磁気テープ
磁気テープ(じきテープ)とは、粉末状の磁性体をテープ状のフィルムにバインダー(接着剤)で塗布または蒸着した記録媒体で、磁化の変化により情報を記録・再生する磁気記録メディアの一分類である。
概説
編集用途ごとに後述の規格に示す規格が存在する。またオーディオやビデオ用にはアナログ記録方式とデジタル記録方式がある。アメリカで発達したことからテープ幅をインチ、テープ長をフィートで呼ぶ習慣がある(日本企業を中心に規格化されたエルカセットや8ミリビデオテープ、DATなどの例外もある)。
日本の法令では、「磁気テープ(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録して置くことができる物を含む。以下同じ。)」[1]等として、CD-Rや紙テープなど本義の磁気テープとは関係のないメディアも磁気テープに含ませる場合がある。
特徴
編集長い帯状のテープを巻き取るなどして移動させることによってテープに書き込まれた情報を読み取っていくというその構造上、シーケンシャルアクセスに向いている記録媒体であり、ランダムアクセスには向いていない。
テープの後ろの方に記録されたデータにたどり着くまでに時間がかかるものの、読み取り/書き込み速度自体はそれほど遅いわけでは無い。例えば、2021年現在の磁気テープの最新規格であるLTO Ultrium(第9世代)の読み取り速度を光ディスクメディアと比較した場合、磁気テープの読み取り速度は最大1000MB/s・非圧縮時でも400MB/sと、2020年現在の一般的な光ディスクメディアであるブルーレイディスク(12倍速)の54MB/sを遥かに上回り、ブルーレイの次世代メディアであるアーカイバルディスク(2020年現在策定中の第3世代)の648MB/sに匹敵する。
体積当たりの記録密度が高く、容量当たりの単価も比較的安価であるため、放送・映像のアーカイブ保存に向いている。例えば、2021年現在の最新規格であるLTO Ultrium(第9世代)だと、磁気テープのカートリッジ1本当たりの記録容量は最大45TB・非圧縮時で18TBとなっているため、2020年代以降の4K・8K時代においても放送業界では磁気テープでのアーカイブ保存が主流である。一方で、磁気テープ読み取り装置の価格は比較的高い。
耐久性にはやや難があり、磁気によって情報を記録する磁気メディアの一種であるため、強い磁界に近づけてしまうと記録した情報が破壊される。また、テープ部が経年劣化によって磁性が弱まり情報を維持できなくなったり、伸びたり切断したりで破壊に至りやすい。
破損した場合でも、テープの該当の箇所以外は復旧が行いやすい利点がある。
磁気テープ、装填装置(テープドライブ)ともに、定期的なメンテナンスが必要である。テープのたるみの修正や、キャプスタンやピンチローラー等のメカニカル部分の清掃、磁気ヘッドの帯磁対策などを適時していかないと、テープが巻き込まれて破壊に至るなどの危険がある。
1960年代まではテープが巻き取られたリールを裸で保管するオープンリール式が一般的だったが、1970年代以降はリールがカートリッジに納められたカートリッジ式が一般的となっている。カートリッジ式は可搬性、耐衝撃性、保管性に優れる。磁気テープに記録したデータを遠隔地の保管倉庫に定期的に輸送する「テープ保管サービス」を利用すれば、ローカルのシステムがローカルバックアップごと失われるような大災害が起きても復旧が可能である。
記録媒体を駆動装置から取り外した状態で保管することを前提とするリムーバブルメディアの一種であり、データの読み込み/書き込みの際はその都度テープライブラリからカートリッジを1つ取り出して読み取り装置に装填して、使用が終わった後に保管する必要がある。そのためそれほど頻繁に参照しないデータを保存するための「コールドストレージ」としての用途に向いている。家庭や小規模事業所ではテープの交換を人手で行っているところもあるが、大規模データセンターではロボットがテープを交換するオートチェンジャーが普及している。
前述のオートチェンジャーを使っていない場合は記録媒体がオンラインではない、つまり稼働中のシステムから物理的に隔離している前提のストレージなので、ネットワークを通じた不正アクセスやクラッキングが起こる心配がなく、コンピューターウィルスなどにネットワークにつながったシステムを全て破壊されてしまっても復旧が可能である。(このような特徴を、セキュリティ業界では「エアギャップ」と言う。)。オートチェンジャーで任意のテープを交換できる場合は不正アクセスによるクラッキングが行える可能性はある。
歴史
編集線状に伸びた磁性体に情報を記録する方式の原型は、オバリン・スミスによる針金への録音技術(1888年)、ヴォルデマール・ポールセンがワイヤーの巻取機構を加えたワイヤーレコーダー(1898年)に求めることができる。 記録媒体に磁性体を塗布したテープを用いる方式はドイツで開発された。1928年にフロメイルが酸化鉄を紙やプラスチック製のシートに塗布した記録媒体を発明し、1933年にシューラーがリング状磁気ヘッドを発明、化学メーカーのBASFはテープに用いるアセテート樹脂のフィルムを開発した。これらの成果を元に1935年に電機メーカーのAEGがマグネトフォンを開発した。 ピエール・シェフェールが磁気テープを初めて音楽に用いた。ノイズの少ない音楽や演説のラジオ放送に興味津々だった連合国側は終戦によって初めてその技術の実態を知り、一挙に世界中で広まった。録音用途においてもレコードや放送においてだけでなく、一般家庭での録音用としても次第に普及。開発されたのが始まりとされる。当初は巨大なオープンリールであったがその後小型化が進み、カセットタイプのものも開発された。あわせて録音用だけでない、音楽ソフトのパッケージとしてもレコードと並行して次第に普及。オープンリールタイプのソフトは1970年代まで、カセットタイプのソフトは2020年代に至っても発売され続けている。
コンピューターにおけるデータ記録の用途では、1951年にUNIVACが世界初の商用コンピューターであるUNIVAC Iの入出力装置としてテープストレージをリリースしたのが世界初である。その後大手で市場シェアがあったIBMもテープストレージを製品に加え、その後1980年代にかけてコンピューターの主要な記録媒体であった。しかし1980年代に入ってハードディスクの技術革新により容量が拡大したことで、同製品による常時接続型のストレージが隆盛となった。しかしその後テープストレージにおける大容量化技術の開発と一般向けクラウドストレージサービスの増加によるバックアップへの需要により、磁気テープによる情報ストレージの低コスト性が注目されるようになり、2010年頃からデータ用テープの生産量が増加している[2]。また東日本大震災以降は、ハードディスクドライブに対するコスト面での優位性から予算に余裕のない自治体がバックアップ用として新規に導入する事例や、テープ保管サービスの利用が増えているという[3]。また、磁気テープの利用増加は日本国外の方が日本よりも先行している[4]。その後も容量の増大などの研究開発が進んでいる[5][6]。
2014年にTDKが磁気テープから撤退。そのため、2014年の時点において富士フイルム、ソニー、日立マクセル(以下、および現・マクセル)の3社でLTOメディアの世界シェアのほぼ100%を占めていたが[4]、2014年にマクセルがLTOメディアの生産を終了した。市場にはソニーと富士フイルムが残ったが、LTO-7世代以降では必須となるBaFe磁性体の特許を持つ富士フイルムがソニーおよびソニーストレージメディアマニュファクチャリングに対して強気の特許紛争を仕掛け、2018年に販売指し止めの判決が下ったため、ソニーはメディアを発売できない状態が続いている。そのため、2022年現在では唯一、富士フイルムだけがLTOメディアを継続製造・販売している。
2020年、富士通が従来のBaFe磁性体に代わるSrFe磁性体を開発。1巻当たり580TBの容量が見込める[7]。
製造方法
編集幅3 - 4mのフィルムの片面に磁性層を成膜し裁断。リールと呼ばれるボビンに巻き取り、プラスチック容器等に装着する。
磁性層の成膜には、塗布、蒸着、スパッタなどの方法がある。一般的には片面だけだが両面に成膜した製品も見られる。
成膜後、リールへの巻き込み前にサーボトラッキングのための情報が記録される場合もある。
規格
編集磁気テープを利用したメディア規格としては、以下のようなものがある。
コンピュータ用
編集記録装置は高価であるが、他のメディアに比べて容量が大きく、テープの容量当たりの単価が安価である。しかしながら、ランダムアクセスはできない。こうした特徴から、企業が保有する大規模なサーバなどのバックアップ[8][2][9]や、参照頻度の低いデータのアーカイブ用のメディアとして利用される。
アメリカでは、個人用の安価な装置が一定の普及を見た時期もあった。
データの頭出しに時間を要するが、LTO規格に見られるように連続したデータの読み込みは非常に高速である。また、DDS/DLT/LTOなどであれば「オートローダ」もしくは「テープライブラリ」と呼ばれる装置を用いることで、マガジンに装填されたテープを自動的に交換できる。テープ1本では容量が不足する場合の自動化のときなどに用いられる。
オーディオ・ビデオ用テープに記録できるストレージもある。
固定ヘッド
編集- IBM 3592 - 1/2インチ
- DLT(Digital Linear Tape) - SDLT - 1/2インチ
- LTO(Linear Tape-Open Ultrium) - 1/2インチ
- 9840 - 9940 - T10000 - 1/2インチ
- オープンリール - 2インチ、1インチ
- CMT(Cartridge Magnetic Tape), CST(Cartridge System Tape) - 1/2インチ
- 3480 - 3490 - 3490E - 1/2インチ
- 9490EE - IBM 3490互換1/2インチ
- 3590 - 3590E - 1/2インチ
- Travan - 8mm
- QIC(Quarter Inch Cartridge) - 1/4インチ
ヘリカルスキャン
編集- Digital Instrumentation Recorder(DIR) - 19mm(3/4インチ)
- VHS - 1/2インチ
- Exabyte(Data 8) - VXA - 8mm - 8ミリビデオとカートリッジは同形状だが、原則としてメディアに互換性はない。
- AIT(Advanced Intelligent Tape) - S-AIT - 8mm
- DTF(Digital Tape Format) - 1/2インチ - Digital BETACAMがベースとなっている。
- DDS(Digital Data Storage) - 3.8mm - 約4mm幅 - DATとカートリッジは同形状だが、原則としてメディアに互換性はない[要検証 ]。
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オープンリール
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QIC
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DDS4
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LTO
蓋を取り除いたもの
オーディオ用
編集アナログ
編集- オープンリール - 多くは約6mm幅(1/4インチ)のテープ。業務用マルチトラックレコーダーは最大2インチ幅まである。
- テーペット - RCAビクター(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント米国法人)が開発した規格。6.3mm幅。
- コンパクトカセット - フィリップス社が開発した規格。一般にいうカセットテープ。3.81mm幅。
- マガジン50テープカートリッジ - アイワ(初代法人、現・ソニーマーケティング)が開発した先述のコンパクトカセットに類似した規格。4.8mm幅。
- マイクロカセット - 通常のコンパクトカセットより小型のカセットテープ。3.8mm幅。オリンパス(映像事業部、現・OMデジタルソリューションズ)が開発した規格。会議記録や記者の取材時に盛んに用いられた時期があったが、現在は留守番電話機の録音媒体に用いられる程度で、ほぼ廃れた。
- ミニカセット - フィリップス社が開発した規格。大きさはマイクロカセットに近いが、互換性はない。
- エルカセット - ソニー(初代法人、現・ソニーグループ)、松下電器産業(現・パナソニックホールディングス)、ティアックの3社が共同開発した規格。A6(文庫本サイズ)でテープ幅はオープンリールと同じ6.3mmである。現在は廃れた。
- 8トラック - 1980年代までカラオケ等の媒体に利用されたが、現在は廃れた。
デジタル
編集- 3/4インチデジタルオーディオカセットテープ - UマチックにPCMプロセッサを繋いで使用。19mm幅。U規格テープを使用。
- DAT
- R-DAT - DAT懇談会と日本オーディオ協会が共同で開発した規格。回転式ヘッド(ヘリカルスキャン方式)のR-DAT用のテープ。3.8mm幅。
- S-DAT - 固定式ヘッドを用い、後述するオープンリール型が使用された。
- デジタルマイクロカセット - ソニーが独自で開発した規格。切手サイズの超小型カセットテープが用いられた。2.5mm幅。会議録音用を想定していたが後に登場するICレコーダーの台頭により程なく廃れた。
- DCC - フィリップスと松下電器産業が共同で開発した規格。コンパクトカセットをデジタル記録化したもので、現在は廃れた。
- オープンリール - 業務用録音機器で使用される。
- ADAT(ALESIS DIGITAL AUDIO TAPE) - 業務用マルチトラックレコーダ。12.7mm幅。VHSテープを使用。
- DTRS(Digital Tape Recording System) - 業務用マルチトラックレコーダ。8mm幅。8ミリビデオテープを使用。
ビデオ用
編集デジタルとアナログで姉妹規格となっているものが多く、それゆえデジタルもアナログも記録できる製品が存在するため、デジタルとアナログは分けずに記載する。
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U Matic
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Betamax
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VHS
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Video 8
オープンリール
編集ビデオカセット
編集- ACR-25(AMPEX) - 2インチ
- U規格 - 3/4インチ - M:256×174×38mm - S:210×147×38mm
- VX方式 - 1/2インチ
- VHS - VHS-C - S-VHS - S-VHS-C - D-VHS - W-VHS - 1/2インチ - 205×120×32mm(カセットのサイズではない)
- ベータ - EDBeta - 1/2インチ - L:271×162×32mm - S:172×112×32mm(カセットのサイズではない)
- BETACAM - BETACAM-SP - BETACAM-SX - Digital BETACAM - MPEG IMX(D10) - HDCAM - HDCAM SR
- UNIHI - 1/2インチ - 205×121×25mm
- 8ミリ - Hi8 - Digital8 - 8mm - 108×75×20mm
- DV - MiniDV - HDV - 6.35mm(1/4インチ) - STD:139×94×20mm - mini:108×78×20mm
- MICROMV - 3.8mm
- D1 - D2 - D6 - 3/4インチ - L:283×430×51mm - M:285×176×40mm - S:196×129×40mm
- D3 - D5 - 1/2インチ
テープの種類
編集オーディオカセットテープでは使用する磁性体の種類によって磁気テープの商品としての種類の違いが存在する。またビデオテープでは商品グレードが存在する。
オーディオカセットテープ
編集- ノーマルポジションテープ
- 塗布されている磁性体が酸化第二鉄(ヘマタイト)で茶色である。メタルポジションテープに反転したパターンを記録してバイアス磁界中で重ねる事で転写する事により大量複製が可能。また、音楽用に最適化されたノーマルポジションテープは中低域のMOLに優れる。
- クロムポジション/ハイポジション/EEポジションテープ
- クロム、およびコバルトの酸化物が塗布されており、S/N比、中高音域の再現性が優れる反面、中低音域の再現性やMOLに関しては音楽用ノーマルポジションテープにやや及ばない面もある。テープによっては”Cr-O2”の表示がある。これは二酸化クロムのこと。なお、オープンリール用ではEEポジションがコンパクトカセット用のハイポジション(クロムポジション)に相当する。
- フェリクロムポジションテープ
- ノーマルが得意とする低~中音域、クロムやハイポジションが得意とする高音域を、二層塗りにすることで、双方の優れた特性を実現する。フェリクロムポジションに対応していないレコーダーやプレーヤーではノーマルポジション用テープとして代用することも可能。しかし、コンパクトカセットではその後のノーマルポジションテープやハイポジションテープの更なる高性能・高音質化の実現や後述するメタルポジションテープの登場、また、オープンリールでは先述のEEポジションテープの登場によりいずれも急速に廃れた。表記はFe-Cr。
- メタルポジションテープ
- 保磁力の優れた非酸化金属磁性体(オキサイド)が蒸着されており高密度の記録に適する。大量複製時のマザーテープとしても使用されるがメタルポジションテープ自体は転写法による大量複製には適さない。
ビデオテープ
編集メーカーによるテープグレードの区分(ノーマル、ハイグレード、ハイファイ、プロなど)と、記録方式の分類(VHSとS-VHSなど)による区分がある。
脚注
編集- ^ 例として日本の特許法(昭34法121)第27条。
- ^ a b NC特集2 - 磁気テープ、まさかの復権:ITpro
- ^ 磁気テープなぜ復活? 生産量3年連続プラスに - 日本経済新聞
- ^ a b “磁気テープ「復権」で新技術 富士フイルム、ソニーが大容量化を加速”. サンケイビズ. (2014年5月6日) 2014年5月6日閲覧。
- ^ 大容量磁気テープの実用化技術 「4K」映像で富士フイルム実証
- ^ LTOテープ
- ^ 富士フイルムが新しい磁気テープ技術を開発、1巻で580TBが可能に 日経クロステック(xTECH)
- ^ なぜ?“磁気テープ”が復活
- ^ なぜ?“磁気テープ”が復活
参考文献
編集- JEITAテープストレージ専門委員会 テープシステム技術資料第2章「テープの歴史と技術革新」
- JEITAテープストレージ専門委員会 テープシステム技術資料第3章「記憶容量向上の歴史」
- 斉藤真二「磁気テープ技術の系統化調査」国立科学博物館産業技術史資料情報センター
- 君塚雅憲「テープレコーダーの技術系統化調査」国立科学博物館産業技術史資料情報センター
- ジェームズ・ラードナー、西岡幸一「ファースト・フォワード ――アメリカを変えてしまったVTR」ISBN 4-89362-039-8
- 中川靖造「ドキュメント 日本の磁気記録開発 ――オーディオとビデオに賭けた男たち」全国書誌番号:84025231