編曲
編曲(arrangement、へんきょく)とは、既存の楽曲において主旋律をそのままに、それ以外の部分に手を加えて、楽曲に幅を持たせる作業の事である。主旋律に手を加える場合は、変奏と呼ぶ。英語表記では「arrangement」「transcription」の2つが用いられるが、「transcription」の場合は主に、演奏(あるいは音源化)の際に、本来の楽曲のイメージとは異なるイメージを喚起させる目的による改題、編曲を差す。
編曲の作業は往々にして技術的なものだが、編曲者(アレンジャー)の創造的な試みが許されている場であり、時には意外な曲のリバイバルにつながることがある。『展覧会の絵』などはその一例である。
編曲の目的
編曲は目的によっておおまかに分類することができる。
- 原曲と異なる楽器の編成で演奏をするため。独奏のための編曲も含む。
- 原曲と異なるジャンルやスタイルで表現するため。
- 演奏者が独自の表現をするため、また他の必要からの大まかな修正(ヘッドアレンジ)。
- 原曲が未完成と思われるので完成させるため。
ポピュラー音楽における作曲と編曲
ポップスやロックの場合では、作曲者がメロディーとコードの指定のみという場合もある。この場合、具体的にどのような楽器を使用するか、どのようにハーモニーやリズムを整えるか、楽器の効果を曲のどの場面でどう生かすべきか、など楽曲の性格を決める作業がアレンジャーの仕事である。
例えば、チャールズ・チャップリンは映画で作曲家とクレジットされることがあるが、自分の鼻歌を録音したテープを編曲家が仕上げたという意味である。
ポピュラー音楽においては、編曲はかなり自由になされており、編曲がその曲のイメージを決定付けると言っても過言ではない。例えば、例外はあるものの、同じ曲が、編曲によって、ロック風やポップス風、フォーク風になり、時には意図的に、歌謡曲風、演歌風にさえなり得る。逆に、そこまでできなければ、プロの編曲家とは言えないという考え方もある。別な例を挙げれば、小室哲哉風、山下達郎風、60年代風、といった編曲も比較的容易に可能である。(そのため、他人の作品における編曲と類似の編曲作品を勝手に制作するという、「編曲の盗作」が発生する場合がある。)
これらの理由により、同一の作品でも、編曲によって好き嫌いが生じることが多い。
ポピュラー音楽における編曲の手法・考え方
編曲では、どのような楽器を用い、どのように演奏させるか、が重要になる。以下はポピュラー音楽における編曲の考え方の概要である。以下に記載された各セクションは状況によってシンセサイザー、サンプラー、リズムマシンなどの電子楽器によって代用される場合がある。
リズムセクション
リズムセクションは、ビッグバンドをルーツとするポピュラー音楽の編成の基本である。ギター・ベース・ドラムス・キーボードの4つの楽器を用いるフォーリズム、あるいはギターかピアノのいずれかを除くスリーリズムを基本とする。スタジオ・ミュージシャンにおいてこの4種の楽器を扱う者が多いことからも、このパートが編曲においても重要であることがうかがわれる。
管楽器
トランペット・トロンボーン・ホルンなどの金管楽器系(ブラス)と、サックス、フルート・オーボエ・リコーダーなどの木管楽器系(ウッドウィンド)とに大別できる。いずれも、クラシック音楽由来の楽器である。なお、サックスはブラスセクションに組み込まれることも多い。
日本以外では例えばバート・バカラックはブラスを好んで用いた。その影響もあってか、山下達郎はソロ活動開始当初からブラスを多用し、その作品のひとつの特徴となっている。ただ、ブラスの編曲は専門的な知識を要求することから、編曲家によってはその部分だけ他の人に任せる場合も多い。その場合には「ブラス・アレンジ」などと明示されることが多い。
ストリングス
管楽器同様にクラシック音楽由来の楽器である。具体的にはヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスのヴァイオリン属の楽器と、ハープである。
ポピュラー音楽の場合は低音部がエレキベースなどとかぶることからコントラバスを利用する比率は低く、一般にはバイオリン、ヴィオラ、チェロの組み合わせが多用される。現場で6-4-2-2などと編成を呼ぶのは、第一ヴァイオリンが6人、第二ヴァイオリンが4人、ヴィオラが2人、チェロが2人の構成であることを指す。
ただ、ブラスに輪をかけて専門的な知識が必要であることから、ポピュラーの編曲家では特定の者だけしか編曲できないことが多い。多くは専業の編曲家に依頼することが多い。「ストリング・アレンジ」と記載されているのは、このようなケースである。
なお、本当のストリングを用いずに「打ち込み」によりストリングの音色を出すようなアレンジをすることが現実には多く用いられている。CDなどのクレジットを見てストリングの演奏者が記載されていないにもかかわらず曲からはストリング(のような)音色が聞こえてくる場合は、このケースと考えられる。バンドが自ら自分たちの曲を編曲しているような場合には多いようだ。
コーラスの編曲も特殊な点があり、その部分だけを他(通常は、実際にコーラスワークを行う本人たち)に任せることが多い。「コーラス・アレンジ」と呼ばれるケースである。 なお、管楽器、ストリングス、コーラスを三つ揃ってこなせるようになれば、一人前の編曲家として認められるとされることもある。
その他の楽器
その他、パーカッション、民族楽器、特殊効果など、特徴のある音色の楽器を用いることにより、楽曲にも特徴を出すことができる場合がある。たとえば、「カスタネットの音」と聞いて大瀧詠一の「カナリア諸島にて」を思い浮かべる向きも多いであろう。これなどは編曲が成功している例である。
ポピュラー音楽においてはエフェクターによる特殊効果や効果音を編曲の中に含む場合がある。曲中での歌手の声を電話から聞こえるような歪んだ帯域の狭い声に加工することであるとか、一部の楽器にディレイやフランジャーなどを用いて大胆に加工するなども編曲家の指示でおこなわれることがある。爆発音や足音といった効果音も曲の一部として用いる場合がある。
打ち込み
電子楽器による「打ち込み」。近年のシンセサイザーを始めとする電子楽器の発達と音楽制作へのDAWの導入により、あらゆる楽器の音を一台のデジタルオーディオワークステーション上で楽器と録音機が渾然一体となった環境で制作されることも増えてきた。コスト高や多人員確保必要性の問題を回避しつつ楽曲を豊かにできるという意味で、極めて有用な手法である。例えば、PSY・Sなどの作品において、1つの到達点が見られる。これら編曲はもとより「歌」を引き立てるべく、「歌」の後ろで自己主張をすることが通常であるが、上記の「サックスのソロ」のようなケースを含めて、前奏・間奏・後奏の質を高めるといった役割を果たすことも多い。
ハーモニー
編曲においては、ハーモニーの付け替えが頻繁に行われる。
曲のテンポ
編曲において曲のテンポを変えることがしばしば行なわれる。
普遍性‐作曲との関係
ポピュラー音楽における編曲は、時代の流行に影響されることがほとんどである。ゆえに、比較的短時間のうちに「古めかしくなる」ことが多い。これに対して、曲(メロディー)そのものは古めかしくならないことがむしろ多く、編曲を変えることによって「リバイバル」させるということがしばしば可能である。なお、これとどの程度関係あるかは疑問ではあるが、編曲は編曲家によって特徴を出しやすく、作品を聞いて編曲をした者を推測することは、作品から作曲者を推測することよりも容易な場合が多い。
編曲の著作権上の地位
編曲は著作権法上は「二次的著作物」とされており、編曲された楽曲には編曲者の著作権だけでなく、原曲者の著作権も発生する。その上、編曲を行って、その楽曲を営利目的に用いるには原曲者との間に許諾、契約が必要でこれらが遵守されない場合は著作権侵害となる。近年の同人活動においては同人誌他の二次創作物と楽曲の編曲(もしくはそれを含むもの)が同列に扱われているが、法律上は別物であることが定められている。
関連書籍
- 『コンテンポラリー・アレンジャー』 ドン・セベスキー著 CTIレーベル等において名作を数多く残した編曲家によるポピュラーミュージックの編曲に関する書籍。