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バスケットボールフィリピン代表

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 バスケットボールフィリピン代表
国または地域 フィリピンの旗 フィリピン
協会 SBP
ヘッドコーチ アメリカ合衆国の旗 タブ·ボールドウィン
FIBAランキング 40位(2023年2月27日付)
オリンピック
出場回数 7回
初出場 1936 ベルリン
最高成績 5位(1936)
ワールドカップ (男子) / (女子)
出場回数 4回
初出場 1954 世界選手権
最高成績 銅メダル(1954)
アジア選手権
最高成績 優勝
ユニフォーム
ホームのジャージ
チームカラー
ホーム
アウェイのジャージ
チームカラー
アウェイ
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バスケットボールフィリピン代表は、フィリピンにおけるバスケットボールナショナルチームである。愛称はギラス・フィリピナス(Gilas Pilipinas)[1]。現在はSBPによって組織されている。

歴史

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アジアではいち早くプロリーグを立ち上げたこともあってか、アジア選手権では、第1回を始め通算5回(中国に次いで2位)の優勝を誇る。また、1954年世界選手権でアジア歴代最高位となる3位に輝く。アジア選手権最後の優勝は1985年で、翌年の世界選手権予選も兼ねた大会であったが、エドゥサ革命のため世界選手権は辞退した。

1990年のアジア大会ではフィリピン・バスケットボール・アソシエーション(PBA)の選手による「フィリピン・ドリームチーム」を結成したが、決勝で中国に敗れている。

しかし近年はアジアにおける競争が激化し、加えて国際大会から締め出しを受け成績も伸び悩んでいる。

なお、現在アジア大会に参加するチームはPBAの選手によって構成され、アジア選手権はリーガ・フィリピナス(LP)の選手が中心となっている。

国際舞台からの締め出しと新組織

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フィリピンの国内バスケはこれまでフィリピンバスケット協会(BAP)が統括していた。

2005年にナショナルチームの招集を巡り、PBAを始めとする各連盟間の対立が激しくなった。そのためフィリピンオリンピック委員会(POC)から資格停止を受けた。

その後新団体としてフィリピンバスケットボール連盟(SBP)を発足しFIBA加盟へ動いたが認められず。7月よりFIBAから資格停止となった。

その間、自国開催の東南アジア競技大会が行われていたが、バスケットボール競技は開催されず。

2007年、BAPとPBが統合。新団体SBPが誕生し、国際舞台に復帰。アジア選手権では主力不在の中国に勝利し9位で終えた。

2013年、自国開催のアジア選手権で準優勝を決め、1978年以来36年ぶりのワールドカップ(旧世界選手権)出場を果たした。

2014年FIBAバスケットボール・ワールドカップではグループリーグのセネガル戦で延長戦の末勝利し、1勝4敗の21位という結果に終わった。

2015年バスケットボール男子アジア選手権では、二次ラウンドで日本に勝利するなど4勝1敗の成績でグループ首位で突破し、ファイナルラウンドの準決勝でも再び日本を撃破するなど、中国との決勝戦に進出したが敗れ、準優勝という結果に終わった。

2016年、地元マニラで行われたリオデジャネイロオリンピック予選に出場。グループリーグでフランスとニュージーランドに敗れ本大会出場を逃した。

2017年FIBA男子アジアカップでは、グループリーグを首位で通過し、レギュレーションにより決勝トーナメントは自動的にクォーターファイナルからの出場となったが、韓国に86-118で敗れ三大会連続の決勝進出を逃した。

2019年FIBAバスケットボール・ワールドカップ予選では、1次ラウンドで日本相手に連勝したもの、最終戦のオーストラリア戦で乱闘が発生[2]、FIBAからの処分の結果、多くの主力選手を出場停止[3]で欠いた2次ラウンドでは通算3勝4敗という結果も、総合成績により予選突破となった。

2021年、ニュージーランドの出場辞退[4]により、ベオグラードで開催される東京オリンピック予選に繰り上げ出場となった。カイ・ソットを中心とする若手中心のロスター編成で臨んだものの、グループリーグでセルビアとドミニカ共和国に敗れ本大会を逃した。

2022年FIBAアジアカップではBリーグでプレーしているキーファー・ラベナサーディ・ラベナレイ・パークスジュニアを中心としたロスター編成で臨んだ[5]が、グループステージではレバノンニュージーランドに破れるなど苦しい戦いが続き、決勝ラウンド1回戦では長年相性の良かった日本代表相手にも敗北している。

自国開催となった2023年FIBAバスケットボール・ワールドカップでは、ジョーダン・クラークソンが出場するも、1勝4敗の成績でパリオリンピック予選に回ることになった。オリンピック予選では、ラトビア相手に勝利する[6]。続くジョージア戦は1点差で敗れるも、得失点差により2位でグループステージ突破を決めた[7]が、この試合でカイ・ソットが負傷した[7][8]。決勝トーナメントの準決勝ではブラジルと対戦したが、71-60で敗れオリンピック出場とはならなかった[8]

主な成績

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夏季オリンピック

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フィリピン対アルゼンチンメルボルンオリンピック

ワールドカップ(旧世界選手権)

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フィリピン対クロアチア2014年ワールドカップ

アジア選手権

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  • 1960年 - 優勝
  • 1963年 - 優勝
  • 1965年 - 準優勝
  • 1967年 - 優勝
  • 1969年 - 3位
  • 1971年 - 準優勝
  • 1973年 - 優勝
  • 1975年 - 5位
  • 1977年 - 5位
  • 1979年 - 4位
  • 1981年 - 4位
  • 1983年 - 9位
  • 1985年 - 優勝
  • 1987年 - 4位
  • 1989年 - 8位
  • 1991年 - 7位
  • 1993年 - 11位
  • 1995年 - 12位
  • 1997年 - 9位
  • 1999年 - 11位
  • 1913年 - 優勝
  • 1915年 - 優勝
  • 1917年 - 優勝
  • 1919年 - 優勝
  • 1921年 - 準優勝
  • 1923年 - 優勝
  • 1925年 - 優勝
  • 1927年 - 優勝
  • 1930年 - 優勝
  • 1934年 - 優勝

アジア大会

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  • 1951年 - 優勝
  • 1954年 - 優勝
  • 1958年 - 優勝
  • 1962年 - 優勝
  • 1966年 - 6位
  • 1970年 - 5位
  • 1974年 - 4位
  • 1978年 - 5位
  • 1982年 - 4位
  • 1986年 - 3位
  • 1990年 - 3位
  • 1994年 - 4位
  • 1998年 - 3位
  • 2002年 - 4位
  • 2006年 - 不参加(資格停止)
  • 2010年 - 6位
  • 2014年 - 7位

現在の代表選手

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パリオリンピック予選のロスター[9]

主な歴代選手

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脚注

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  1. ^ “【W杯予選直前情報】バスケットボールを国技とする強敵フィリピンをホーム東京で迎え撃つ!”. バスケットボールキング. (2017年11月22日). https://basketballking.jp/news/japan/mnational/20171122/37136.html 2020年1月25日閲覧。 
  2. ^ バスケ豪代表「身の危険を感じた」 W杯予選での大乱闘で大使館に助け求める”. AFPBB News. 2018年7月4日閲覧。
  3. ^ 国際バスケ連盟がフィリピンとオーストラリアの13選手を大量処分 大乱闘に厳罰”. スポニチ. 2018年7月19日閲覧。
  4. ^ "FIBA statement on New Zealand's withdrawal from FIBA competitions"”. FIBA. 2021年2月26日閲覧。
  5. ^ アジア杯の男子フィリピン代表ロスターが発表…Bリーグからラベナ兄弟ら3名が出場”. バスケットボールキング. 2022年7月12日閲覧。
  6. ^ フィリピンが大金星…Bリーガーの活躍もあって世界6位のラトビアに勝利/OQT”. バスケットボールキング. 2024年7月4日閲覧。
  7. ^ a b フィリピンがグループステージ突破…ジョージアに惜敗も得失点差で2位に/OQT”. バスケットボールキング. 2024年7月4日閲覧。
  8. ^ a b フィリピンがブラジルに敗戦…後半に逆転されて番狂わせならず準決勝敗退/OQT”. バスケットボールキング. 2024年7月6日閲覧。
  9. ^ Philippines”. FIBA. 2024年7月4日閲覧。

関連項目

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