‥何であんなに強いんだ‥‥‥」

「俺達があの年頃の時は‥‥‥クソッ! 畜生‥‥‥」


 だが、傭兵達には驚愕すべき事実だった。そして、彼等の言葉にはどこか苦しみの色が含まれている。

 ジョニーは年齢的にはもう直ぐ成人するが、その見た目は貧しい生活による栄養不足から成長が遅く、一目見ただけでは幼い子供である。

 しかし、そんな小柄な少年がオークを倒し続けていた事実に、彼等は現実を受け入れられない様であった。


『コケッ‥‥‥。(地獄へ落ちろ‥‥‥)』


 更に追い打ちをかけるように、草叢を高速で移動する黒い影がオークに迫り、一撃の元に瞬殺する。

 ブラックコッコだ。

 オークの背後から風のごとく忍び寄り、耳の穴を目掛けて自身の黒いい羽を水平に突き刺した。必殺の技量がハンパない。

 黒の天使かダークな狩人。或いはクリティカルな仕事人‥‥‥ジョニー君の御目付にしては破格の強さだった。しかもその一撃は速く的確。傭兵達が見ていた常識が破壊された瞬間だである。


「ア、アレって……コ、コッコぉ!? でも‥‥‥真っ黒‥‥‥」

「何を……したの? 通り過ぎたと思ったら、オークが倒されているし‥‥‥」


 魔導士と弓兵の女子二人は、目の前で起きた事が信じられない様だ。

 ワイルド・コッコは本来オークを倒せるような魔物ではない。自然界では捕食される側であり、素人でも簡単に倒せる存在であった。

 しかし、目の前の黒いコッコは強さが段違いである。今まで苦戦を強いられていたオークを、何をどうしたのか分からないほどの速さで倒し、クールに何かの葉っぱを咥えている。

 その動きは黒い疾風、明らかにランク違いの魔物である。強さの次元が違う。


「ちょっと、ボーとしてないでオークを倒してくんない? あと4匹なんだけど……」

「「「「「あっ‥‥‥」」」」」


 ここは狩場である。小さな油断が命取りになる弱肉強食の領域だ。確かに驚く事ではあったが、今もまだ倒すべき魔物が目の前にいるのである。

 ジョニーとコッコの強さには驚愕すべき事だが、だからと言って油断をして良い訳ではない。オークはゴブリンとは違いタフな魔物だからだ。

 一撃でも受けようものなら、軽く腕の一つくらい持っていかれるほどに強い剛腕で頑丈な魔物なのである。数が減ったのであれば何とか倒せる。


「よ、よし、もうひと踏ん張りだ! このまま一気に叩くぞ!!」

「「「「お、おぉ――――――――――っ!!」」」」


 傭兵達は活路が見いだされ、一気果敢にオークへ挑んで行く。いや、どこか無理をしている感が否めない。

 彼等が戦い始めたのを確認したジョニーは、もう援護する必要はないと判断し、さっそく倒したオークから魔石の剥ぎ取りを行う。

 程なくして傭兵達も戦いを終え、日が傾き始めた空に信号弾が打ち上げられた。

 僅かに時間をおいて、けたたましい笑い声を上げる馬車がこのエリアに到着するのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 マーカーを頼りに子供達を探すゼロスだが、困った事に子供達の居場所が目まぐるしく変わる。

 一か所で大人しくしておらず、わずかな時間で居場所を直ぐに変えてしまうのだ。これでは探す方も辛い。

 居場所を特定する指輪も、内に込められる魔力量の都合で一定時間の間隔を開けるのだが、その合間に子供達は姿を消してしまう。探し出すのが一苦労であった。


 そんな苦労をしているゼロス達が次の狩場に到着すると、どこかで見たような馬車が凄い速さで通り過ぎて行った。

 何気に【ハイスピード・ジョナサン】は見えない所で大活躍をしているようである。

 ただ、彼が通り過ぎて行った後には、少なからず犠牲者が出ているようだ。


『いやぁあああああああああっ!? 目を開けて、ケイン!!』

『しっかりしろぉ、こんなところで死ぬんじゃねぇ!! 俺達は夢を掴むんだろぉ!!』

『こんなところで倒れるなぁ!! 俺との決着はまだついていないだろぉ!!』

『目を開けろよぉ―――――っ!! ユリアに俺は何て言えばいいんだぁ!!』

『お願い、死なないでぇ!! 私を置いて逝かないでよぉ!!』


 狩場のいたるところから悲痛な叫びが聞こえてくる。

 別の意味でも大活躍をしていた‥‥‥。


「・・・・・・・・・・」

「あの、ゼロスさん? あの馬車の方は‥‥‥」

「知り合いではありませんよ? 奴に轢かれた事はありますが、話をした事は一度たりとてありませんて」


 通り名を知っているからと言って、それで【ハイスピード・ジョナサン】の仕出かしたツケの責任を押し付けられても困る。別に友人でも何でもないのだ。

 仮に注意を促したところで、人の意見に耳を傾けるとは到底思えない。


「さて、ここにあの子達の姿は………いた」


 おっさんが周囲を見渡すと、五人組の傭兵と共にジョニーとシャドウコッコの姿が確認できた。

 何やらすごく感謝されている様で、リーダー格の青年と固い握手を交わしている。

 そんなジョニー君の元へとルーセリスは駆け寄って行く。


「ジョニー君! ここにいたのですか‥‥‥やっと見つけました」

「あっ、シスター。遅かったね? もう、オークは倒した後だよ?」

「オーク!? そんな魔物と戦っていたんですか!? ケガはありませんね?」

「心配性だなぁ~、隙をついて倒せば以外に何とかなったよ? まぁ、正面から相手をしたらどうなるか分からないけどさ」


 得意気なジョニーだが、慢心している訳でもない。

 ありのままに言っているだけなのだろう。しかし、聞いている方は気が気ではなかった。

 何しろオークは剛腕で有名。更に防御力も高く、タフな魔物なのだ。群れを成す生物なので状況次第ではかなり危険な魔物なのである。


「ところでジョニー君‥‥‥ほかの子達はいったいどこへ?」

「知らないよ? どこかで狩りをしているんじゃないかなぁ。俺も、一匹ずつ確実に仕留めたんだけど‥‥‥意外に楽勝だったよ?」

「まぁ、コッコも護衛に就いてるし、オーク程度じゃ苦戦はしないだろうなぁー‥‥‥」


 おっさんは進化した種を区別せず、総じてコッコの一言で済ませている。

 ブラックコッコはアーチャーコッコから別系統で進化した隠密を得意とする新種で、シャドウコッコと同様に高起動強襲隠密暗殺型の魔物であった。また、弓を使ったりと狙撃も得意であり、明らかに暗殺専門なのである。ウーケイ・センケイ・ザンケイ三羽のコッコを筆頭に、特殊進化したコッコ達は尚も増え続けていた。

 ちなみに今のこの三羽は、アルティメット・フォースマスターコッコとアルティメット・ダークネスマスターコッコ、アルティメット・ブレードマスターコッコに進化していた。

 見た目が普通に色違いのコッコなので区別するのが面倒なのだ。また、強者が相手をすると進化も早いようである。おっさんに鍛えられたがため、コッコの異常進化が進んだともとれる。


「あの‥‥‥すみません」

「ん? なにか?」


 どこか躊躇い気に声をかけて来る青年に、おっさんは振り向いた。

 見たところそれなりに経験を積んだ傭兵の青年だが、その表情には疲弊の色が見える。

 いや、青年を含む他のメンバーからも、その表情から疲弊以外の重い何かをゼロスは感じた。


「実は先程、その子に助けてもらいまして‥‥‥‥えっと、保護者の方でしょうか?」

「まぁ、似たようなものですがね。にしても助けられた? もしかして、オークに囲まれてたんですか?」

「はい‥‥‥危うく仲間が犠牲になるところでした。助けていただき、本当にありがとうございます」

「僕が助けた訳ではないんですがねぇ、むしろ恐縮してしまうので気にしないでください」


 彼等傭兵達は皆若い。ジョニー君達に比べると3年くらい先輩にあたるのだろう。

 オークを相手にするには、それだけの時間がかかるのが普通だ。一般の傭兵達と比べると、孤児院の子供達がどれだけ異常な成長を遂げているのかが分かるだろう。


『あぁ~……一般的な傭兵とはこれくらいの成長速度なんだ。僕の周りが異常なんですかねぇ~』


 普通の傭兵は危険な真似は犯さず、安全を図ってから行動する。それとて完璧に上手くいくとは限らないが、魔物狩りは慎重に行動する事が最優先なのだ。

 ゼロスのように、凶悪な魔物を捕縛魔法で固定しタコ殴りにするような真似はしない。まして他の者に攻撃させてトドメだけを差してレベルアップをするような事などあり得ず、確実に経験を積みながら強くなって行く。

 そもそもこの世界の民は、最大でレベル300で一時的に強さが固定される。そこから先に進むには【限界突破】スキルを獲得しなければならない。身体格闘能力や各魔法スキルの上位者に上り詰める事でリミッターが解除され、レベル500で再び強さの上限が固定される。同じ様に【臨界突破】や【極限突破】スキルを獲得すれば、ゼロス並みに強くなる事だろう。


 そして職業スキルが一定の上位上限に達した時、解放条件が発生するのだが、個人によってその条件やスキルレベルが異なるため、他者の条件は当てにできない。。

 修練の仕方や倒した相手、倒した数に自身の資質も複雑に合わさる事によって各々の強さにバラつきが生じ、同じ【限界突破者】でも強さの幅が大きく変わる事になる。HPやMPの上限幅、身体能力がまさにそれに当たる。

 要するに、おっさんを相手に鍛えているコッコと組手などをしていた子供達は、普通に傭兵になろうとする者達よりも多くのスキルを獲得し、更に毎日遊びながらも鍛える事で異常に強くなってしまった。

【ソード・アンド・ソーサリス】では、段階を踏んで身体レべルに合わせて職業スキルの上限幅が変わるが、この世界では技能スキルや職業スキルのレベルだけでも一方的に上げる事が可能。

 要は武道を学んだ子供と、全く知らない子供との能力差が出来るようなものだ。孤児院の子供達は身体レベルこそ低いが、格闘スキルなどの補正効果によって能力値が高く、直接の指導はしてはいないが間接的な原因で異常成長に一役買っているおっさんだった。


『これでレベルが上がったらどうなるんだ? 際限なく強くなっちまうんですかねぇ?』


 ここのスキルが統合され発展した職業スキルは、複数揃う事により新たな職業スキルを発生させる事もあり、その職業スキル保有効果が身体能力に影響を与え、相乗効果によって身体補正に大きく影響が出てしまう。

 ゼロスの場合は職業スキルの他も様々なスキルを上限解放しているので、その相乗効果がとんでもない事になっているのだ。そのおっさんと同じ道に子供達は踏み込んでいた。


「――という訳で、オークに囲まれてしまい……あの、話を聞いていますか?」

「あっ、スミマセンねぇ、つい考え事を……末恐ろしいチルドレンにの行く末が気になりまして‥‥‥」

「あの子、強いですね。何であんなに‥‥‥あり得ないですよ。経験を積んでいる俺達よりも強いなんて……」

「‥‥‥毎日鍛えているとしか言えないなぁ。格闘や武器の使い方を学び、毎日他人の後をついて廻る事で気配の消し方を覚え、自分の見た目を利用して情報を引き出したりしているみたいだよ?」

「‥‥‥それ、犯罪じゃないんですか? 戦い方を学ぶのは良いとしても、人をストーキングは‥‥‥」

「ですよねぇー、プライバシーの侵害だしねぇ。幸いにも犯罪に手を出していない事が救いかなぁ‥‥‥」


 一歩間違えれば手強い犯罪者を育成する事になる。

 ただでさえ孤児は犯罪者予備軍になりやすく、各国家でも問題になっている。

 ジョニー達が犯罪者にでもなれば、色んな意味で厄介な脅威になるだろう。


「僕としてはねぇ、あの子が強過ぎる事が心配かなぁ。この辺りの魔物をあっさり倒すという事は、よほどの大物でない限り、大抵の相手なら勝ってしまうという事になる。今は良いけど、このままの状態が続けば油断に繋がりかねない」

「その油断から‥‥‥死ぬかも知れないという事ですか? 確かに危険ですね‥‥‥」

「自分だけが死ぬならまだいいよ。問題は他人を巻き込む方さ‥‥‥仲間が死んで自分が生き残る。多分、折れると思う‥‥‥強いだけに仲間の死に耐えられないだろうなぁ」

「‥‥‥わかります」


 青年の見せた暗い表情に、最近になって仲間の誰かが死んだ経験を持っていると理解できた。

 その傷を今も背負い、もがき足掻いているのだろう。なぜなら話を聞いていた他の仲間達も似た表情を浮かべていたのだから。

 ゼロスもときおり力に溺れてしまう。なまじ自身が強過ぎるために、力の加減が上手くいかない。

 全力で戦うか否かの判断をする経験が圧倒的に足りない。ゲーム感覚で戦い続ければ、いつか取り返しのつかない失敗をしでかすと危惧していた。

 実際、現実と【ソード・アンド・ソーサリス】の世界は全く異なり、戦いの最中に他人の命の重さに無頓着なる時があるのだ。時々それが無性に怖くなる。


「死んだ人間は二度と会う事はない。知らない場所での病気や事故なら諦めはつくだろうが、戦いでの失敗はなぁ~……」

「そう‥‥‥ですね。仲間が死んで‥‥‥残される方はきついですよ」

「‥‥‥月並みだけどさ、ゆっくりと受け入れ足掻き続けるしかないな。仲間が死んで辛い時期は、できるだけ簡単な依頼をこなした方が良いと思うぞ? 失ったものが大きいのは分かるけど、無理をすればまた何かを失いかねない。傭兵はそんな仕事ばかりなんだからさ‥‥‥」

「分かってしまいますか‥‥‥。俺達は、パーティ-リーダーを失ったんです‥‥‥幼なじみで‥‥‥」

「そんな悲痛な顔をしていたら、何となく分かってしまうんじゃないか? まぁ、今が辛い時期のようだからねぇ‥‥‥」


 聞きたくもない重い話を聞いてしまい、おっさんは重苦しい空気を誤魔化すかのように煙草を咥え、火を燈す。正直、煙草の煙が苦い。

 身近な人が突然に死んだ経験はあるが、戦いの最中の理不尽な死は経験した事はない。

 ラノベ知識でにわか仕込みの慰めしか出来ない自分がもどかしい。


「強くなりたい‥‥‥仲間が死なないように‥‥‥」

「苦しいなら仲間と話し合えば良い。悲しみを分かち合う事くらいはできるだろう。ただ、一人で背負い込むのは止めておく事を薦める。思いつめて、返ってパーティー分裂を引き起こしかねない」

「‥‥‥何で、俺達はこんなに弱いんだろ‥‥‥強ければ、守れたのに……」

「詳しい話は聞かない。僕が何を言ったところで慰めにもならないからねぇ。受け入れがたい現実を受け入れ、足掻くしかないんだよ。ただ、苦しいのは自分だけではないという事は覚えておくことだ」

「‥‥‥それしか、無いんですね。こんなにも苦しいのに‥‥‥」

「今後、どう活動するかは話し合いで決めるべきだね。一人が欠けた事でパーティーの動きも変わってしまう。リーダがいないのなら猶更だ。先ずは今できる事を自分達で整理するべきだ。くれぐれも一人で全てを決めようとは思わない事、多分だけど君がサブリーダーだったんだろ?」


 パーティーを組むと、経験を積み重ねる事でリーダーやサブリーダーがおのずと決まる事になる。

 独りよがりの判断を下す者は結果的にリーダー枠から漏れ、冷静な判断力を持つものが受け入れられる事が多い。経験を積み重ねる事で自分の出来る役割が見えてくるからだ。

 だが、その時期が来るまで生き残れるパーティーは少ない。大抵が内部分裂してパーティーを解散させたり、誰かしらメンバーが死ぬ事で自分達の未熟さを痛感してしまうからである。

 結果としてそのパーティーは二つの選択肢を迫られる事となる。解散するか、上に行くために足掻き続けるかだ。知り合い同士のパーティーは、辛い時期を乗り越えられるかどうかの瀬戸際に立たされる。


「今の君達がどんな状況かは知らない。聞こうとも思わない。ただ、今後も傭兵を続けるなら仲間を信じるしかないし、失敗した責任の擦り付け合いなどナンセンス。仲間達と共に悩み続けると良い。答えは自然と出てくるものだ‥‥‥」

「だと‥‥‥良いんですけどね。正直、今は暗闇の中を歩いている様な気分ですよ」

「仲間達も皆そうだろ? 辛いかもしれないが、君の仲間が死んだ状況を冷静に分析し、どこに失敗した原因があるかを考える事も大事だ。たとえ失敗はなくとも、危険な状況はいくらでもある。

 残酷なようだが、経験を次に生かせなければ再び仲間を失う事になるぞ? 現実は理不尽な事が多いからねぇ‥‥‥さて、そろそろ他の子達も探さないとなぁ~……」

「すみません。何か、弱音を聞いてもらって‥‥‥本当に駄目ですね、俺‥‥‥」

「気にするな。遅かれ早かれ、いずれは経験する事だ。足掻き続けた者だけが先に進める。弱さは決して恥ではない‥‥‥さ」


 偉そうな事を言っている自覚はある。

 だが、こんな重いものを背負った傭兵パーティーに少しでもかかわったが故に、『強くなれるかって? おいちゃんが知る訳ないじゃん! 何、お悩み相談なんかして来てんの?』とも言えず、ラノベやアニメの知識をフル動員してもっともらしい事を並べ立てるしかなかった。

 おっさんの罪悪感は半端じゃない。なぜにこんな厄介な事態になったのか理解できないが、同時に不真面目に答える事が出来ないので辛い展開である。


「さて、他の子達はどこのエリアにいるのかねぇ~……」


 重苦しい気分と無力感に苛まれながらも、ゼロスは背中を向けて片手であいさつを交わし、ルーセリスに声をかけ次のエリアへと向かう。

 ジョニーもコッコと共に後をついて来る。

 その後ろで、若い傭兵パーティーが無言で頭を下げたのをおっさんは知らなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 重い足取りで次なうエリアに向かう途中、ルーセリスはジョニーの様子がおかしい事に気付いた。

 いつもの奔放な態度とは違い、どこか真剣な面立ちで俯いたままである。


「どうしたの? ジョニー君……」

「シスター、あの兄ちゃん達……仲間が死んだんだね……?」

「そ、それは……」


 仲間が死んだ傭兵との邂逅、それはジョニーたちにも起こり得る未来である。

 今日笑い合っていた仲間が、次の日には物言わぬ死体となる。傭兵の世界とはそんな世界だ。

 重い話がまだ続くのかと、おっさんは深い溜息を吐いた。


「そう、彼等は仲間を失った。そして……それは君達にも起こり得る」

「俺達は強いんだ。みんな死んだりしないよ……」

「ジョニー君……その考えは捨てた方がいい。注意していても仲間が死ぬ状況はいくらでもある。小さな油断で大きな破滅に繋がる事もあるんだよ。今は分からないかもしれないけど、彼等に起きた事は心の奥に覚えておくんだ」

「ゼ、ゼロスさん!? 子供にそんな厳しい事を言わなくとも……まだ、そこまで難しく考える必要は……」

「ありますよ。ましてやジョニー君達はダンジョンを目指している。ダンジョンには罠が無数に存在しますからねぇ、狩りをするよりも死ぬ確率が高いんですよ」


 仲間が死んだ傭兵パーティーの事を知り、ジョニーは少なからず心に不安が芽生えたようだ。

 死の不安は警戒心に変わる。自立して傭兵を目指す以上、命の危険に治して無頓着では直ぐに死ぬ事になりかねない。自己責任の世界なだけに今の内に知っておかねばならない事なのだ。


「技術、身体能力、情報、装備、およそ全てを揃えたとしても死ぬ時には死にますねぇ。それが現実であり、最も危険な場所がダンジョン。夢を追う事には覚悟と責任はどうしてもつきまとう」

「そ……それはそうなのですが、今のこの子達に必要な事なのですか? 恐怖に縛られたら何も出来なくなることもあります。厳しすぎますよ」

「死ぬよりはマシでしょう? 生きて行くには行動に責任が伴う。自分の命、仲間の命、場合によってはそれ以外の他人の命を背負う事になる。傭兵の仕事は想像以上につらい仕事だと思いますがねぇ」

「俺達は……甘いのかなぁ? 強くなれば簡単に夢が叶うと思ってた」

「甘すぎだね。勢いと遊び感覚でどうにかなる仕事ではないさ。仲間一人の死が、今までの自分達の在り様を大いに変えてしまう。今日はいい勉強ができたんじゃないか?」


 自分に言い聞かせるようにゼロスは淡々と話す。

 ジョニーに言っている事は自分にも当てはまる、実に身につまされる話だったからだ。

 死ぬときは死ぬ、命の値段が安い世界。この日、ゼロスはその意味を改めて知ったのである。


 後はしばらく無言のまま、三人は他の子達を探すのであった。 



 


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