陸軍元帥 (イギリス)
イギリスにおける陸軍元帥(英:Field Marshal)は、イギリス陸軍の最上位階級である。NATOコードのOF-10に対応する5つ星階級であり、イギリス海軍の海軍元帥やイギリス空軍の空軍元帥と同等である。陸軍元帥の階級章は、聖エドワード王冠の下に黄色の葉で囲まれた元帥杖2本で記される。空軍元帥や海軍元帥同様、半給制度にかかわらず陸軍元帥は伝統的に終身である[1][2] 。元帥は歴史上散発的に任命され、18-19世紀には(全元帥が死亡したため)任官者のいない期間もあった。第二次世界大戦後、帝国総参謀長(Chief of the Imperial General Staff。後に総参謀長に改称)を在任最終日に任命することが慣例となった。また、イギリス軍全体の制服組トップである統合参謀総長は、通例その任命時に元帥に昇進する。
陸軍元帥 | |
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陸軍元帥の肩章 | |
国 | イギリス |
軍隊 | イギリス陸軍 |
略称 | FM |
階級 | 5つ星 |
NATO階級 | OF-10 |
非NATO階級 | O-11 |
制定 | 1736年 |
下位階級 | 陸軍大将 |
同等階級 | 海軍元帥 (RN) 空軍元帥 (RAF) |
1736年の制定以来、これまでに計141人が陸軍元帥に任命された。その大半はイギリス陸軍またはイギリス領インド陸軍で軍務につき、昇進を経て最終的に元帥となった。イギリス王室の数名、最近では ケント公エドワードやチャールズ3世が短期間の軍務後に元帥に任命された。国王のうちエドワード7世とチャールズ3世は即位時に既に元帥であったが、ジョージ5世、エドワード8世、ジョージ6世の3人は、国王即位時に元帥となった。そして2人の王配、ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートとエディンバラ公フィリップは結婚した女王により元帥に任命された。元帥は外交行為として儀礼的に任命されることもある。他国の君主12人が元帥となったが、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、オーストリア皇帝フランツ1世、昭和天皇は両世界大戦でイギリスと同盟国の敵国となったことで、元帥位を剥奪された。その他、フランス人1人(フェルディナン・フォッシュ)とオーストラリア人1人(トーマス・ブレーミー)が第一次・第二次世界大戦での貢献に対し、そして政治家1人(ヤン・スマッツ)が元帥に任命された[3]。
1995年にイギリス国防省が依頼した報告書で、軍の予算の削減に関する多くの勧告が行なわれ、その中に5つ星の廃止もあった。その根拠には、元帥位がその指揮する部隊の規模に対して不釣り合いであり、アメリカ合衆国をはじめとする緊密な同盟国では、そのような階級が既に使われていないことがあった(アメリカには元帥位は現存するが、オマール・ブラッドレー陸軍元帥以降は新たな任官者なし)。この勧告は全てが採用されなかったが、参謀長を5つ星に昇進させる慣習は廃止され、現在は特別な場合にのみ任命されることになっている。現役軍人として最後に昇進したのは、1994年のピーター・イング男爵である。イングは1997年に統合参謀総長を辞任したが、後任のチャールズ・ガスリーは統合参謀総長就任時に元帥昇進しない最初の人物となった[3]。
近年では、2012年にエリザベス2世が、イギリス軍の最高指揮官である女王を支える表彰としてチャールズ皇太子を陸海空三軍の元帥に任命した[4]。同時に、2001年に統合参謀総長を辞任し現役引退していたガスリーも名誉陸軍元帥に任命された[5]。そして2014年6月には、前統合参謀総長のマイケル・ウォーカーが名誉陸軍元帥に任命された[6]。
イギリス海兵隊では元帥の階級は使用されていないが、陸軍元帥の階級章は、儀礼上の軍団長(名誉連隊長と同等)であるイギリス海兵隊総司令官の制服に使われている[7]。
階級章
編集陸軍元帥の階級章は、オークの葉の輪の中にある2本の交差した元帥杖と上部の王冠で構成される。歴史的にイギリスの影響下にあった他のいくつかの国では、この階級章を改変したものが使用されており、王冠の代わりに文化や国の象徴で置き換えられているものもある。元帥は任命時に、公式の場で所持できる先端が金製の元帥杖を受け取る。
陸軍元帥の一覧
編集陸軍元帥の大多数がイギリス軍の職業軍人であり、11名がイギリス領インド陸軍の軍人である。少なくとも57名の陸軍元帥が戦場で負傷し、うち27名は複数回負傷した。そして8名が捕虜となった経歴がある。ウェリントン公爵が元帥に昇進したビトリアの戦いに従軍した者のうち15名が後に元帥となり、ワーテルローの戦いでウェリントンの下、戦った者のうち10名が元帥に昇進した。しかし戦場で指揮を執ったことがあるのは38名だけであり、12名は陸軍総司令官(1904年以前の陸軍トップ)あるいは帝国総参謀長を務めた[3]。
4人の陸軍元帥、イブリン・ウッド、ジョージ・ホワイト、フレデリック・ロバーツ、ゴート子爵ジョン・ヴェレカーは、元帥昇進前に、戦場での武勲に対する最高かつ著名な報奨である ヴィクトリア十字章(VC)を授与されている。ウッドは戦傷が多いことで有名であり、1858年に、インドの反乱に対する攻撃と、他の反乱グループの密告者を救出したことでヴィクトリア十字章を授与された。騎兵指揮官のホワイトは1879年にアフガニスタンで敵の大砲に対し2回の突撃を行い、グレナディアガーズのゴートは1918年に第一次世界大戦で重傷を負いつつ攻撃を指揮した。ロバーツはインド大反乱での功績に対しヴィクトリア十字章を授与された[8][9][10][11][12]。
王族以外で最年少で元帥となったのは、44歳で昇進したウェリントンである。ドロヘダ侯爵チャールズ・ムーアは最年長、91歳で元帥に昇進した。ほか23名が80歳代で元帥に昇進している。また、ウェリントンは複数の大臣に就いただけでなく首相となった唯一の陸軍元帥である[3]。
これまで、騎兵連隊、歩兵連隊、ロイヤル機甲軍団、ロイヤル砲兵連隊、ロイヤル工兵連隊のいずれにも所属歴がなく陸軍元帥に昇進した者はいない[3]。外国の軍人は、フランスのフェルディナン・フォッシュとオーストラリアのトーマス・ブラミーの2名だけが、第一次世界大戦と第二次世界大戦での貢献を表彰して陸軍元帥に任命された。ウィリアム・ロバート・ロバートソンは唯一、一兵卒から元帥まで昇進した[3][13][14][15]。
関連項目
編集脚注
編集- ^ 称号は、元帥が死去した時に保持していた、もしくは存命中の元帥のもの。大半は元帥昇進時に保持していた称号と異なる。ヴィクトリア十字章(VC)を除くポスト・ノミナル・レターズは省略。
- ^ 陸軍元帥が委嘱された連隊。この連隊は、元帥が最初に配属された連隊であったり、軍歴の多くを過ごした連隊である必要はない。「-」はイギリス軍を指揮したことがないか、公式な連隊を委嘱されなかったことを示す。
出典
編集- ^ Brewer's Dictionary.
- ^ The Daily Telegraph & 12 April 2008.
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- ^ The Prince of Wales Archived 29 June 2012 at the Wayback Machine. The Queen appoints The Prince of Wales to Honorary Five-Star rank 16 June 2012
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