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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第8章 入城

 帝都に入ると、私は言葉を失った。

 整然と建ち並ぶ建物は高いものが多く、広い街路には人があふれかえっている。

 ここに来るまでいくつも街を通ったけれど、帝都は比較にならないほど大きな街だった。

 馬車の中でめったに窓を開けることのなかったオリヴィアも、窓から乗り出すようにして外を眺めていた。

「すごいだろう?ここには人も物も、大陸中から集まってくる。城の生活に落ち着いたら、一緒に色々見て回ろう。」

 ジルはそう行って、私の頭を撫でてくれた。

 やっぱり犬や猫と同一視されているような気がするが、それでも嬉しくて私はジルに微笑み返した。

 もしジルと帝都を見て回れるなら、その時はお給金をもらった後がいい。

 何でもいいから、ジルにお礼がしたかった。

「ほら、あれが城だよ。」

 ジルが指差した先を見て、私は息を呑んだ。

「あれが・・・・・・。」

 それ以上は言葉も出なかった。


 竜王の住むその城は山裾に広がる様に建っていた。

 遠くからでもその大きさがはっきりと分る。

「ちょっと遅くなるけど、ここまで来たら城に入ってしまった方がいい」

 オルグの言葉に、皆は頷いて馬足を早めた。


 城の前についたのは、いつもならとっくに寝ているであろう時間だった。

 疲れてはいるが、興奮でまったく眠くならない。

 見上げるほど大きな門の左右には衛兵が何人か立っていて、オルグが話をするとすぐに門を開けてくれた。

 城門の中にはいると、さらに道が続いていた。

「東側に花嫁候補達のために用意された離宮があるんだ。オリヴィアのための部屋も用意されている。侍女が寝泊まりする部屋はまた別にある。フィリスはマーサの隣の部屋がいいだろう?明日には用意してもらうから、今夜はマーサの部屋で一緒に休むといい。」

「マーサの部屋で?でも、迷惑じゃないかな?」

 それじゃあ、マーサがゆっくり休めないのではないだろうか?

「そういう心配はするな。フィリス、もし自分にベッドがあって、マーサの分がなかったらどうする?」

「えっと、ベッドを渡して床で寝る、かな?」

「・・・・・・ちょっと思っていた答えと違うな。まあいい。とにかく、自分が休めないから嫌だとか思わないだろ?」

 それに頷くと、ジルは満足そうに笑った。

「じゃあ、マーサがどう思うかも分るだろう?」

「・・・・・うん。」

 

 着いた場所は、様々な種類の花が植えられた庭園だった。

 その奥に大きな建物がいくつか建っている。

 馬車からマーサが先に降りて、オリヴィアの手を取った。

 ジルも私を馬から降ろしてくれた。

「ここからは許可された者以外、男は入れないことになってる。」

 ジルは私の背中を押して、マーサの方へ行くよう促した。

「じゃあ、頑張れよ!また様子を見に来るから。」

「うん。」

「フィリスの事は任せて、ジル。さあ、行きましょう。」

 促されて、慌ててジルを振り返った。

「ジルっ!ありがとう!」

 暗くてはっきりとは分からなかったが、ジルは笑顔で手を振ってくれた。


 

 それから部屋にたどり着くまで、誰も言葉を発しなかった。

 きっと、みんな疲れているのだろう。

「こちらがオリヴィア様のお部屋になります。ベッドの上に夜着を置いていますので、今日の所はそれをお使いください。オリヴィア様のお荷物は、明日お運び致しますね。」

「ありがとう、マーサ。」

「では、明日の朝起こしにまいりますので、それまでごゆっくりお休み下さい。飲み物など必要な物は部屋に用意されていますが、もし何かあればベッドの横にあるベルを鳴らして下さい。宿直の者が伺いますので。」

 部屋の灯りに照らし出されたオリヴィアの顔は、流石に疲れきっているようだった。

「お休みなさい、マーサ、フィリス。」

「お休みなさいませ、オリヴィア様。」

 マーサはチラリと私を見ると、私の頭を押して自分と一緒に礼をさせた。

「では、失礼いたします。」

 オリヴィアが頷くのを確認して、マーサは扉を閉めた。

「私達の部屋はこっちよ。」

 マーサは私の手を引いて、建物を出た。

 裏手にある2回建ての建物に入ると、階段を上がっていくつもあるドアの一つを開いた。


「ここが私の部屋!適当にその辺に座って?」

 そこは、ベッドと机、それにクローゼットが一つ備え付けられている簡素な部屋だった。

 床の上には可愛らしいピンクの絨毯がひいてあって、柔らかそうなクッションがいくつか無造作に置かれていた。

「待っててね、今お茶を入れるから。」

 そう言って、マーサは奥にあった扉を開けて中に入っていった。

 取り合えずその場に座って待っていると、両手にコップを持ったマーサが戻ってきた。

 もしかして、あの奥に炊事場があるのだろうか?

「まあフィリス!そんな入り口に座ってないで、ちゃんとクッションの上に座りなさい!」

 床に直に座ってはいけなかったのだろうか?

 私は恐る恐る近くのクッションに腰掛けた。体が沈んで、すごく変な感じだ。

「はい、飲んでね。」

「ありがとう、マーサ。」

 入れてもらったお茶は、ほんのりと柑橘系の香りがした。飲むと体が温まって、疲れが取れて行くようだった。

「おいしい・・・。」

「でしょ?疲れた時はこれが一番よ!フィリスは、好きなお茶とかあるの?」

 聞かれて、首を傾げる。

「えっと、家ではいつもどんなお茶を飲むの?」

「お茶はなかなか手に入りにくいから、みんな普段は水を飲むの。」

 村長夫妻やオリヴィアはよくお茶を飲んでいたが、私や他の村人はほとんど飲まない。

 特別な日には飲んだりすることもあるが、私は村を出てはじめて飲んだ。

 実はすごくいい香りがするから、どんな味なのだろうかとひそかに気になっていたのだ。

「よく分からないけど、マーサが入れてくれたこのお茶が今まで飲んだ中で一番おいしい。」

 はじめて飲んだお茶は予想を裏切って渋みがあって、実はちょっとがっかりしていたから。

 マーサがくれたこれは、甘味もあっておいしかった。

「・・・気に入ってくれたのなら、またいつでも入れてあげる。」

 そう言って、マーサは嬉しそうに笑った。


「さあ、落ち着いた所でちょっと特訓するわよ!ほんとは今日くらいゆっくり休ませてあげたいけど、仕事はもう明日から始まるから。いい?今から最低限の礼儀作法を教えるから、しっかり覚えるのよ?」

 一瞬、オリヴィアの顔が頭をよぎった。

 しっかりしなければ。オリヴィアの顔を潰さないように、迷惑をかけずに済むように。そして、少しでもオリヴィアの役に立てる様にならなくては。

 そうでなければ、オリヴィアは私を認めてくれないだろうし、自分自身も納得できない。

「よし!いい目をしているわね。しっかり付いて来なさいよ!まずは、目上の人に会った時の作法から。フィリスから見るとみんな目上にあたるから、誰かとすれ違う時は必ず礼をするのよ。」

 マーサは立ち上がって見本を見せてくれた。

「手に何か持ってる時は頭だけ下げればいいの。大体はこれでいいから。ただし、竜王様がお通りになる時だけは気をつけてね。何をしていても必ず道の端に寄って頭を下げなさい。通り過ぎるまで絶対に顔を上げちゃだめよ?」

「わかった。」

「それから、部屋に入る時は必ずノックをして返事があってから入ること、中に入ったら背中を見せず後ろ手にドアを閉めるの。出て行く時も同じ、部屋の主に背中を見せない様にドアをそっと閉めること!」

 それから礼の仕方を練習して、奥のドアで入退室の訓練もした。

 ちなみに奥にはやっぱり炊事場があって、お手洗いや洗面台などもあった。


 しばらく繰り返してなんとか形になった所で、マーサは私に自分の夜着を貸してくれた。

「これだけできれば後はおいおい覚えれば大丈夫よ。さすがにもう寝なきゃ、体が持たないよ。」

「色々ありがとう、マーサ。」

「どう致しまして!私も入りたての頃は、先輩に色々教えてもらったの。・・・そうだ!」

 マーサは机の引き出しから一冊のノートを出すと、私に渡した。

「これ、あげる。仕事の事、色々書いてあるから読んで勉強して?私にはもう必要ないから。」

 ページをめくってみると、びっしりと書かれた文字。

 それにマーサの人柄が見えて、私はますますマーサが好きになった。


「マーサ・・・・本当にありがとう。これ、なんて書いてあるの?」

 私は、字が読めなかった。

「・・・・・そうきたか。とにかく、持っておきなさい。字はまた暇を見て教えてあげるから。さ、寝ましょう。」

「ごめんねマーサ。」

「謝りっこなしよ。・・・・コラ、どこに寝るつもり?」

 絨毯の上に寝転がると、すぐに引っ張り起こされた。

「一緒に寝ましょう?」

 ポンポンとベットを叩かれて、赤面した。

 誰かと同じ布団で寝るなんて、祖母が亡くなって以来で恥ずかしい。

「そういう反応しないの!女の子同士なんだから。ほら、さっさと来なさい!」

「う、うん。」

 私があんまりモジモジするから、マーサは大爆笑した。

 どうしてマーサは恥ずかしくないんだろう?

「ふふっ、笑い過ぎちゃったわ。ほんとに可愛いんだから!お休み、フィリス。」

「お休みなさい・・・。」


 笑われてさらに恥ずかしかったけど、マーサが楽しそうなのは嬉しい。

 なかなか眠れないだろうと思ったのに、近くにある体温がすごく心地よくて、私は目を閉じるとすぐに眠りに落ちていった。



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