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2020年3月15日 (日) 08:17時点における版
慶應義塾看護短期大学 | |
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旧:看護短期大学 (慶應義塾大学信濃町キャンパス内) | |
大学設置 | 1988年 |
創立 | 1917年 |
廃止 | 2003年 |
学校種別 | 私立 |
設置者 | 慶應義塾 |
本部所在地 | 東京都新宿区信濃町35 |
学部 | 看護学科 |
慶應義塾看護短期大学(けいおうぎじゅくかんごたんきだいがく、英語: Keio Junior College of Nursing)は、東京都新宿区信濃町35に本部を置いていた日本の私立大学である。1988年に設置され、2003年に廃止された。大学の略称は慶應看護。学生募集は2000年度まで。2001年度より慶應義塾大学看護医療学部の設置に伴い、学生募集が停止され、2003年8月8日廃止[1]。看護医療学部開設後は、1〜2年次、4年次の一部は環境情報学部や総合政策学部と同じ湘南藤沢キャンパス、3年次および4年次の一部が信濃町キャンパスにて看護教育が行われている。
概要
大学全体
建学の精神(校訓・理念・学是)
- 慶應義塾看護短期大学の学是は「独立自尊の人格を育成し、人命尊重の理念に基づき看護に必要な高度の学術を習得させるとともに、広く社会の福祉に貢献する女子人材の育成を目的とする」となっていた。
教育および研究
- 慶應義塾看護短期大学は看護に特化した教育が行われて、慶應義塾大学病院での臨床実習が取りいれられていた。
学風および特色
- 慶應義塾看護短期大学は1988年の設置と至って新しい方だが、北里柴三郎による看護婦養成所に端を発することから看護教育の伝統と実績の上で設置された短大といえる。
- 厚生女子学院の伝統を受継いでいたことから、学生は女子のみとなっていた。
沿革
- 1917年 北里柴三郎による慶應義塾大学医学科付属看護婦養成所が認可される。
- 1950年 慶應義塾大学医学部付属女子厚生学院に改組。
- 1988年 慶應義塾大学医学部付属女子厚生学院を発展改組。慶應義塾看護短期大学看護学科を置く(入学定員100に対し、在学者数は108となっている[2])。
- 2000年 学生募集最後となる。
- 2003年8月8日 廃止[1]。
基礎データ
所在地
- 東京都新宿区信濃町35
象徴
教育および研究
組織
学科
- 看護学科
専攻科
- なし
別科
- なし
取得資格について
- 看護師受験資格が得られるように設定されていた。
学生生活
部活動・クラブ活動・サークル活動
学園祭
- 慶應義塾看護短期大学の学園祭は「四谷祭」と呼ばれ、医学部と合同で行われていた[4]。
大学関係者と組織
大学関係者一覧
大学関係者
歴代学長
施設
キャンパス
- 短大のキャンパスは医学部のある信濃町キャンパス内に設置されていた。造りは鉄筋5階建てとなっていた[4]。
対外関係
系列校
卒業後の進路について
就職について
- 慶應義塾大学病院ほか医療機関への就職者が多かったものとみられる。
編入学・進学実績
参考文献
- 『全国学校総覧』64年度版 -
- 『全国短期大学高等専門学校一覧』(財団法人文教協会)昭和63年度版 -
- 『短大蛍雪』(全国短大&専修・各種学校受験年鑑シリーズ。旺文社)
- 『全国短期大学受験要覧』(廣潤社)1989年度版 - 1996年度版
- 『全国短期大学案内』(教学社)1989年度版 -
- 『全国短期大学受験案内』(晶文社)昭和64年度版 -
- 『全国短期大学案内』(梧桐書院)1989年度用 -