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しかし[[バブル崩壊]]後の経済不況により放漫経営が表面化し、徐々に経営不振が噂され始め、[[1997年]](平成9年)1月に突如[[倒産]]、[[負債]]総額は38億4000万円に上る<ref>[http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p010103.pdf 2000年小売業の倒産、負債総額3兆5000億円を超え戦後最悪に-帝国データバンク]</ref>。さらにこの衝撃的な倒産は多数の取引先企業の連鎖的倒産を招き、11月の[[北海道拓殖銀行]]破綻も重なって道内経済に多大な影響を与えた。 |
しかし[[バブル崩壊]]後の経済不況により放漫経営が表面化し、徐々に経営不振が噂され始め、[[1997年]](平成9年)1月に突如[[倒産]]、[[負債]]総額は38億4000万円に上る<ref>[http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p010103.pdf 2000年小売業の倒産、負債総額3兆5000億円を超え戦後最悪に-帝国データバンク]</ref>。さらにこの衝撃的な倒産は多数の取引先企業の連鎖的倒産を招き、11月の[[北海道拓殖銀行]]破綻も重なって道内経済に多大な影響を与えた。 |
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1999年(平成11年)に[[会社更生法|会社更生計画]]が認可され社名を'''株式会社小樽オルゴール堂'''に変更。会社更生手続きは2005年(平成17年)に終結し、2008年(平成20年)には'''株式会社オルゴール堂'''に再度社名変更した<ref>[https://bunnabi.jp/2010/cn_recruit.php?ccd2=60344 株式会社オルゴール堂会社情報-文化放送就職ナビ]</ref>。 |
[[1999年]](平成11年)に[[会社更生法|会社更生計画]]が認可され社名を'''株式会社小樽オルゴール堂'''に変更。会社更生手続きは[[2005年]](平成17年)に終結し、[[2008年]](平成20年)には'''株式会社オルゴール堂'''に再度社名変更した<ref>[https://bunnabi.jp/2010/cn_recruit.php?ccd2=60344 株式会社オルゴール堂会社情報-文化放送就職ナビ]</ref>。 |
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なお[[苫小牧市]]の店舗は倒産後、独立して営業を続けていたが現在は不明である。 |
なお[[苫小牧市]]の店舗は倒産後、独立して営業を続けていたが現在は不明である。 |
2009年12月23日 (水) 11:27時点における版
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life design shop BLUE HOUSEは、かつて北海道を中心に店舗を展開していた雑貨店。
概要
1967年(昭和42年)8月にインテリアショップとして創業。
北海道の主要都市には全て店舗を構え、日用品や家具・衣類などの幅広い品々を安価で販売するなどして北海道民から絶大な支持を集め、同時に道民の生活に大きな影響を与えた(正月の福袋・恒例化した超特価販売の「閉店セール」などは有名で、倒産から10年以上たった今でも懐かしむ声は少なくない)。さらに小樽オルゴール堂や北海道以外の地域での店舗展開も始めた。
しかしバブル崩壊後の経済不況により放漫経営が表面化し、徐々に経営不振が噂され始め、1997年(平成9年)1月に突如倒産、負債総額は38億4000万円に上る[1]。さらにこの衝撃的な倒産は多数の取引先企業の連鎖的倒産を招き、11月の北海道拓殖銀行破綻も重なって道内経済に多大な影響を与えた。
1999年(平成11年)に会社更生計画が認可され社名を株式会社小樽オルゴール堂に変更。会社更生手続きは2005年(平成17年)に終結し、2008年(平成20年)には株式会社オルゴール堂に再度社名変更した[2]。
なお苫小牧市の店舗は倒産後、独立して営業を続けていたが現在は不明である。