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U.K. (タレント)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
楠雄二朗から転送)
ユーケー
U.K.
本名 楠 雄二朗
別名義 楠 雄二朗(くすのき ゆうじろう)
生年月日 (1974-10-04) 1974年10月4日(50歳)
出生地 日本の旗 日本 大阪府大阪市西区
身長 170 cm
血液型 B型
職業 ラジオDJタレント俳優
活動期間 2000年 -
公式サイト 公式プロフィール
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U.K.(ユーケー、1974年昭和49年〉10月4日 - )は、日本ラジオDJタレントMC作家、新聞社編集長。大阪府大阪市西区出身。関西を中心に活動しており、もりぐち夢・未来大使を務めている。本名および別名は楠 雄二朗(くすのき ゆうじろう)で、愛称はくっすん

活動内容

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  • Be Happy!789での初仕事を経て、2000年4月に、本名の「楠雄二朗」名義でバイリンガルDJとしての活動を本格的に開始。

その直後に、Kiss-FM KOBE(現:Kiss FM KOBE)のサウンドクルー(同局独自の「DJ」を意味する呼称)として、自身初のレギュラー番組『Kiss WORLD PROJECT(番組名の「Kiss」は「ケイアイダブリューエス」と読む)』を担当。

  • 2009年ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)へ出演。当初は、番組や毎日放送ぐるみのイベントを実施する期間に限って、告知などの目的で登場していた。やがて、後述する音楽関連のキャンペーンで、「宣伝部長」などをたびたび担当。共演者から「くっすん」と呼ばれたことを機に、毎日放送の番組では、自己紹介で「『くっすん』ことU.K.」「『くっすん』こと楠雄二朗」と名乗るようになった。
  • 2010年10月 河田直也(毎日放送アナウンサー)とのコンビで「昔の人は偉かった」(本州各地の名所旧跡や旧街道を徒歩だけで巡るロケシリーズ)へ出演。10年半にわたるロケで延べ7,260kmもの距離を歩いたほか、「U.K.」としての活動を知らない中高年世代の視聴者にも、「くっすん」の名と人柄が広く知られるようになった(詳細後述)。
  • 2011年 MBSラジオでは3月まで、U.K.が週2日DJを務めていた21時台・1時間枠の音楽番組(土曜日『U.K. BEAT FLYER 1179』、日曜日『U.K. チア・ミュージック』)に、編成上「U.K.WEEKEND MUSIC PARTY」という名称のレーベルを付けていた。2011年4月からは両番組を統合する形でリニューアルされた『MBSうたぐみ U.K. BEAT FLYER』を担当している。
6月 『WELFARE group presents それU.K.!! ミライbridge』と、企画立案に携わった2本の冠番組が続けてFM大阪でスタート[1]
  • 2021年10月 所属事務所から独立し、個人事務所でマネージメント開始。
  • 2022年1月 企画立案に携わった『U.K.とヒロの世のため後のためラジオ』がFM大阪でスタート。
  • 2022年9月 担当している番組から「世のため後のためBOOK」が出版されAmazon書籍・新刊ランキングで一位を獲得。
  • 2023年7月14日 DO THROUGH出版から自著「ONLY U. 親卒で才能を開花せよ!」が発売、Amazon書籍・新刊ランキング&売れ筋ランキングで一位を獲得し、二冠を達成。
  • 2023年8月 週刊大阪日日新聞 守口エリア編集長に就任。
  • 2024年5月 企画立案に携わった『U.K.と山ちゃんのおかしな時間』がラジオ大阪でスタート。

人物

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  • 大阪市西区出身。血液型:B型、身長:170cm、体重:60kg。
  • 既婚者で一男一女の父。地元・関西では長女&長男と一緒に雑誌やテレビ番組へ登場することもある。
  • 1986年から5年間、イギリスに留学しTASISというプライベートスクールで寄宿舎生活を送る。
帰国後、大阪YMCAインターナショナルハイスクールに編入。東京国際大学経済学部へ進学した[2]
  • 大学卒業後の1999年に帰阪。「人に感動を与える表現者になりたい」とDJを志す。
  • 「DJ風タレント」や「関西エンタメ界のタレ目王子」と言われるほど、ラジオ以外のメディアへ露出する機会も多い。
  • 2004年からは、関西を代表する早朝の生放送番組『おはよう朝日です』(ABCテレビ)へ、1年間リポーターとして出演。
  • 2008年4月から1年間、関西地区で平日の夕方に放送中の『あほやねん!すきやねん!』(NHK総合テレビ)において、金曜日の司会を担当。
  • 大学時代には、真樹日佐夫主宰の「真樹道場」で空手を教わっていた。当時から芸能界を志していたため、真樹の勧めによって、『ワル外伝』(真樹原作の漫画を基に制作された1998年実写映画)に「空手道場で主演の本宮泰風を迎え撃つ黒帯(有段者)」という役で出演している。
  • DJ・タレント以外の活動としては、『U.K. BEAT FLYER 1179』の生放送中にエアギターを披露したことがきっかけで、日本におけるエアギターの普及に貢献。2005年のエアギター全国大会で、準グランプリを獲得した。現在では、日本唯一のエアギター公式団体「エアギタージャパン」の関西支部長を務めている[3]

エピソード

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  • 『Kiss WORLD PROJECT』に出演していた頃のKiss-FM KOBEでは、多くの新番組が放送されていた。サウンドクルーの同期生だった中野耕史野村富美江川本えこ(中野以外は卒業)とは、現在でも公私共に仲が良いとのこと。
    • 開始当初はカッコよくクールに番組を進行。しかし、『MUSIC EDGE』でのジョンさんとの絶妙なコンビネーションや、ロケなどで感動や悔しさのあまりに涙を流す姿が徐々に視聴者の共感を呼ぶ。その結果、「涙のカリスマ」という異名まで付くほどの人気を博すようになった。
    • 2002年秋までは、『MUSIC EDGE』のみ「U.K.」名義で出演。他の番組では、本名の「楠雄二朗」を名乗っていた。一時は、「ものすごい純日本風の顔をしてるのに、"U.K."と自称することは恥ずかしい」との理由で、「U.K.≠楠雄二朗」と主張していた(毎日放送が発行していたフリーマガジン「MBSドクホン」のインタビューで後年発言)。
  • 活動の名義を「U.K.」に統一したのは、『MUSIC EDGE』と並行して、「楠雄二朗」名義で『Kiss Afternoon Dream』(Kiss-FM KOBE)への出演を始めたことがきっかけとされる。同局の公式サイト内でプロフィール用の画像を公開したところ、「U.K.」と同一人物であることが判明。番組の公開生放送を実施していたダイエー甲子園店(現在のコロワ甲子園)に、『MUSIC EDGE』の視聴者が多数訪れるようになった。『MUSIC EDGE』のジョンさんも、同番組のロケで甲子園近辺を訪れた際に、同店での生放送に顔を出している。ただし、毎日放送の番組では、『ちちんぷいぷい』への出演を機に「くっすん」という愛称を名乗るようになっている。

『ちちんぷいぷい』での活動

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音楽関係のキャンペーン

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2009年10月11日大阪城野外音楽堂で開かれた毎日放送主催の音楽イベント「音晴(オンパレ)」では、総合司会(MC)を担当。同年9月28日から10月2日にかけて、同イベントの宣伝を目的に、『ちちんぷいぷい』へ連日エンディング間際に登場した。

「すごくおいしいうた」宣伝隊長

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  • 2010年1月には、『ちちんぷいぷい』の企画で、同番組初のCD「すごくおいしいうた」(ベストアルバム、同月20日発売)の宣伝隊長に就任。この頃から、同番組では「U.K.こと楠雄二朗」「くっすん」と呼ばれるようになった。

「未来の花束」宣伝隊員(幸せの黄色いジョーロ君2号)

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2011年10月には、『ちちんぷいぷい』完全プロデュース第2弾CDとなる「未来の花束」(マキシシングル、11月2日発売)の宣伝隊の一人として、福島暢啓(毎日放送アナウンサー)とともに"幸せの黄色いジョーロ君"という宣伝用のキャラクターに扮した(1号は福島、2号がU.K.)。

「この街に生まれて/いつまでも変わらない」宣伝隊員(この街宣伝隊員)

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2012年6月には、『ちちんぷいぷい』完全プロデュース第3弾CDとなる「この街に生まれて/いつまでも変わらない」(7月4日発売)のPRを目的に、大吉洋平・福島暢啓(いずれも毎日放送アナウンサー)・今別府直之吉本新喜劇)と「この街宣伝隊」を結成。麦わら帽子・ランニングシャツ・半ズボンというスタイルで、関西各地を奔走した。

体操のお兄さん・くっすん

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  • 2010年7月から9月2日までの放送では、毎日放送60周年・同番組の放送10周年を記念した企画「ハッピーアワーたいそう」(同番組のオープニングでレギュラー出演者と一般参加の小学生が毎日放送本社1階で体操を披露するイベント)に、「体操のお兄さん・くっすん」として連日登場した。
  • 2011年夏休み期間中の「ハッピーアワーたいそう」にも、「体操のお兄さん・くっすん」として連日登場。協賛しているセイバンの毎日放送限定CMにも体操のお兄さんとして出演。このときのクレジットは「くっすんこと楠雄二朗」。

「昔の人は偉かった」

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  • 菅笠を背負いながら日の出から日の入りまで10 - 20km程度の道を徒歩だけで移動したロケシリーズで、2010年10月から主に河田とのコンビで出演。2020年3月までは毎週木曜日、同年4月から1年間は毎週金曜日に放送されていた。当初は2 - 3ヶ月程度で終了することを見越していたが、結果として10年半の間に17本のシリーズ企画が放送されるなど、番組きっての人気企画と化した[4]。ちなみに、くっすんの菅笠には「く」、河田の菅笠には「河」の字を墨書。放送期間の途中からは、河田に宛てて書いた手紙を、シリーズが終わるたびに号泣しながら読み上げることが恒例になっていた。
  • 「第三章」と「第五章」(2010年から2011年にかけて放送された第3・第5シリーズ)では西国三十三所の札所、「第十二章」(2014年5月から2015年2月まで放送された第12シリーズ)では潮岬(近畿地方の最南端)から経ヶ岬(近畿地方の最北端)までの約622km、「第十四章」(2015年1月から2年間放送された第14シリーズ)のロケでは百人一首の舞台、最後のシリーズであった「第十七章」(2019年4月から2年間放送された第17シリーズ)のロケでは東海道五十三次の宿場跡(総距離約600km)[5]を徒歩だけで完全に踏破。神社仏閣での修行を体験したことや、普段は公開されていない神社仏閣などの秘蔵品を特別に鑑賞することや、ロケ先ならではのグルメを堪能したことも多かった。
  • ロケ中に股関節の痛みを訴える姿や、長距離や急な坂道・階段での徒歩移動に音を上げる姿や、河田に甘える姿を写した映像が頻繁に放送された影響で、視聴者には往々にして「ヘタレキャラ」と認識されていた。ロケ中に出会った一般人から叱咤激励を受けることも多かった[6]が、徒歩でのロケを途中で断念したのは初回だけで、2回目以降のロケでは予定のルートを必ず歩き切っている。
  • 2015・2016年には、派生イベントの「昔の音は偉かった」(クラシックコンサート)で、河田と共に司会を担当[6]。2018年度に放送された「日本修行場めぐり」については、「ちちんぷいぷい 昔の人は偉かった 日本修行場めぐり」という番組公式ムックが、放送期間中の2018年9月にぴあから発売されている(ISBN 978-4835636191)。
  • 2019年10月に放送された『ちちんぷいぷい おかげさまで20歳 ~やりたいことつめこんだらヤバイ10日間になりましたスペシャル~』では、大阪市城東区の諏訪神社境内で毎年秋に奉納される獅子舞の実演(大阪市指定の無形民俗文化財)に初めて挑戦。2019年の8月下旬から稽古を積んできた成果を5分間にわたって披露する模様が、10月17日に「ちゃプラステージ」(毎日放送本社M館1階のオープンスペース)からの公開生中継方式で放送された。
  • 前述した「第十七章」では、河田がロケ中に「歴史ポイント」を紹介するたびに尺八を吹いていた。期間中の2020年3月までは放送日にスタジオへ登場していたが、同年4月に放送曜日を金曜日へ移動してからは、ロケVTRにのみ出演。2021年3月12日(金曜日)で番組とともに「昔の人は偉かった」の放送を終了することが決まったため、「第十七章」の最終回では、金曜日のスタジオへ最初で最後の出演を果たした[5]

現在の出演番組・作品

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ラジオ

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過去の出演番組・作品

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テレビ

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ラジオ

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テレビドラマ

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映画

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テレビCM

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PV

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その他

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  • studio U.K.(神戸ウォーカー・「Kiss TOWN WALKER」とのコラボ企画による連載)
  • U.K. vs マダム松澤 史上最強デートの達人(SAVVYにて2005年に連載)- 2004年には、SAVVY誌上で音楽コーナーの連載をしていた。
  • UK日和(読売新聞大阪支局発行のフリーペーパー「WHAP」にてコラムを連載)
  • 雑誌「Lマガジン」CDレビューコーナー連載
  • 新聞日刊ゲンダイ「UKチェンジザ関西」(隔週金曜夕刊)
  • 月刊誌「ファミリーWalker」(不定期)
  • なんば経済新聞 (2020年6月5日[10]

脚注

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  1. ^ Template:Twitterstatus
  2. ^ 楠雄二朗(U.K.)プロフィール 講演依頼.com|講演会の講師紹介
  3. ^ U.K 日本エアギター協会 - ウェイバックマシン(2016年3月13日アーカイブ分)
  4. ^ MBS河田アナ、くっすんが語る「昔の人は偉かった」の裏側(1)(『THE PAGE大阪2015年9月18日付記事)
  5. ^ a b 21年半の長寿番組「ちちんぷいぷい」が最終回 ラストに新コーナーが誕生する“攻め”の演出も(『スポーツニッポン2021年3月12日付記事)
  6. ^ a b MBS河田アナ、くっすんが語る「昔の人は偉かった」の裏側(2)(『THE PAGE大阪2015年9月18日付記事)
  7. ^ PR TIMES「業界初!介護・障害福祉業界で頑張る会社や人を応援するラジオ番組、「それU.K.!!ミライbridge」スタートのお知らせ」”. 2019年12月31日閲覧。
  8. ^ 当該週に放送されたMBSラジオ(AM周波数1179khz)制作番組で飛び出した「いい(11)話」と「泣く(79)話」を、音源を交えながら紹介するダイジェスト番組で、2014年3月29日までは毎週土曜日の17:45 - 17:59、同年4月6日から2015年3月までは毎週日曜日の8:45 - 9:00、2015年4月以降は毎週土曜日の13:30 - 13:45に放送。通算100回を迎えたことを機に終了した。
  9. ^ CMギャラリー
  10. ^ なんば経済新聞「エフエム大阪のラジオ番組が1周年 介護・看護現場の生の声届ける」”. 2020年6月6日閲覧。

外部リンク&お問い合わせ

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