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2024年10月16日 (水) 08:16時点における版
加速主義(かそくしゅぎ、英: accelerationism)とは、政治・社会理論において、根本的な社会的変革を生み出すために現行の資本主義システムを拡大すべきであるという考えである。現代の加速主義的哲学の一部は、広範囲にわたる社会変革の可能性を抑制する相反する傾向を克服することを目的として、脱領土化の力を特定し、それを深め、急進化することを目的としたジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの脱領土化の理論に依拠している[1]。
加速主義はまた、資本主義を深化させることは自己破壊的な傾向を早め、最終的にはその崩壊につながるという信念を一般的に指す言葉でもあり、通常は侮蔑語として用いられる[2][3]。すなわち、テクノロジーの諸手段を介して資本主義の「プロセスを加速せよ」、そしてこの加速を通じて「未来」へ、資本主義それ自体の「外 (the Outside)」へと脱出せよというメッセージである。
加速主義理論は、互いに相違する左翼的変種と右翼的変種に分けられる。「左派加速主義」は、例えば社会的に有益で解放的な目的のために現代の技術を再目的化することによって、資本主義の狭義の範囲を超えて「技術進化のプロセス」を推進することを試みる。「右派加速主義」は、おそらく技術的特異点(シンギュラリティ)を生み出すために、資本主義それ自体の無限の強化を支持する[4][5][6]。
背景
1848年の「自由貿易問題についての演説」と題する演説におけるカール・マルクスを含め、多くの哲学者が明らかに加速主義的態度を表明している。
しかし、総じて、今日の保護貿易制度は保守的である一方で、自由貿易制度は破壊的です。自由貿易制度は古い国民を解体し、プロレタリアートとブルジョアジー間の敵対心を極限まで押し進めます。一言で言えば、自由貿易制度は社会革命を促進するのです。この革命的な意味においてのみ、みなさん、私は自由貿易を支持して投票するのです[7]。
同様に、フリードリヒ・ニーチェも次のように述べている。「ヨーロッパ人の平準化プロセスは、咎められるべきではない素晴らしいプロセスだ。これはむしろ加速されるべきである…」[8]。この言明はしばしば、ドゥルーズ=ガタリにならって、「プロセスを加速する」命令だと解釈される[9]。
現代の加速主義
著名な理論家の一人に、「加速主義の父」[10]とも呼ばれている右派加速主義者のニック・ランド(Nick Land)がいる[11]。1995年から2003年にかけてウォーリック大学の非公式研究ユニットとして活動したサイバネティック文化研究ユニット(Cybernetic Culture Research Unit, CCRU)[12]には、ランドも加盟していたが、これが左派と右派両方の加速主義思想における重要な先祖と考えられている[13]。
現代の著名な左派加速主義者には、インターネット上で発表した「加速派政治宣言(Manifesto for an Accelerationist Politics)」[14]の著者であるニック・スルニチェク(Nick Srnicek)とアレックス・ウィリアムズ(Alex Williams)、そして「ゼノフェミニズム:疎外の政治学(Xenofeminism: A Politics for Alienation)」を書いたラボリア・クーボニクス(Laboria Cuboniks)コレクティブが含まれる[15]。
アレックス・ウィリアムスとニック・スルニチェク(Alex Williams and Nick Srnicek)によるマニフェストが現在公開されている。
#ACCELERATE MANIFESTO for an Accelerationist Politics
加速主義的な論調のもと、ポール・メイソン(Paul Mason)は著書『ポスト資本主義:未来へのガイド(PostCapitalism: A Guide to our Future)』において、資本主義の後の未来について思弁を試みた。彼は次のように宣言する。「500年前の封建主義の終焉とともに、資本主義のポスト資本主義への置き換えは外的衝撃によって加速され、新しい種類の人間の出現によって形作られるだろう。そしてこの動きはすでに始まっている」。共同生産(collaborative production)の台頭が、結果的に資本主義の自壊を促進すると彼は考えている。
ベンジャミン・H・ブラットン(Benjamin H. Bratton)の著書『スタック:ソフトウェアと主権について(The Stack:On Software and Sovereignty)』も加速主義に関連している。彼は同書にて、情報技術インフラストラクチャが現代の政治地理学をどのように弱体化させるかに焦点を当て、オープンエンドの「デザインブリーフ」を提案している。ティツィアナ・テラノヴァ(Tiziana Terranova)の「赤いスタックの攻撃!(Red Stack Attack!)」[16]はブラットンのスタックモデルと左派加速主義をリンクしている。
他の用法
「加速主義」という語が2010年に造語されて以来、幾つかの新しい用法が加えられた。とりわけ、極右過激主義やテロ組織[17]が、この語を煽情的に取り上げている。評論家には、スロベニア人のフロイト=マルクス主義者である哲学者、スラヴォイ・ジジェクの論争を生んだ政治戦略の議論にレッテルを貼るために使う人物も存在する[18][19]。しばしば引用される例として、2016年11月のチャンネル4ニュースでのインタビューで、ジジェクが、「仮に自分がアメリカ人だとしたら、ドナルド・トランプ大統領に投票しただろう。何故ならば、最もアメリカ政治の現状を破壊してくれそうだからだ」と主張したことに対して使われている[20]。
極右「加速主義」テロリズム
元来の哲学的、理論的関心にもかかわらず、2010年代後期以来、ネオファシストや、ネオナチ、白人ナショナリズム、白人至上主義などの国際的ネットワークの中で、「加速主義」が使われることが増加してきた。彼らは、「加速主義」を「極右過激主義の目標」として引用している。つまり、白人エスノステートを建設するために、例えば、暗殺、殺人、テロ攻撃、最終的な社会の破壊などといった、暴力的手段を用いて行う人種間闘争を志向することを意味して「加速主義」を引用しているということが知られている[21][22][23]。
「加速主義」団体
- アトムヴァッフェン・ディビジョン[24]
- ザ・ベース[25]
- Combat 18[26][27][28]
- マンソン・ファミリー[29][30]
- 北欧抵抗運動[31][32][33]
- Order of Nine Angles[34]
- ロシア帝国運動[35]
Red Floodにおける用法
Heart of Iron IVの大型ModであるRed Floodでは元来の哲学的な意味とは乖離した形で、加速主義という語が用いられている。Red Floodにおける加速主義は、従来の左翼的でも右翼的でもないイデオロギーの総称であり、相反するはずの反動性と革命性の両者を包含している。共通項としては現行社会の突破であり、ネオペイガニズム、未来派、ロシア・アヴァンギャルド、プロトファシズム(原ファシズム)、シュルレアリスム、前衛共産主義、全体主義、テクノクラシーなどの思想や手法を含む[36]。特にマルク・オージェ、ユゼフ・ピウスツキ、アレクサンドル・ボグダーノフ、フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ、ガブリエーレ・ダンヌンツィオ、ハワード・スコット、アンドレ・ブルトンの思想が強く反映されている。
脚注
- ^ Wolfendale, Peter (2014年). “So, Accelerationism, what's all that about?”. Dialectical Insurgency. 5 February 2015閲覧。
- ^ Shaviro, Steven (2010). Post Cinematic Affect. Ropley: O Books. p. 136
- ^ Adams, Jason (2013). Occupy Time: Technoculture, Immediacy, and Resistance After Occupy Wall Street. New York: Palgrave Macmillan. p. 96
- ^ Jiménez de Cisneros, Roc (5 November 2014). “The Accelerationist Vertigo (II): Interview with Robin Mackay”. Centre de Cultura Contemporània de Barcelona. 5 February 2015閲覧。
- ^ “#ACCELERATE MANIFESTO for an Accelerationist Politics”. Critical Legal Thinking (14 May 2013). 5 February 2015閲覧。
- ^ “#Accelerate”. Urban Future (2.1) (13 February 2014). 5 February 2015閲覧。
- ^ Marx, Karl, On the question of free trade, Speech to the Democratic Association of Brussels, 9 January 1848.
- ^ Quoted in Strong, Tracy (1988). Friedrich Nietzsche and the Politics of Transfiguration. Berkeley: University of California Press. p. 211 Original in The Will to Power §898.
- ^ Deleuze, Gilles; Guattari, Félix (2004). Anti-Oedipus. London: Continuum. p. 260
- ^ Beckett, Andy (11 May 2017). "Accelerationism: How a fringe philosophy predicted the future we live in". The Guardian.
- ^ “A Quick-and-Dirty Introduction to Accelerationism”. Jacobite Magazine. 2018年2月20日閲覧。
- ^ “CCRU” (英語). V2_Institute for the Unstable Media. 2015年10月9日閲覧。
- ^ Schwarz, Jonas Andersson (2013). Online File Sharing: Innovations in Media Consumption. New York: Routledge. pp. 20–21
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- ^ “After Accelerationism: The Xenofeminist manifesto” (英語). &&& Journal. 2015年10月9日閲覧。
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- ^ Coyne, Richard (14 May 2017). “What's wrong with accelerationism – Reflections on Technology, Media & Culture”. 1 October 2017時点のオリジナルよりアーカイブ。12 August 2020閲覧。
- ^ “Slavoj Žižek would vote for Trump”. zizek.uk (3 November 2016). 7 November 2016時点のオリジナルよりアーカイブ。12 August 2020閲覧。
- ^ Bloom, Mia (30 May 2020). “Far-Right Infiltrators and Agitators in George Floyd Protests: Indicators of White Supremacists”. Just Security. Reiss Center on Law and Security at New York University School of Law.
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- ^ Thompson, Desire (November 20, 2017). “Charles Manson & His Obsession with Black People”. Vibe (New York City). オリジナルのAugust 13, 2020時点におけるアーカイブ。 August 18, 2020閲覧。.
- ^ Gill, Lauren (November 16, 2017). “Remember, Charles Manson Was a White Supremacist”. Newsweek. オリジナルのAugust 4, 2020時点におけるアーカイブ。 August 17, 2020閲覧。.
- ^ “The case against the Nordic Resistance Movement in Finland: an overview and some explanations”. University of Oslo Center for Research on Extremism. 2 November 2020閲覧。 “It is notable however, that some NRM activists have reasoned that only radical measures will be effective post-ban, thus coming to support e.g. the accelerationist model of activity. Certain members of the group have also appeared as contributors to publications that promote esoteric forms of neo-Nazism. A corresponding shift towards a more “cultic” direction has also been observed in the United Kingdom after the banning of the National Action (NA).”
- ^ “Dangerous Organizations and Bad Actors: Nordic Resistance Movement”. Middlebury Institute of International Studies at Monterey. (19 November 2022) . "Nordic Resistance Movement (NRM) is a neofascist and accelerationist organization with a strong propensity for violence...NRM is a neofascist organization with a propensity towards accelerationist tactics. While upholding traditional facets of neofascism, including the goal of establishing a white Nordic ethnostate, NRM’s history also points to widespread support for other openly accelerationist organizations and simultaneous endorsements from explicitly accelerationist organizations and networks like the Iron March forum."
- ^ Cruickshank, Paul; Hummel, Kristina, eds (22 December 2021). “The Iron March Forum and the Evolution of the "Skull Mask" Neo-Fascist Network”. CTC Sentinel (West Point, New York: Combating Terrorism Center) 14 (10): 27–37. オリジナルの27 December 2021時点におけるアーカイブ。 19 January 2022閲覧。.
- ^ Cruickshank, Paul; Hummel, Kristina, eds (22 December 2021). “The Iron March Forum and the Evolution of the "Skull Mask" Neo-Fascist Network”. CTC Sentinel (West Point, New York: Combating Terrorism Center) 14 (10): 27–37. オリジナルの27 December 2021時点におけるアーカイブ。 19 January 2022閲覧。.
- ^ Johnson, Bethan; Feldman, Matthew (2021-07-21). “Siege Culture After Siege: Anatomy of a Neo-Nazi Terrorist Doctrine” (英語). International Centre for Counter-Terrorism: 1 . "While [ Atomwaffen Division and Russian Imperial Movement ] are serial purveyors of online extremism and often celebrate terrorism in their fora, deeper similarities extend to a shared ideological embrace of “accelerationism” and, in particular, a recently-revived doctrine advanced by the neo-Nazi ideologue, James Mason, now termed “Siege Culture.”...terroristic advocacy of “Siege Culture” has a radicalising effect on right-wing extremists."
- ^ “Ideologies” (英語). Red Flood Mod Wiki. 2024年10月16日閲覧。
関連文献
書籍
- Land, Nick (2011). Brassier, Ray; Mackay, Robin. eds. Fanged Noumena. Urbanomic. ISBN 9780955308789
- Mackay, Robin, ed (2014). #ACCELERATE: The Accelerationist Reader. Urbanomic. ISBN 9780957529557
- Noys, Benjamin (2013). Malign Velocities: Accelerationism and Capitalism. Zero Books. ISBN 9781782793007
- Srnicek, Nick; Williams, Alex (2015). Inventing the Future. Postcapitalism and a World without Work. Verso Books. ISBN 9781784780982
- ポール・メイソン『ポストキャピタリズム-資本主義以後の世界』(佐々とも訳)、東洋経済新報社、2017年
- マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』セバスチャン・ブロイ+河南瑠莉訳、堀之内出版、2018年
- マーク・フィッシャー『ポスト資本主義の欲望』大橋完太郎訳、左右社、2022年
- 『現代思想』2019年6月号 特集「加速主義」、青土社
- ニック・スルニチェク+アレックス・ウィリアムズ「加速派政治宣言」、水嶋一憲+渡邉雄介訳、『現代思想 2018年1月号 特集=現代思想の総展望2018』、青土社、2017年
- 木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』、星海社新書、2019年
- ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』(五井健太郎訳)、講談社、2020年
- アーロン・バスターニ『ラグジュアリーコミュニズム』(橋本智弘訳)、堀之内出版、2021年
- ニック・ランド『絶滅への渇望:ジョルジュ・バタイユと伝染性ニヒリズム』(五井健太郎訳)、河出書房新社、2022年
- ニック・スルニチェク『プラットフォーム資本主義』大橋完太郎+居村匠訳、人文書院、2022年
論文
- Brassier, Ray (13 February 2014). “Wandering Abstraction”. Mute. 2019年4月3日閲覧。
- Brennan, Eugene (12 August 2013). “"Debate is Idiot Distraction": Accelerationism and the Politics of the Internet”. 3:AM Magazine .
- Land, Nick.“Meltdown”. 2012年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月10日閲覧。 .
- Moreno, Gean (2012). “Notes on the Inorganic, Part I: Accelerations”. E-flux 2019年4月3日閲覧。.
- Negri, Antonio (2014). “Reflections on the "Manifesto for an Accelerationist Politics"”. E-flux. オリジナルの2015-02-05時点におけるアーカイブ。 2015年2月5日閲覧。.
- Pasquinelli, Matteo (9 June 2014). “The Labour of Abstraction: Theses on Marxism and Accelerationism”. 2019年4月3日閲覧。
- Power, Nina (2015). “Decapitalism, Left Scarcity, and the State”. Fillip 2019年4月3日閲覧。.
- Wark, McKenzie (2013年). “#Celerity: A Critique of the Manifesto for an Accelerationist Politics”. 2019年4月3日閲覧。
- “#ACCELERATE MANIFESTO for an Accelerationist Politics”. Critical Legal Thinking (14 May 2013). 2019年4月3日閲覧。
- Wolfendale, Peter (2014年). “So, Accelerationism, what's all that about?”. Dialectical Insurgency. 2019年4月3日閲覧。
- 『現代思想43のキーワード』2019年5月臨時増刊号、青土社「加速主義」仲山ひふみ
- “樋口恭介【備忘】加速主義覚え書き.2019”. 2019年6月6日閲覧。[リンク切れ]