かなり以前の話ですが、あるとき、近所にラーメン屋の新店ができました。最初は、まったく話題になっていませんでした。専門誌の新店特集号に掲載されると、いくらか客が入るようにはなりました。それでも、客の入りは、まばらで、繁盛とはほど遠い状況が続きました。
上述の記事は、「超有名店で修業し、そのすべてを知り尽くした店主が独立開業」という趣旨になっていました。また、「修行先との兼ね合いで、店名は明かせない」と記されていました。経歴と客が入らない状況とのギャップにも興味を覚え、訪問してみました。
入店すると、食欲をそそる匂いが充満していました。視界に入ってきた丼を見て、つけ麺に惹かれましたが、味がダイレクトに分かりやすい中華そばにしました。
この選択は、合っていました。ほぼ一瞬で謎が解けてしまう分かりやすい味でした。修行先が、全国に盛名を馳せるラーメン店「Z」だと確信できたのです。現在も主流派の一つとして定着している動物系と魚介系のWスープが見事に再現されていました。当時、この味は、まだ新興勢力でした。
「Z」には、何度も並んだ経験があり、九州豚骨と東京ラーメンの良さを合体させた無双の味は、忘れようがありません。経営者と喧嘩をしたか、よほど重要な役割を担っていた方なのだろう、と推察できました。
結果的に、とても美味しいスープだとは思いましたが、ラーメンとしては、そこまでの感動はありませんでした。暖簾分けした「Z」の他店のほうが、はるかに美味しいと思ったほどです。
理由は、違和感のある麺でした。店の壁に「浅草開化楼の特注麺使用」という貼り紙があり、一級品であることを誇示していました。それが、「Z」の味とは合っていないと感じました。さらにいえば、「Z」のスープを完コピしておきながら、麺だけで凌駕してやろうという気負いが、味を下げてしまっていたのだと思います。
困ったことに、店主は、席を立つ客に感想を訊ねていました。ある客は、「スープに、最初から脂の膜が張っているのがよくない」という直截的な不満を伝えていました。別の客は、「中華そばよりも、つけ麺のほうが美味しいですね」と語っていました。
私の番になりました。「この味は、Zですよね? 違います?」と訊ねてしまいました。店主は、困惑した表情を見せましたが、首肯はしませんでした。「とても美味しいスープでした」と伝え、暖簾をあとにしました。
この店は、拙作グルメモには掲載していません。「スープ不出来につき臨時休業」という貼り紙が何度か出るようになり、悪戦苦闘している様子は窺えました。しかし、あっという間に、閉店となってしまったのです。
Posted at 2023/08/27 07:57:26 | |
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