犬の血液バンク、他の犬の命を救う「静かなヒーローたち」の世界

全国規模のしくみでは英国がリード、どんな犬がドナーになれるのか

2025.01.09
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オランダのドルドレヒトで、供血デーにイヌから採血する獣医。(PHOTOGRAPH BY JEFFERY GROENEWEG/ANP / ALAMY)
オランダのドルドレヒトで、供血デーにイヌから採血する獣医。(PHOTOGRAPH BY JEFFERY GROENEWEG/ANP / ALAMY)
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 2011年のある夜、オーストラリアのノーザンテリトリーにある都市アリススプリングスで唯一の動物病院に、殺鼠剤(さっそざい)を食べてしまった生後16週のボクサー犬の子イヌが2匹、運び込まれた。この病院の獣医師だったカリン・カノウスキー氏は、「容態は深刻で、歯茎は白く、ぐったりし、頭を上げるのもやっとの状態でした」と当時を振り返る。「だめかもしれないと思いました」

 誤食した殺鼠剤は血を固まらなくするタイプのもので、子イヌたちは内出血を起こしていた。すぐに輸血をしなければ、一晩ももたないだろう。

 この絶望的な状況で、カノウスキー氏は意外なヒーローに助けを求めた。それは、診療所の受付係の1人が飼っているブルースという名の大型のマスティフ犬だ。ブルースは以前にも血液を提供したことがあり、落ち着いた性格だった。

「ブルースは伝説的なイヌでした」と、現在は英国の街ニューキーで働いているカノウスキー氏は言う。「何があっても動じませんでした。私たちはブルースから400ミリリットルほど採血し、2匹の子イヌに分け与えました」

 ブルースの供血と病院に残っていた血漿(けっしょう)のおかげで、子イヌたちの容態は安定し、歯茎にも色が戻ってきた。5日後、子イヌたちは何事もなかったかのように尻尾を振りながら家に帰っていった。(参考記事:「子イヌはいつ何ができるようになるのか、科学が教えるしつけの鍵」

 カノウスキー氏にとって、この出来事はイヌの輸血の世界への洗礼となった。この年、オーストラリアではネズミが大発生し、各地の動物病院は殺鼠剤を誤食したペットであふれかえった。

「2011年の夏は私に輸血の重要性を教えてくれました」と氏は言い、500ミリリットルほどの血液で最大4匹の命を救うことができると語った。

 かつての獣医学では、輸血はまれにしか行われない臨時的な処置だったが、現代の獣医学では重要な救命手段となっている。近年、ペット用の血液製剤の需要は世界中で急増している。なかでも英国の需要は多く、イヌの供血がさかんに行われている。

 英国で最も多く供血をしたイヌはゴードン・セターのシャーウッドで、最近、40回目の供血をして7歳で引退した。彼の血液は160匹ものイヌの命を救ったという。(参考記事:「迷子のイヌはなぜ遠く離れた家に帰れるのか、専門家に聞いた」

次ページ:供血犬に向いているのはどんなイヌ?

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