金城博和
金城 博和(きんじょう ひろかず、1962年4月20日 - )は、沖縄県国頭郡今帰仁村出身の元プロ野球選手(内野手)。
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 沖縄県国頭郡今帰仁村仲宗根[1] |
生年月日 | 1962年4月20日(62歳) |
身長 体重 |
186 cm 83 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 1980年 ドラフト2位 |
初出場 | 1985年10月14日 |
最終出場 | 1985年10月22日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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来歴・人物
編集興南高では、1980年夏の甲子園に出場する[2]。2年生エース竹下浩二を擁し、四番打者、左翼手として準々決勝に進出するが、この大会に準優勝した早稲田実の荒木大輔投手に完封を喫した[3]。高校同期に五番打者、三塁手の渡真利克則がおり、渡真利とともに右の強打者として各球団から注目される。
同年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから2位指名を受け入団[2]。同期の渡真利も阪神タイガースから2位指名を受けた。
1985年にはイースタンリーグのベストナインに選出される[2]。同年は一軍でも7試合に起用され、10月には一塁手として先発出場も果たす。しかしその後は実績を残せず、1986年限りで現役を引退[2]。
詳細情報
編集年度別打撃成績
編集年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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1985 | 日本ハム | 7 | 23 | 20 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1 | 6 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 4 | 0 | .150 | .217 | .300 | .517 |
通算:1年 | 7 | 23 | 20 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1 | 6 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 4 | 0 | .150 | .217 | .300 | .517 |
記録
編集- 初出場:1985年10月14日、対南海ホークス26回戦(大阪球場)、一塁手として途中出場
- 初安打:1985年10月16日、対近鉄バファローズ25回戦(藤井寺球場)、石本貴昭から左前安打
- 初打点・初本塁打:1985年10月19日、対ロッテオリオンズ25回戦(川崎球場)、6回表に小川博から左越3ラン
- 初先発出場:1985年10月20日、対ロッテオリオンズ26回戦(川崎球場)、8番・一塁で先発出場
背番号
編集- 40 (1981年 - 1986年)
脚注
編集関連項目
編集外部リンク
編集- 個人年度別成績 金城博和 - NPB.jp 日本野球機構