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『薔薇の女』(ばらのおんな)、副題ベランジュ家殺人事件(べらんじゅけさつじんじけん)[注釈 1]は、笠井潔の探偵小説。1982年に文芸雑誌『野性時代』3月号で一挙掲載され、1983年3月に角川書店から書籍化された。
1970年代のパリを主要舞台に、謎の日本人青年矢吹駆(ヤブキカケル)と大学生ナディア・モガールの活躍を描いた、連作ミステリーの第3作である。今作のミステリ的趣向は、連続猟奇殺人の被害者間にある隠れた共通項が事件の焦点になる"ミッシングリンク"を題材にしている。恒例のカケルとの討論相手はフランスの思想家ジョルジュ・バタイユをモデルにした人物で、その著作「呪われた部分」を出処に"生産・蓄積"のような経済合理性よりも"消費・蕩尽"を人間的生の充実に不可欠とする、過剰なエネルギーと消費の原理「全般経済学」に関する対話が交わされる。
冬の迫った晩秋のパリで事件は起こった。3週続けて火曜日に発生した猟奇的犯罪は、いずれも一人暮らしの若い女性が自宅で絞殺され、躰の一部が切断された裸の屍体は血溜まりに横たわり、凶器の絹紐と赤い薔薇が撒かれていた。そして壁には"アンドロギュヌス"と血で署名されていた。巷間では犯人は各々持ち去った頭部、両腕、両脚を用いて肉人形を作るつもりだとの、煽情的な噂が拡まっていた。
三人目の事件から中一週置いた12月22日火曜日の晩、パリ市内は厳重な警戒態勢が敷かれた。モガール警視は部下のバルべス警部と深夜まで警視庁で事件の検討をしていた。被害女性に強い恨みを抱く者や被害者間に接点は見当たらず、捜査方針は異常者による通り魔的犯行説に傾いた。早朝になって緊急連絡が入る。セーヌ川に架かる橋の下から古い大型旅行鞄に詰められた、胸部を持ち去られた切断屍体が発見された。無惨な遺体状況に猛者の刑事達も、嘔吐感を抑えねばならぬほどであった。
毎年12月24日のモガール家の晩餐に、バルべスとカケルが招かれた。食事の席で"アンドロギュヌス"事件の話題になったが、被害者間には気づかれていない共通項があることをカケルは指摘する。それはナチス占領期に対独協力したことで、戦後に映画界から追われた女優ドミニク・フランスに関連するものであった。カケルの指摘によって、新たな被害の恐れがある女性の名前は推定された。パリ警視庁は予想される12月29日火曜日の犯行阻止へ総動員体制で待機したが、思わぬ形で"アンドロギュヌス"に裏をかかれる。
- シルヴィー・ラテーヌ
- ルアーブル出身のドラッグストアの売り子、最初の被害者
- マーガレット・フランク
- ボストン出身の留学生、二人目の被害者
- アンヌ・マリー・メリエス
- スーパーマーケットのレジ係、三人目の被害者
- ナディーヌ・ジャネット
- 源氏名"昼顔"の娼婦、四人目の被害者
- ドミニク・フランス(リュシエンヌ・レヴィ)
- "薔薇の女"の異名を持つ往年の名女優
- アンドレ・レヴィ
- ユダヤ系フランス人の資産家、ドミニクの夫
- ベアトリス・ベランジェ
- 息子夫婦と暮らす資産家の寡婦
- アルベール・ベランジュ
- ベアトリスの息子、大学講師
- アグネシカ・ベランジュ(ア二ェス)
- アルベールの妻、ポーランド移民
- ジルベール・レヴィ
- アルジェリアで行方不明になったアルベールと双子の兄弟
- ジョルジュ・ルノワール
- 戦前から活動する作家・批評家
- ダニエル・グラングィル
- 放浪癖のある造園職人
- シャルル・ロワゾー
- 身元不明の情報提供者
- ルネ・モガール
- パリ警視庁司法警察局警視
- ナディア・モガール
- ルネの娘、パリ出身の大学生
- ジャン=ポール・バルべス
- ルネの部下、司法警察局警部
- ダルテス
- バルベスの若い部下、司法警察局刑事
- マチウ・デュラン
- 警察医
- 矢吹駆
- 謎の日本人青年
- ニコライ・イリイチ
- 秘密政治結社"ラモール・ルージュ"の中心人物
- "アンドロギュヌス"事件と関連する15年前の"ブレストの切り裂き魔"事件は、1959年から1960年に発生している[1]。
- "ブレストの切り裂き魔"事件は別の個所で「発端は十六年前」と、より具体的に記述されている[2]。
- 1983年3月 四六上製本 角川書店
- 1987年12月 角川文庫
- 1990年12月『天使・黙示・薔薇 笠井潔探偵小説集』(初期三作の合本) 作品社
- 1996年6月 解説/山路龍天 創元推理文庫
- ^ 雑誌掲載から角川文庫版までの副題は"アンドロギュヌス殺人事件"
- ^ 創元推理文庫版111p パリ警視庁の照会へのブレスト署の返答
- ^ 創元推理文庫版328p 事件後にされた全貌検証での記述