たこ焼き
「へい、らっしゃい!らっしゃい! ネギとマヨネーズとかつおぶしは入れていいかい?」
俺は今、屋台とたこ焼き器を出して、浴衣姿でたこ焼きを焼いている。
始めは、脳内にペタちゃんが。
「なるべく時間かけて武具ダンジョンからポイントを稼ぐわよ!」
とか言ってきて、ペタちゃんはゆっくりと時間のかかる料理を作り始めたのだが。
「なんでいちいち調理から始めるのさ、なにか早く取り出してよ、セン」と、あっさり否定されてしまったので俺は。
「こういうのは雰囲気も大事なんだよ、はい綿あめマシン」
ブグくんが飽きないように、製作が楽しく、すぐ出来て美味しい物を取り出してやった。
「これのスイッチを入れて、こうやってザラメを入れるとふわふわの飴が周りから出てくるから、それをこう割り箸に巻き付けてだな……」
よしよし、ショタ少年が楽しそうに、割り箸にくるくると綿あめを巻き付けて食べておるわ。
なんかペタちゃんまで綿あめを興味深く作り始めてしまったぞ。
うんうん、楽しそうで何よりです。
続いて、焼き鳥、焼きイカ、焼きそばと、すぐ出来て、見た目にも楽しい屋台系メニューを作りまわっているうちに。
だんだんお祭り会場のような空間と、屋台のおっちゃんスタイルになっていき、今、俺はたこ焼きを焼いているわけである。
「おお、これは美味いな、今までで一番好きかもしれない」
「なんなら焼いてみるか? こうやって2つの金串でくるくるとだな……」
そうやって、たこ焼きパーティをさせているうちに、ダンジョンの新しい階層が出来上がる時間になった。
とりあえずモニターでの観察はブグくんにはまだ秘密にしておきたいので、俺は探索者の様子を描いたマンガ本を取り出して状況を確認する。
まあ、新規の階層が出来たところで、ダンジョンの定期調査がある日まで発見はされないだろうけど。
「うん?」
取り出した本には見慣れない女騎士の絵が表示されていた、誰だこれ?
見かけない鎧を着た見かけない女騎士達が、11階層のアスレチックエリアで地獄を味わい、死にそうになっている様子が本には描き出されていた。
11階層にいるなら、5階層の情報収集の湯には入ってるかな。
そう思って、リーダーっぽく描かれた女騎士の名前を下に表示するよう念じる。
すると絵の中に、マンガの初登場キャラに表示される登場人物紹介のような四角形の枠が浮かび上がり、名前が表示される。
シルド・バーシュ(25)
「んー? 聞いたことないな、まあ他国の騎士の受け入れが始まったのかな、そんな事するとか言ってた気がするし」
けっこう美人だな、入浴が見たいぜ、しかしブグ君がいるときにモニターを出すのは避けておきたい、くそ、早く食って帰れ。
「あ、セン、お前の所にウチの女騎士が入ってきてるのか? マーポンウエア王国のさぁ」
どうやらブグくんは、温泉ダンジョンにマーポンウエア王国の女騎士が来ていることを知っているらしい。
「このシルドって奴か?」
さっき出した本をブグくんに見せると、たこ焼きを頬張り、口の周りをソースと青のりまみれにしながら、こくこくと頷く。
……たこ焼き100個くらいは焼いて食ってるな、こいつ、ペタちゃんもたこ焼きを丸く焼くのが楽しいのか、食べるより作るのにハマってるみたいだ。
「おう、こいつだこいつ。 ……なんだよこのダンジョン、お前のダンジョンずっとこんなわけのわからない運動場なのか?」
「この階層だけだよ、そっちの武具ダンジョンにもトウジ隊長が入ってただろ? 今どうしてる?」
「ウルトラレッドブレード、……まあ、あいつらは赤の剣とか呼んでたけど、あれを集めて深層にいく準備をしている感じかな。
それより、トウジ隊長が言ってたように、温泉ダンジョンってパワーアップする効果があるんだろ?
シルド団長たちも、深層まで潜ってこれるようになるのか?」
「そのシルド団長たちの実力を知らないからわからないな、普段どこまで潜ってるんだ」
「普段って言われても、そもそもダンジョンに女騎士って、めったに入ってこないんだよね。
まあ、潜っても19くらいが限界じゃないかな? シルド団長とほか数名の隊長はもっと行けるのかもしれないけどさ、部下がついてこられないからね。
お前ん所のトウジ隊長の部隊が異常なんだよ、はっきり言って。
で、どこまでパワーアップするんだ?」
「うーん、一回二回潜った程度じゃ、そこまで劇的には変わらないと思うぞ?
セパンスの第2部隊が、トウジ隊長達に半年ほど温泉ダンジョン住み込みでしごかれて。
それでようやく、お前たちも20階層まで通用するようになったんじゃないかって言われてたくらいだからな」
「そっかー、そんなすぐにはパワーアップしないか、残念」
「美貌は11階層の湯に入ればすぐパワーアップするんだけどな、ほら」
話しているうちに、11階層の湯船にシルド団長たちがたどり着いたらしく、風呂に入り始める様子が描かれていた。
11階層の湯は入る前と入ったあとでは、美貌が大幅に変貌する。
俺はその本を開いて、変貌した様子をブグくんに見せる。
「な? ちょっとお前が知ってる騎士から姿が少し変わっただろ」
……ん?
ブグくんがたこ焼きを食べる手を止めて、真顔でその入浴場面の絵を見てるぞ。
これは……虫取り網を持って無邪気に河原で遊んでいた少年が、ふと河原に捨てられていたエロ本のおっぱいお姉さんの裸を見ているときのような顔だな。
意味はよくわかってないけど、本能的になんとなく目が惹きつけられてしまっているアレだ。
俺も20年ほど前に似たような覚えがあるからよくわかるぞ。
「だからぁ、ボクは無骨な方がかっこよくて好きなんだってば、この綺麗になる効果やめてよ」
もぐもぐとたこ焼きを食べる手を再開させながら、ブグくんが温泉の効果に文句を言ってくる。
今はまだ、裸に対する感情はほとんどよくわかってないレベルであって、少年心のほうが勝っているみたいだ。
しかし俺なんかと精神リンクさせてたら、だんだん思考がスケベ寄りになっていくと思うんだけど、いいのか?
「この効果のためにみんなウチの温泉に来てるんだぞ、やめられるわけないだろ」
まあ自分の性癖から遠ざかる美容の湯が気に入らないのはわかるけどな。
俺だって、貧乳が巨乳になる湯なんて絶対に作らない。
俺は別に貧乳派というわけではない、巨乳だって大好きだ、いやむしろ巨乳のほうが好きだ。
しかし貧乳キャラを盛って爆乳にしたエロ同人誌は、決して許せない派とでも言おうか。
「しょうがないなぁ、じゃあボクはそろそろ帰るね」
「ん? まだそんなに色々な食べ物を出してないがいいのか?」
「いいよ、色々と一気に体感して消費するのもったいないから、たこ焼き食べ飽きたらまた来るよ」
そういうとブグくんは消えた。
ふむ、まあ無理して長く繋ぎ止めるより何度も来てくれた方が累計ではお得だろうしいいかな。
「んじゃ、ブグくんもいなくなったしモニターで女騎士達の様子をみるかな」
ペタちゃんは、たこ焼きをいまだに焼き続けていた。
食べるより焼いている量のほうが多いのか、焼きあがったたこ焼きが増えている。
生地の量が足りていないのか、ぺちゃんこでカリカリな形に焼けている。
まあこれはこれで美味しそうだけど。
「これ食べるよ」
「いいよー、うーん、いい感じにふわっと丸くならない……最初に生地をドバッと入れるのがコツなのかしら」
そうそう、最初から、ちまちまと丸い型にしようとするんじゃなく、生地をあふれかえるほどぶち込んであとから丸く整えるんだ。
特に教えられもせず、そういう答えにたどり着いていくのも楽しいことだろう。
女騎士達が泡温泉に入ってうっとりしていたりする様子を見ていても、ペタちゃんには何も面白くないだろうしな。
俺はどっちも楽しい。
それから半日ほどすると、マーポンウエアの女騎士は鏡の階層にたどり着いた。
しかし、俺達が寝てる合間にセパンスの女騎士が持って帰っていたのか、鏡はなかった。
鏡の復活にはまだ、ある程度の日数がかかるだろう。
「鏡がないことに不満を垂れてるな。
お、他の場所に鏡がないかと13階層の脇道を探索し始めたぞ、これは14階層の階段を見つけてくれるんじゃないか?」
「マスター、飯困らずダンジョンの方は新しい階層発見されたわよ。
たぶんそいつらと同じ国の騎士ね、鎧が似てるから」
「ほう、じゃあ酒の方も同時に発見してくれそうだな、こっちも新しい階層を発見してもらえそうだ」
「人間が入れないような熱湯の温泉なのよね、ちゃんと料理に使ってくれるかしら?」
「どうだろ? 察しが良ければすぐやってくれると思うけど、悪かったら……」
結論として、マーポンウエアの女騎士達は。
発見した熱湯温泉の隣に、人一人分が入れる穴を掘って、熱湯温泉と水風呂を混ぜてから入りだした。
苦労したわりに何の効果も感じられないので、文句を言っている。
「ねえ、マスター、大丈夫? これちゃんと気づいてくれるの?」
だ……大丈夫だ。 まだ慌てるような時間じゃない。
それでもアウフなら……アウフならきっと何とかしてくれる……!
この状況を地上に報告してもらうことで、きっと正しい利用方法を思いついてくれるはずだ。
♨♨♨♨♨
武具ダンジョンのコアルームでは、ブグがたこ焼きを焼いて食べながら、トウジ隊長の様子を漫画本にして読んでいた。
「あー、早く深部に来てくれないかな、どれだけ強くなってるのか楽しみだ」
それと同時に、シルド団長の様子も本に出して、温泉ダンジョンの内部の様子も確認する。
温泉ダンジョンのマスターに、センと名づけて、魂を軽く結びつけただけでは、温泉ダンジョンの中の様子を好き勝手に見る事はできないが。
結びつきのある温泉ダンジョン内部にいる、自分のダンジョンで出た武器防具の様子を見る、という体でシルド団長達を表示する事なら可能なのだ。
このような運用方法は、ペタちゃんも知らない。
「見れば見るほどわけがわかんないダンジョンだな、しかしこれを理解しないことには、ボクも成長できない」
武具ダンジョンは、さらなる階層への増築を諦めてなどいない。
むしろ増築を諦めたコアとして立ち振る舞い、面白そうな情報を持ったダンジョンに飄々と接近し。
ポイントを太っ腹に配るコアとして、ありがたがられながら情報を収集しているのだ。
そしてこの温泉ダンジョンのマスターは、今までのコアやマスターとは桁が違うレベルで持っている情報や視点が斬新だ。
言っていることも、やっていることも、取り出すものも、すべてが斬新すぎて正直意味がわからない。
自身のダンジョンをより大きく育てるためには、温泉ダンジョンマスターの思考はぜひとも理解する必要があると、ブグは確信している。
「でも飯コアの奴、あれで結構猜疑心も強いし鋭いんだよなぁ……ケンマの宝石コア並に単細胞ならやりやすいのに」
温泉マスターとの魂の繋がりは、ペタちゃんの気分を損ねたらあっさりと接続を切られる事をブグは知っている。
故に悪辣なことはせず、あくまでお互い楽しく付き合って、あのマスターの思考から人間の欲を学ばねばならない。
今のところは、おとなしく。
「……なんか、たこ焼きがいい感じに丸くふかふかにならないな? 飯コアもうまくやれてなかったし、センのやつはどうやって焼いてたっけ?」
物事の完成と到達の達成感のあとにあるものは、停滞と虚無だということを世界最大のダンジョンはよく知っている。
しばらくはこの上手く行かないもどかしさを楽しもう。