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{{哲学のサイドバー}}
'''哲学'''(てつがく、フィロソフィー{{Sfn|松村|2021b|p=「フィロソフィー」}}、{{lang-en-short|philosophy}}{{Sfn|松村|2021b|p=「フィロソフィー」}}{{Efn2|{{lang-el-short|Φιλοσοφία}}(フィロソフィア)、羅: philosophia、仏: philosophie、独: Philosophie}})とは、[[存在]]や[[理性]]、[[知識]]、[[価値]]、[[意識]]、[[言語]]などに関する総合的で基本的な問題についての体系的な研究であり、それ自体の[[方法]]と[[前提]]を疑い反省する、理性的かつ批判的な探求である。
'''哲学'''(てつがく、フィロソフィー{{Sfn|松村|2021b|p=「フィロソフィー」}}、{{lang-en-short|philosophy}}{{Sfn|松村|2021b|p=「フィロソフィー」}}{{Efn2|{{lang-el-short|Φιλοσοφία}}(フィロソフィア)、羅: philosophia、仏: philosophie、独: Philosophie}})とは、原義的には「[[哲学#語源とその意味|愛知]]」を意味する[[学問]]分野、または活動<ref>[[ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン]]『論理哲学論考』(野矢茂樹訳、[[岩波文庫]]2003年、P.51)による。哲学は学説ではなく「活動」であるとする。</ref> である。[[現代英語]]のフィロソフィー(philosophy)は「哲学」・「[[哲学科|哲学専攻コース]]」・「[[:Category:哲学の理論|哲学説]]」・「[[人生観|人生[世界]観]]」・「達観」・「あきらめ」などを意味する{{Sfn|國廣||安井|堀内|2021|p=「philosophy」}}。「愛知としての哲学」は知識[[欲]]に根ざす根源的活動の一つだが{{sfn|Britannica Japan Co., Ltd.|2021|p=「哲学」}}、[[19世紀]]以降は[[自然科学]]が急発展して哲学から独立し{{sfn|Britannica Japan Co., Ltd.|2021|p=「哲学」}}、哲学は主に[[美学]]・[[倫理学]]・[[認識論]]という三つで形作られるようになった{{sfn|Britannica Japan Co., Ltd.|2021|p=「哲学」}}{{Efn2|{{Squote|哲学は[[形而上学]]のほかに[[自然学]] (→自然哲学 ) を含んでいたが,19世紀からの自然科学の急速な発展によって後者は哲学から独立し,哲学をおもに認識論,倫理学,美学の三者で構成する立場が生れた。現代では厳密さを求めて哲学自体を[[科学革命|科学化]]しようとする傾向さえ一部にある。かつて非[[神学]]的を意味した哲学的という形容詞は現代ではしばしば[[反証可能性#科学と非科学の違い|非自然科学的]],[[思弁]]的の意味で用いられている。<br><br> ― 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』{{sfn|Britannica Japan Co., Ltd.|2021|p=「哲学」}}}}}}。哲学に従事する人物は'''哲学者'''(てつがくしゃ、フィロソファー{{Sfn|松村|2021a|p=「フィロソファー」}} {{Lang-en-short|philosopher}})と呼ばれる{{Efn2|{{Lang-el-short|φιλόσοφος}}(フィロソフォス)}}。
 
歴史上、[[物理学]]や[[心理学]]など、多くの個別的な[[科学]]が哲学の一部から発生した。
== 概要 ==
現代では以下のように、文脈によって様々な意味をもつ[[多義語]]である{{要出典|date=2021年2月}}。
 
哲学の主要な分野としては、[[認識論]]、[[倫理学]]、[[論理学]]、そして[[形而上学]]が挙げられる。認識論では、知識とは何かという問題と、どのようにして知識を得ることができるかという問題について研究する。倫理学では、道徳的な原則と、正しい行いを構成するものは何かということについて研究する。論理学では、[[論理的推論|正しい推論]]についての研究と、良い[[論証]]と[[詭弁|悪い論証]]をどのように見分けることができるかについての研究を行う。形而上学は、[[現実]]や存在、[[客体]]と[[属性]]の最も一般的な特徴についての検討を行う。哲学のその他の分野としては、[[美学]]、[[言語哲学]]、[[心の哲学]]、[[宗教哲学]]、[[科学哲学]]、[[数学の哲学]]、[[歴史哲学]]、[[政治哲学]]などが挙げられる。これらそれぞれの分野において、異なった原理や理論、方法を推し進める[[哲学の学派|学派]]が存在する。
# {{要出典|範囲=([[近代]]以前の用法{{efn2|[[紀元前]]の[[ギリシア哲学|古代ギリシア哲学]]から[[19世紀]]前半頃にかけて{{要出典|date=2021年2月}}}})知的探究活動全般・学問全般を指す。したがって、学問に従事する人物全般・[[賢者]]全般が哲学者と呼ばれた|date=2021年2月}}{{efn2|{{要出典|範囲=[[アイザック・ニュートン]]のようにかつて哲学者と呼ばれていたが、現代では哲学者とは看做されない人物がいる一方で、[[ゴットフリート・ライプニッツ]]のように依然として哲学者と看做される人物もいる|date=2021年2月}}。}}。
# ([[大学#大学 (universitas) の歴史|中世ヨーロッパの大学制度]])カリキュラムの[[自由七科]]を指す<ref name="ReferenceA">[[加藤和哉]]「中世における理性と信仰」『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』講談社選書メチエ、2011年12月10日、ISBN 978-4062585156 、p343-344</ref><ref>哲学の用語としての「学」の同様の意味で用いられる。 『広辞苑』第五版、岩波書店、1998年、「学」 5 イ</ref>。
# {{要出典|範囲=([[大学#近代の大学|近現代の大学制度]])[[人文科学]]の一分野([[哲学科]])を指す{{efn2|{{要出典|範囲=19世紀以降、特に19世紀後半あたりから大学制度内で知識の位置づけの再編が行われるようになり、ドイツなどでは[[文化科学]]・[[自然科学]]などの分類が採用され、それまで学問の総称であった哲学は文化科学のひとつと、かなり限定的であると同時に具体的な位置づけになった|date=2021年2月}}。}}。[[問題]]の発見や明確化、諸[[概念]]の明晰化、[[命題]]の関係の整理といった、概念的[[思考]]を通じて多様な[[主題]]について検討する[[研究]]分野である<!-- (この文の由来は2003年の版、id=1620) -->、などと説明される。この分野に従事する人物は哲学者または[[:Category:日本の哲学研究者|哲学研究者]]と呼ばれる|date=2021年2月}}。
# {{要出典|範囲=「[[ニーチェ]]の哲学」などのように、個々の哲学者による哲学探求の成果([[思想]])も哲学と呼ばれる|date=2021年2月}}。
# {{要出典|範囲=「[[数学の哲学]]」「[[法哲学]]」などのように、各[[科学]]分野の「[[基礎]]論」、または[[実践]]に対する「[[理論]]」を指す|date=2021年2月}}。
# [[宗教]]や[[神学]]と部分的に重複する{{要出典|date=2021年2月}}。{{see also|#哲学と宗教}}
# その他の用法もある{{要出典|date=2021年2月}}。{{see also|#広義の哲学の特徴|哲学 (曖昧さ回避)}}
 
哲学を行う者は哲学知を得るために多くの方法を用いる。例えば、{{仮リンク|哲学的分析|en|Philosophical analysis|label=概念分析}}、[[常識|コモン・センス]]や[[直観]]を頼ること、[[思考実験]]、[[自然言語]]の分析、[[現象学|現象を記述すること]]、{{仮リンク|ソクラテス式問いかけ|en|Socratic questioning|label=批判的問いかけ}}などである。哲学は、科学、[[数学]]、[[ビジネス]]、[[法]]、[[ジャーナリズム]]など、様々な分野と関連する。哲学は[[学際]]的な視点を提供し、様々な分野における基本的な概念とそれらの分野の範囲を研究し、それらが用いる方法や倫理的意味合いについても研究する。
「哲学」は[[英語]]で「フィロソフィー」といい、[[語源]]は[[古典ギリシア語]]の「フィロソフィア」に由来する。直訳すれば「知を愛する」という意味である。「哲学」という[[日本語]]は、明治時代の学者[[西周 (啓蒙家)|西周]]がフィロソフィーに対してあてた訳語である<ref name="brita-p630">『ブリタニカ国際大百科事典』【哲学】冒頭部、p.630</ref><ref name="heibon-19p142">平凡社『世界大百科事典』【哲学】冒頭部、第19巻 p.142</ref>。(→[[#語源とその意味]])
 
歴史上、影響力のある哲学の伝統としては、[[西洋哲学]]、[[イスラーム哲学|アラブ・ペルシア哲学]]、[[インド哲学]]、[[中国哲学]]などがある。西洋哲学は[[古代ギリシア]]に起源を持ち、哲学における幅広い下位分野をカバーする。アラブ・ペルシア哲学における主要なトピックは理性と[[啓示]]の関係であり、インド哲学はどのようにして[[正覚|悟り]]に達するかの[[スピリチュアリティ|精神]]的な問題と、現実の本質や知識にたどり着く方法の探求を結びつける。中国哲学は主に正しい社会的行動や統治、そして{{仮リンク|自己修養|en|Self-cultivation}}に関する実践的な問題に焦点を置く。
したがって、「フィロソフィー」というのは単に「知を愛する学」という意味であり、それだけではまだ何を研究する学問であるかは示されていない<ref name="jge-p138">『[[日本大百科全書]]』【哲学】冒頭部 p.138</ref>。この語では内容が規定されていないのである<ref name="brita-p630" />。哲学以外の大抵の学問は、分野名を聞いただけでおおよその内容が察せる(例えば「[[経済学]]」なら[[経済]]、「[[生物学]]」なら[[生物]]などのように)<ref name="jge-p138" />。ところが、哲学の場合は名前を聞いただけでは何を研究する学問なのか分からない<ref name="jge-p138" />。これは哲学という学問の対象が決して一定しておらず様々な考え方があることを示しており<ref name="jge-p138" />、哲学はまさにその字義のとおり「知を愛する学」とでもいうほかに仕方ないような特徴を備えている<ref name="brita-p630" />。(→[[#哲学の対象・主題]])
 
哲学を行う人を'''哲学者'''(てつがくしゃ、フィロソファー{{Sfn|松村|2021a|p=「フィロソファー」}} {{Lang-en-short|philosopher}})と呼ぶことがある{{Efn2|{{Lang-el-short|φιλόσοφος}}(フィロソフォス)}}。
このように対象によってこの学を規定することができないと、「対象を扱う<<方法>>に共通点があり、それによって規定できるのはないか」との期待が生まれることがあるが、そのような期待も裏切られ、哲学に一定の方法が存在しうるわけではない<ref>『日本大百科全書』【哲学】冒頭部「哲学の方法」p.138</ref>。<!--{{要出典範囲|哲学者が形成したものも「ソクラテスの哲学」などというように、哲学と呼ばれる。「ウィトゲンシュタインを専攻している」など言うように、哲学者の名がその哲学者の哲学を指す場合もある。}}{{efn2|「ソクラテスを専攻している」とかいうのは、[[メトニミー]]の作用によるものであって、言語全般の基本的な作用・用法。哲学分野に限らず、ありとあらゆる分野で我々が日常的に使っているものである。「'''メトニミー'''」の項目を熟読のこと。哲学の項目でわざわざ説明することではない。「モネはすばらしい」は「モネ'''の描いた絵画'''はすばらしい」の意味。「夏目漱石を読んだ」は「夏目漱石の書いた文学作品を読んだ」という意味。「織部を手に入れた」というと「[[織部]] '''の作り出した様式の焼き物'''を手に入れた」という意味。百科事典類の【哲学】の項目で、しかも冒頭部や概説部でわざわざ解説するようなことではない。だから百科事典類いずれもそんなことはわざわざ解説していない。}}
-->
 
== 定義語源 ==
「哲学」は[[英語]]で「フィロソフィー」といい、[[語源]]は[[古典ギリシア語]]の「フィロソフィア」に由来する。直訳すれば「知を愛する」という意味である。「哲学」という[[日本語]]は、明治時代の学者[[西周 (啓蒙家)|西周]]がフィロソフィーに対してあてた訳語である<ref name="brita-p630p6302">『ブリタニカ国際大百科事典』【哲学】冒頭部、p.630</ref><ref name="heibon-19p14219p1422">平凡社『世界大百科事典』【哲学】冒頭部、第19巻 p.142</ref>。(→[[#語源とその意味]])
{{See also|哲学の定義|メタ哲学}}
 
=== 古代ギリシアにおける「フィロソフィア」 ===
古典ギリシア語の「フィロソフィア」({{lang-grc-short|φιλοσοφία}}、{{La|philosophia}}、ピロソピアー、フィロソフィア)という語は、「愛」<!-- (性愛ではなく友愛) -->を意味する[[名詞]]「フィロス」({{lang|grc|[[wikt:en:φίλος|φίλος]]}})の[[動詞]]形「フィレイン」({{lang|grc|[[wikt:en:φιλέω#Inflection|φιλεῖν]]}})と、「知」を意味する「ソフィア」({{lang|grc|[[wikt:en:σοφία|σοφία]]}})が結び合わさったものであり、その[[合成語]]である「フィロソフィア」は「知を愛する」「智を愛する」という意味が込められている<ref name="brita-p630p6302" /><ref name="heibon-19p14219p1422" />。この語は[[ヘラクレイトス]]や[[ヘロドトス]]によって[[形容詞]]や[[動詞]]の形でいくらか使われていたが<ref>『岩波 哲学・思想事典』【哲学】p.1119</ref>、名称として確立したのは'''[[ソクラテス]]'''またはその弟子'''[[プラトン]]'''が、自らを同時代の[[ソフィスト]]と区別するために用いてからとされている。
 
古典ギリシア語の「フィロソフィア」は、[[古代ローマ]]の[[ラテン語]]にも受け継がれ、中世以降のヨーロッパにも伝わった。20世紀の[[神学]]者ジャン・ルクレール([[:en:Jean Leclercq]])によれば、古代ギリシアのフィロソフィアは理論や方法ではなくむしろ知恵・理性に従う生き方を指して使われ、[[中世|中世ヨーロッパ]]の[[修道院]]でもこの用法が存続したとされる<ref>ジャン・ルクレール『修道院文化入門』神崎忠昭・矢内義顕訳、知泉書館、2004年10月25日、ISBN 4-9016-5441-1、p135</ref>。一方、中世初期の[[セビリャのイシドールス]]はその[[百科事典]]的な著作『語源誌』({{lang-la-short|Etymologiae}})において、哲学とは「よく生きようとする努力と結合した人間的、神的事柄に関する認識である」と述べている<ref>岩村清太『ヨーロッパ中世の自由学芸と教育』知泉書館、2007年5月25日、ISBN 978-4-86285-011-9、p85</ref>。
 
=== 日本語における「哲学」 ===
 
==== 西周による学」 ====
{{See also|和製漢語}}日本で現在用いられている「'''哲学'''」という訳語は、大抵の場合、<!-- 元[[津和野藩]]士 -->[[明治]]初期の知識人[[西周 (啓蒙家)|'''西周''']]によって作られた[[造語]]([[和製漢語]])であると説明される<ref name="miyakemiyake2">{{Cite journal|和書|author=[[三宅雪嶺|三宅雄二郞]]|year=1932|title=明治哲学界の回顧 附記|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1913199|journal=[[岩波講座]]哲学|volume=第1次・第11巻|page=}}</ref>{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=144}}<ref name="etymologyetymology2">[[高野繁男]] [http://human.kanagawa-u.ac.jp/kenkyu/publ/pdf/syoho/no37/3707.pdf 「『哲学字彙』の和製漢語―その語基の生成法・造語法」]『人文学研究所報』37:97p, 2004</ref>{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}<ref name="brita-p630p6302" /><ref name="heibon-19p14219p1422" /><!--{{efn2|{{誰}}が{{要出典範囲|[[明六社]]にて西周に加えて[[福澤諭吉]]もこの訳語を作った}}、との説を述べているという。}}-->。少なくとも、西周の『[[百一新論]]』([[1866年]]ごろ執筆、[[1874年]]公刊)に「哲学」という語が見られる{{efn2|{{近代デジタルライブラリー書誌情報|40000209|百一新論}}}}{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。そこに至る経緯としては、[[北宋]]の[[儒学]]者[[周敦頤]]の著書『通書』に「士希賢」(士は賢をこいねがう)という一節があり<ref>{{cite wikisource|title=通書#志學第十|author=周敦頤|wslanguage=zh}}</ref>{{Sfn|中島|2023|p=11f}}、この一節は儒学の概説書『[[近思録]]』にも収録されていて有名だった<ref>{{cite wikisource|title=近思錄/卷02|author=朱熹・呂祖謙|wslanguage=zh}}</ref>。この一節をもとに、中国の西学(日本の[[洋学]]にあたる)が「賢」を「哲」に改めて「希哲学」という語を作り、それをフィロソフィアの訳語とした<ref name="etymologyetymology2" />。この「希哲学」を西周が借用して、さらにここから「希」を省略して「哲学」を作ったとされる<ref name="etymologyetymology2" />{{efn2|西周による[[津田真道]]『性理論』跋文(1861年)では「希哲学」を用いている{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。}}。西周は明治政府における有力者でもあったため、「哲学」という訳語は[[文部省]]に採用され、[[1877年]](明治10年)には[[東京大学]]の学科名に用いられ<ref name="heibon-19p14219p1422" /><ref name="miyakemiyake2" />、[[1881年]](明治14年)には『[[哲学字彙]]』が出版され、以降一般に浸透した{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。なお、西周は「哲学」以外にも様々な哲学用語の訳語を考案している{{efn2|西周は[[主観|主觀]]・[[客観|客觀]]・概念・[[観念|觀念]]・[[帰納|歸納]]・[[演繹]]・命題・[[肯定]]・[[否定]]・[[理性]]・[[悟性]]・[[現象]]・藝術([[リベラルアーツ]]の訳語)・[[技術]]など、西欧語のそれぞれの単語に対応する日本語を創生した。}}。
 
「哲」という[[漢字]]の意味(および同義字)は「賢人・知者(賢)、事理に明らか(明)、さとし(敏)」などがある<ref>[https://wagang.econ.hc.keio.ac.jp/zigen/ KO字源「哲」]</ref>。字源は「口」+音符「折」からなる[[形声文字]]である<ref>[[wikt:哲]]</ref>。<!--{{誰}}は「{{要出典}}哲学の本質的な活動や実践は、哲学の語源より「希哲」である。」と述べた。--><!--だが、「希哲」という語が輸入されなかった<ref name="etymology" />。--><!--{{誰}}は「{{要出典}}輸入されなかったことが原因で「[[哲学する]]」という俗語が生まれた。」と述べた。-->
 
==== 「哲学」以外の訳語 ====
「哲学」という訳語が採用される以前、日本や中国では様々な訳案が出されてきた{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}。とりわけ、儒学用語の「[[理]]」あるいは「[[格物致知|格物窮理]]」にちなんで、「[[理学]]」と訳されることが多かった。{{関連記事|理学|理学部}}[[17世紀]]・[[明末]]の中国に訪れた[[イエズス会]]士[[ジュリオ・アレーニ]](艾儒略)は、西洋の諸学を中国語で紹介する書物『西学凡』を著した。同書のなかでフィロソフィアは、「理学」または「[[理科]]」と訳されている{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}<ref name="taishintaishin2">{{Cite book|和書 |title=[[戴震]]と中国近代哲学:漢学から哲学へ |date= |year=2014 |publisher=知泉書館 |author=石井剛 |authorlink=石井剛 |isbn=978-4862851697 |page=176f}}</ref>。
 
日本の場合、[[幕末]]から[[明治]]初期にかけて、[[洋学]](西洋流の学問一般)とりわけ[[物理学]]([[自然哲学]])が、「[[窮理学]]」と呼称されていた<ref name="miyakemiyake2" />。例えば[[福沢諭吉]]の『[[窮理図解]]』は物理学的内容である。一方、[[中江兆民]]はフィロソフィアを「理学」と訳した<ref name="miyakemiyake2" /><ref name="taishintaishin2" />。具体的には、兆民の訳書『理学沿革史』([[アルフレッド・フイエ|フイエ]] ''Histoire de la Philosophie'' の訳)や、著書の『理学鉤玄』(哲学概論)をはじめとして、主著の『[[三酔人経綸問答]]』でも「理学」が用いられている。ただし、いずれも文部省が「哲学」を採用した後のことだった<ref name="miyakemiyake2" />。なお、兆民は晩年の著書『一年有半』で「わが日本古より今に至るまで哲学なし」と述べたことでも知られる<ref name="waganihonwaganihon2">{{CRD|1000342530|①中江兆民が「日本の問題の根本は哲学がないことだ」といったような文を残していたと思うが、その原典を知...|早稲田大学図書館}}</ref>。
 
上記の中国清末民初の知識人の間でも、「哲学」ではなく「理学」と訳したほうが適切ではないか、という見解が出されることもあった<ref name="oukokuioukokui2">{{Cite journal|和書|author=楊冰|year=2014|title=王国維の哲学思想の出発点「正名説」における桑木厳翼の『哲学概論』(1900)の影響 : 王国維の『哲学弁惑』(1903)を中心に|url=https://doi.org/10.24729/00004353|journal=人文学論集|volume=32|page=125|publisher=大阪府立大学人文学会}}</ref>{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=154}}。
 
「理学」が最終的に採用されず、「哲学」に敗れてしまった理由については諸説ある。上述のように「理」は既に物理学に使われていたため、あるいは「理学」という言葉が儒学の一派([[朱子学]]・[[宋明理学]])の[[同義語]]でもあり混同されるため、あるいはフィロソフィアは儒学のような[[東洋思想]]とは別物だとも考えられたため、などとされる<ref name="miyakemiyake2" />{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=154}}。上記の西周や[[桑木厳翼]]も、本来は「理学」と訳すべきだが、そのような混同を避けるために「哲学」を用いる、という立場をとっていた<ref>{{Cite journal|和書|author=笠木雅史|year=2020|title=「哲学」の概念工学とはどのようなことか|url=http://www.wakate-forum.org/data/tankyu/47/47_02(2-26).pdf|journal=哲学の探求|volume=47|pages=15-16|publisher=哲学若手研究者フォーラム}}</ref>{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。
 
明治哲学界の中心人物の一人・[[三宅雪嶺]]は、晩年に回顧して曰く「もしも[[江戸時代|旧幕時代]]に明清の学問(宋明理学と[[考証学]])がもっと入り込んでいたならば、哲学ではなく理学と訳すことになっていただろう」「[[中国哲学]]・[[インド哲学]]という分野を作るくらいなら理学で良かった」「理学ではなく哲学を採用したのは日本の[[漢学者]]の未熟さに由来する(漢学は盛んだったがそれでもまだ力不足だった)」という旨を述べている<ref name="miyakemiyake2" />{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}。
 
=== 各言語における「哲学」 ===
英語をはじめとした多くの言語で、{{lang-grc-short|φιλοσοφία}}をそのまま[[翻字]]した語が採用されている。例えば、{{lang-la-short|philosophia}}、{{lang-en-short|philosophy}}、{{lang-fr-short|philosophie}}、{{lang-de-short|Philosophie}}、{{lang-it-short|filosofia}}、{{lang-ru-short|философия}}、{{Lang-ar-short|[[イスラーム哲学|falsafah]]}}などである。
 
[[漢語]]の本場である[[中国]]では、西周が作ったによる「哲学」という訳語が、いわば[[逆輸入]]されて現在も使われている{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=144}}。経緯としては、[[清末民初]]([[1900年代]]前後)の知識人たちが、同じ[[漢字文化圏]]に属する日本の訳語を受容したことに由来する<ref>{{Cite journal|和書|author=高坂史朗|year=2004|title=Philosophyと東アジアの「哲学」|url=https://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/il/meta_pub/G0000438repository_KJ00000725803|journal=人文研究|volume=8|page=4|publisher=大阪市立大学}}</ref>{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=152f}}
 
== 哲学の ==
{{Seesee also|哲学の定義|メタ哲学}}
 
=== 一般的定義 ===
哲学の実践には、複数の一般的な特徴があるとされる。すなわち、理性的な探究の一形態であること、体系的であることを目指すこと、そしてそれ自体の方法と仮定を批判的に考える傾向があるということである<ref name=":2">{{multiref|{{harvnb|Audi|2006|loc=[https://www.encyclopedia.com/philosophy-and-religion/philosophy/philosophy-terms-and-concepts/philosophy Lead Section, § Conclusion]}}|{{harvnb|Quinton|2005|p=702}}|{{harvnb|Regenbogen|2010|loc=[https://meiner.de/enzyklopadie-philosophie-14071.html Philosophiebegriffe]}}|{{harvnb|EB Staff|2023a}}|{{harvnb|OUP Staff|2020}}|{{harvnb|Adler|2000}}}}</ref>。加えて、人間の状態の中心をなし、挑戦的で、厄介かつ、忍耐を必要とする問題に対する、注意深い熟考が求められる{{sfn|Perry|Bratman|Fischer|2010|p=[https://books.google.com/books?id=0ndAAQAAIAAJ 4]}}。
 
知恵を追求する哲学的探究では、一般的で基本的な問いを立てることを含む。このような営みは必ずしも単純な答えを導くわけではないが、特定の物事についての理解を深めたり、自らの人生を吟味したり、混乱を晴らしたり、自らを騙している先入観に基づく偏見を克服することの助けになる<ref name=":0">{{multiref|{{harvnb|Russell|1912|p=91}}|{{harvnb|Blackwell|2013|p=[https://books.google.com/books?id=rRrfO14H5i0C&pg=PA148 148]}}|{{harvnb|Pojman|2009|page=2}}|{{harvnb|Kenny|2004|p=xv}}|{{harvnb|Vintiadis|2020|p=[https://books.google.com/books?id=t8P4DwAAQBAJ&pg=PT137 137]}}}}</ref>。例えば、[[ソクラテス]]は「{{仮リンク|吟味されざる生に生きる価値なし|en|The unexamined life is not worth living|label=}}」と言い、哲学的探究を個人の実存と結びつけた{{sfn|Plato|2023|loc=[https://standardebooks.org/ebooks/plato/dialogues/benjamin-jowett/text/apology#apology-text Apology]}}。[[バートランド・ラッセル]]は「全く哲学に触れない者は、習慣的観念や生まれた時代、国家、そしてよく熟慮された自らの理性の協力と同意なしに自らの考えの中に根付いた信念からくる常識としての感覚から導き出される偏見の檻の中で人生を過ごすことになる」とした<ref name=":1">{{multiref|{{harvnb|Russell|1912|p=91}}|{{harvnb|Blackwell|2013|p=[https://books.google.com/books?id=rRrfO14H5i0C&pg=PA148 148]}}}}</ref>。
 
=== 学術的定義 ===
{{see also|哲学の定義}}哲学にさらに正確な定義を与えようとする試みには議論があり<ref name=":6">{{multiref|{{harvnb|Quinton|2005|p=702}}|{{harvnb|Regenbogen|2010|loc=[https://meiner.de/enzyklopadie-philosophie-14071.html Philosophiebegriffe]}}}}</ref>、これらは[[メタ哲学]]で研究される{{sfn|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=vii, 17}}。全ての哲学において共有される本質的な特性の集合があると主張するアプローチも存在すれば、より弱い[[家族的類似性]]しか持たないか、単なる無意味な包括的単語であると主張されることもある<ref name=":3">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 20, 44]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Mittelstraß|2005|loc=[https://www.springer.com/de/book/9783476021083 Philosophie]}}}}</ref>。明確な定義は、特定の学派に属する理論家によってのみ受け入れられる場合が多く、セーレン・オーヴァーガードらは、それらが正しいとすると哲学に属すと思われる多くの哲学の部分が「哲学」の名に値しなくなるという点で、修正主義的であるとしている<ref name=":4">{{multiref|{{harvnb|Joll}}|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 20–21, 25, 35, 39]|loc=What Is Philosophy?}}}}</ref>。
 
一部の定義では、哲学をその方法(例えば、純粋な推論など)との関係によって特徴づけたり、その主題(例えば、世界全体における最も大きなパターンを見出そうとすることだったり、大きな問いに答えようとするようなこと)に焦点を当てたりする<ref name=":5">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 20–22]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Rescher|2013|loc=[https://books.google.com/books?id=RIx_k41e1xAC 1. The Nature of Philosophy]|pp=1–3}}|{{harvnb|Nuttall|2013|loc=1. The Nature of Philosophy|pp=[https://books.google.com/books?id=luc-Hf_bEOIC&pg=PT12 12–13]}}}}</ref>。このようなアプローチは[[イマヌエル・カント]]によって追究され、カントは、哲学の仕事を「私は何を知ることができるか?」「私は何をすべきか?」「私は何を望むか?」そして「人間とは何か?」の四つの問いを合わせたものであるとした<ref>{{multiref|{{harvnb|Guyer|2014|pp=[https://books.google.com/books?id=a4T8AgAAQBAJ&pg=PA7 7–8]}}|{{harvnb|Kant|1998|p=A805/B833}}|{{harvnb|Kant|1992|p=9:25}}}}</ref>。ただし、これらのアプローチは、それらが哲学以外の分野を含んでしまうという意味であまりに広範であるという問題と、哲学における下位分野をいくらか除外してしまうという点で狭すぎるという問題がある{{sfn|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 20–22]|loc=What Is Philosophy?}}。
 
他の多くの定義では、哲学の科学との密接な関わりを強調する。このような見方では、哲学それ自体を正当な科学として理解することがある。[[W.V.O.クワイン]]のような[[自然主義哲学|自然主義哲学者]]によれば、哲学は[[経験科学|経験的]]だが抽象的な科学であり、特定の観測によるものではなく、広範な経験的パターンに関するものであるとされる<ref name=":8">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 26–27]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Hylton|Kemp|2020}}}}</ref>。科学を基礎とした定義は一般に、なぜ哲学がその長い歴史の中で、科学と同様に、同程度まで発展しなかったのかという問題に行き当たる<ref name=":9">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 25–27]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Chalmers|2015|pp=[https://philpapers.org/rec/CHAWIT-15 3–4]}}|{{harvnb|Dellsén|Lawler|Norton|2021|pp=814–815}}}}</ref>。この問題については、哲学は未成熟で暫定的な科学であり、一度発展した哲学の一分野はそれを以て哲学ではなくなるのだと考えることによって回避することができる<ref name=":10">{{multiref|{{harvnb|Regenbogen|2010|loc=[https://meiner.de/enzyklopadie-philosophie-14071.html Philosophiebegriffe]}}|{{harvnb|Mittelstraß|2005|loc=[https://www.springer.com/de/book/9783476021083 Philosophie]}}|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 27–30]|loc=What Is Philosophy?}}}}</ref>。この考え方により、哲学は「科学の助産師」であると言われることがある<ref name=":11">{{multiref|{{harvnb|Hacker|2013|p=[https://books.google.com/books?id=8W1BAQAAQBAJ&pg=PA6 6]}}|{{harvnb|Regenbogen|2010|loc=[https://meiner.de/enzyklopadie-philosophie-14071.html Philosophiebegriffe]}}}}</ref>。
 
また、科学と哲学の対照性に焦点を当てる定義もある。そのような概念における一般的なテーマは、哲学は{{仮リンク|意味 (哲学)|en|Meaning (philosophy)|label=意味}}と[[理解]]、言語の明快化に関するものであるということである<ref name=":12">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 34–36]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Rescher|2013|loc=[https://books.google.com/books?id=RIx_k41e1xAC 1. The Nature of Philosophy]|pp=1–2}}}}</ref>。 ある視点によれば、哲学は{{仮リンク|哲学的分析|en|Philosophical analysis|label=概念分析}}であり、概念を適用するための[[必要十分条件]]を見つけることを含む<ref name=":13">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 20–21, 29]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Nuttall|2013|loc=1. The Nature of Philosophy|pp=[https://books.google.com/books?id=luc-Hf_bEOIC&pg=PT12 12–13]}}|{{harvnb|Shaffer|2015|pp=[https://www.jstor.org/stable/26602327 555–556]}}}}</ref>。ある定義では哲学は[[思考|考えること]]について考えることとし、その自己批判的で、反省的な性質を強調する<ref name=":14">{{multiref|{{harvnb|Overgaard|Gilbert|Burwood|2013|pp=[https://www.cambridge.org/core/books/abs/an-introduction-to-metaphilosophy/what-is-philosophy/9D6F6F1186D1FF68A23B97B17CC810EE 36–37, 43]|loc=What Is Philosophy?}}|{{harvnb|Nuttall|2013|loc=1. The Nature of Philosophy|p=[https://books.google.com/books?id=luc-Hf_bEOIC&pg=PT12 12]}}}}</ref>。また他の定義では、哲学を[[言語学|言語]]的治療であるとし、例えば[[ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン]]は、哲学は混乱を招きやすい[[自然言語]]の構造によって人間が陥りやすい誤解を取り除くことを目的としているとしている<ref name=":15">{{multiref|{{harvnb|Regenbogen|2010|loc=[https://meiner.de/enzyklopadie-philosophie-14071.html Philosophiebegriffe]}}|{{harvnb|Joll|loc=Lead Section, § 2c. Ordinary Language Philosophy and the Later Wittgenstein}}|{{harvnb|Biletzki|Matar|2021}}}}</ref>。
 
[[エトムント・フッサール]]のような[[現象学者]]によれば、哲学は[[本質]]を追究する「[[厳密科学]]」とされる<ref name=":16">{{multiref|{{harvnb|Joll|loc=§ 4.a.i}}|{{harvnb|Gelan|2020|p=[https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-29357-4_6 98]|loc=Husserl's Idea of Rigorous Science and Its Relevance for the Human and Social Sciences}}|{{harvnb|Ingarden|1975|pp=[https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-010-1689-6_3 8–11]|loc=The Concept of Philosophy as Rigorous Science}}|{{harvnb|Tieszen|2005|p=[https://books.google.com/books?id=2fgQ_fuCcKAC&pg=PA100 100]}}}}</ref>。現象学者は、現実についての理論的な仮定を根本的に[[エポケー|停止]]して、「物事それ自体」つまり経験の中でもともと与えられていたものに立ち戻ることを実践する。また、このような経験における基本的な水準が、より高位の理論的知識のための土台を提供し、かつより後に来るものを理解するには前に来るものを理解する必要があると主張する{{sfn|Smith|loc=§ 2.b}}。
 
[[古代ギリシア]]と[[ローマ哲学]]における初期のアプローチには、個人の理性的キャパシティを育てる精神的な実践が哲学であるというものが見られる<ref>{{multiref|{{harvnb|Banicki|2014|p=[https://philpapers.org/rec/BANPAT 7]}}|{{harvnb|Hadot|1995|loc=[https://philpapers.org/rec/HADPAA 11. Philosophy as a Way of Life]}}}}</ref>。このような実践は哲学者の愛知の表現であり、思慮深い生活を送ることによって個人の[[ウェルビーイング]]を向上させることが目的とされた{{sfn|Grimm|Cohoe|2021|pp=[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ejop.12562 236–237]}}。例えば、[[ストア派]]は哲学を心の鍛錬の実践であるとし、それにより[[ユーダイモニア]]を達成し、人生を繁華させることを目指した{{sfn|Sharpe|Ure|2021|pp=[https://books.google.com/books?id=LIstEAAAQBAJ&pg=PA76 76, 80]}}。
 
=== 辞書/辞典による定義 ===
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[[現代思想]]において、特に[[大陸哲学]]に多大な影響を及ぼした哲学者、[[マルティン・ハイデッガー]]は、哲学について次のように説明している。
{{Quotation|古代以来、哲学の根本的努力は、存在者の[[存在]]を理解し、これを概念的に表現することを目指している。その存在理解のカテゴリー的解釈は、普遍的[[存在論]]としての学的哲学の理念を実現するものにほかならない。|[[マルティン・ハイデッガー]]|『存在と時間』上、細谷貞雄訳、[[ちくま学芸文庫]]、1994年、19頁、「序に代えて」より}}
 
=== 語源とその意味 ===
古典ギリシア語の「フィロソフィア」({{lang-grc-short|φιλοσοφία}}、{{La|philosophia}}、ピロソピアー、フィロソフィア)という語は、「愛」<!-- (性愛ではなく友愛) -->を意味する[[名詞]]「フィロス」({{lang|grc|[[wikt:en:φίλος|φίλος]]}})の[[動詞]]形「フィレイン」({{lang|grc|[[wikt:en:φιλέω#Inflection|φιλεῖν]]}})と、「知」を意味する「ソフィア」({{lang|grc|[[wikt:en:σοφία|σοφία]]}})が結び合わさったものであり、その[[合成語]]である「フィロソフィア」は「知を愛する」「智を愛する」という意味が込められている<ref name="brita-p630" /><ref name="heibon-19p142"/>。この語は[[ヘラクレイトス]]や[[ヘロドトス]]によって[[形容詞]]や[[動詞]]の形でいくらか使われていたが<ref>『岩波 哲学・思想事典』【哲学】p.1119</ref>、名称として確立したのは'''[[ソクラテス]]'''またはその弟子'''[[プラトン]]'''が、自らを同時代の[[ソフィスト]]と区別するために用いてからとされている。
 
古典ギリシア語の「フィロソフィア」は、[[古代ローマ]]の[[ラテン語]]にも受け継がれ、中世以降のヨーロッパにも伝わった。20世紀の[[神学]]者ジャン・ルクレール([[:en:Jean Leclercq]])によれば、古代ギリシアのフィロソフィアは理論や方法ではなくむしろ知恵・理性に従う生き方を指して使われ、[[中世|中世ヨーロッパ]]の[[修道院]]でもこの用法が存続したとされる<ref>ジャン・ルクレール『修道院文化入門』神崎忠昭・矢内義顕訳、知泉書館、2004年10月25日、ISBN 4-9016-5441-1、p135</ref>。一方、中世初期の[[セビリャのイシドールス]]はその[[百科事典]]的な著作『語源誌』({{lang-la-short|Etymologiae}})において、哲学とは「よく生きようとする努力と結合した人間的、神的事柄に関する認識である」と述べている<ref>岩村清太『ヨーロッパ中世の自由学芸と教育』知泉書館、2007年5月25日、ISBN 978-4-86285-011-9、p85</ref>。
 
=== 翻訳語 ===
{{See also|和製漢語}}
英語をはじめとした多くの言語で、{{lang-grc-short|φιλοσοφία}}をそのまま[[翻字]]した語が採用されている。例えば、{{lang-la-short|philosophia}}、{{lang-en-short|philosophy}}、{{lang-fr-short|philosophie}}、{{lang-de-short|Philosophie}}、{{lang-it-short|filosofia}}、{{lang-ru-short|философия}}、{{Lang-ar-short|[[イスラーム哲学|falsafah]]}}などである。
 
日本で現在用いられている「'''哲学'''」という訳語は、大抵の場合、<!-- 元[[津和野藩]]士 -->[[明治]]初期の知識人[[西周 (啓蒙家)|'''西周''']]によって作られた[[造語]]([[和製漢語]])であると説明される<ref name="miyake">{{Cite journal|和書|author=[[三宅雪嶺|三宅雄二郞]]|year=1932|title=明治哲学界の回顧 附記|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1913199|journal=[[岩波講座]]哲学|volume=第1次・第11巻|page=}}</ref>{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=144}}<ref name="etymology">[[高野繁男]] [http://human.kanagawa-u.ac.jp/kenkyu/publ/pdf/syoho/no37/3707.pdf 「『哲学字彙』の和製漢語―その語基の生成法・造語法」]『人文学研究所報』37:97p, 2004</ref>{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}<ref name="brita-p630" /><ref name="heibon-19p142" /><!--{{efn2|{{誰}}が{{要出典範囲|[[明六社]]にて西周に加えて[[福澤諭吉]]もこの訳語を作った}}、との説を述べているという。}}-->。少なくとも、西周の『[[百一新論]]』([[1866年]]ごろ執筆、[[1874年]]公刊)に「哲学」という語が見られる{{efn2|{{近代デジタルライブラリー書誌情報|40000209|百一新論}}}}{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。そこに至る経緯としては、[[北宋]]の[[儒学]]者[[周敦頤]]の著書『通書』に「士希賢」(士は賢をこいねがう)という一節があり<ref>{{cite wikisource|title=通書#志學第十|author=周敦頤|wslanguage=zh}}</ref>{{Sfn|中島|2023|p=11f}}、この一節は儒学の概説書『[[近思録]]』にも収録されていて有名だった<ref>{{cite wikisource|title=近思錄/卷02|author=朱熹・呂祖謙|wslanguage=zh}}</ref>。この一節をもとに、中国の西学(日本の[[洋学]]にあたる)が「賢」を「哲」に改めて「希哲学」という語を作り、それをフィロソフィアの訳語とした<ref name="etymology" />。この「希哲学」を西周が借用して、さらにここから「希」を省略して「哲学」を作ったとされる<ref name="etymology" />{{efn2|西周による[[津田真道]]『性理論』跋文(1861年)では「希哲学」を用いている{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。}}。西周は明治政府における有力者でもあったため、「哲学」という訳語は[[文部省]]に採用され、[[1877年]](明治10年)には[[東京大学]]の学科名に用いられ<ref name="heibon-19p142" /><ref name="miyake" />、[[1881年]](明治14年)には『[[哲学字彙]]』が出版され、以降一般に浸透した{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。なお、西周は「哲学」以外にも様々な哲学用語の訳語を考案している{{efn2|西周は[[主観|主觀]]・[[客観|客觀]]・概念・[[観念|觀念]]・[[帰納|歸納]]・[[演繹]]・命題・[[肯定]]・[[否定]]・[[理性]]・[[悟性]]・[[現象]]・藝術([[リベラルアーツ]]の訳語)・[[技術]]など、西欧語のそれぞれの単語に対応する日本語を創生した。}}。
 
[[漢語]]の本場である[[中国]]では、西周が作った「哲学」という訳語が、いわば[[逆輸入]]されて現在も使われている{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=144}}。経緯としては、[[清末民初]]([[1900年代]]前後)の知識人たちが、同じ[[漢字文化圏]]に属する日本の訳語を受容したことに由来する<ref>{{Cite journal|和書|author=高坂史朗|year=2004|title=Philosophyと東アジアの「哲学」|url=https://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/il/meta_pub/G0000438repository_KJ00000725803|journal=人文研究|volume=8|page=4|publisher=大阪市立大学}}</ref>{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=152f}}。
 
「哲」という[[漢字]]の意味(および同義字)は「賢人・知者(賢)、事理に明らか(明)、さとし(敏)」などがある<ref>[https://wagang.econ.hc.keio.ac.jp/zigen/ KO字源「哲」]</ref>。字源は「口」+音符「折」からなる[[形声文字]]である<ref>[[wikt:哲]]</ref>。<!--{{誰}}は「{{要出典}}哲学の本質的な活動や実践は、哲学の語源より「希哲」である。」と述べた。--><!--だが、「希哲」という語が輸入されなかった<ref name="etymology" />。--><!--{{誰}}は「{{要出典}}輸入されなかったことが原因で「[[哲学する]]」という俗語が生まれた。」と述べた。-->
 
==== 「理学」 ====
「哲学」という訳語が採用される以前、日本や中国では様々な訳案が出されてきた{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}。とりわけ、儒学用語の「[[理]]」あるいは「[[格物致知|格物窮理]]」にちなんで、「[[理学]]」と訳されることが多かった。{{関連記事|理学|理学部}}
 
[[17世紀]]・[[明末]]の中国に訪れた[[イエズス会]]士[[ジュリオ・アレーニ]](艾儒略)は、西洋の諸学を中国語で紹介する書物『西学凡』を著した。同書のなかでフィロソフィアは、「理学」または「[[理科]]」と訳されている{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}<ref name="taishin">{{Cite book|和書|title=[[戴震]]と中国近代哲学:漢学から哲学へ|date=|year=2014|publisher=知泉書館|author=石井剛|authorlink=石井剛|isbn=978-4862851697|page=176f}}</ref>。
 
日本の場合、[[幕末]]から[[明治]]初期にかけて、[[洋学]](西洋流の学問一般)とりわけ[[物理学]]([[自然哲学]])が、「[[窮理学]]」と呼称されていた<ref name="miyake" />。例えば[[福沢諭吉]]の『[[窮理図解]]』は物理学的内容である。一方、[[中江兆民]]はフィロソフィアを「理学」と訳した<ref name="miyake" /><ref name="taishin" />。具体的には、兆民の訳書『理学沿革史』([[アルフレッド・フイエ|フイエ]] ''Histoire de la Philosophie'' の訳)や、著書の『理学鉤玄』(哲学概論)をはじめとして、主著の『[[三酔人経綸問答]]』でも「理学」が用いられている。ただし、いずれも文部省が「哲学」を採用した後のことだった<ref name="miyake" />。なお、兆民は晩年の著書『一年有半』で「わが日本古より今に至るまで哲学なし」と述べたことでも知られる<ref name="waganihon">{{CRD|1000342530|①中江兆民が「日本の問題の根本は哲学がないことだ」といったような文を残していたと思うが、その原典を知...|早稲田大学図書館}}</ref>。
 
上記の中国清末民初の知識人の間でも、「哲学」ではなく「理学」と訳したほうが適切ではないか、という見解が出されることもあった<ref name="oukokui">{{Cite journal|和書|author=楊冰|year=2014|title=王国維の哲学思想の出発点「正名説」における桑木厳翼の『哲学概論』(1900)の影響 : 王国維の『哲学弁惑』(1903)を中心に|url=https://doi.org/10.24729/00004353|journal=人文学論集|volume=32|page=125|publisher=大阪府立大学人文学会}}</ref>{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=154}}。
 
「理学」が最終的に採用されず、「哲学」に敗れてしまった理由については諸説ある。上述のように「理」は既に物理学に使われていたため、あるいは「理学」という言葉が儒学の一派([[朱子学]]・[[宋明理学]])の[[同義語]]でもあり混同されるため、あるいはフィロソフィアは儒学のような[[東洋思想]]とは別物だとも考えられたため、などとされる<ref name="miyake" />{{Sfn|桑兵(著), 村上衛(訳)|2013|p=154}}。上記の西周や[[桑木厳翼]]も、本来は「理学」と訳すべきだが、そのような混同を避けるために「哲学」を用いる、という立場をとっていた<ref>{{Cite journal|和書|author=笠木雅史|year=2020|title=「哲学」の概念工学とはどのようなことか|url=http://www.wakate-forum.org/data/tankyu/47/47_02(2-26).pdf|journal=哲学の探求|volume=47|pages=15-16|publisher=哲学若手研究者フォーラム}}</ref>{{Sfn|中島|2023|p=11f}}。
 
明治哲学界の中心人物の一人・[[三宅雪嶺]]は、晩年に回顧して曰く「もしも[[江戸時代|旧幕時代]]に明清の学問(宋明理学と[[考証学]])がもっと入り込んでいたならば、哲学ではなく理学と訳すことになっていただろう」「[[中国哲学]]・[[インド哲学]]という分野を作るくらいなら理学で良かった」「理学ではなく哲学を採用したのは日本の[[漢学者]]の未熟さに由来する(漢学は盛んだったがそれでもまだ力不足だった)」という旨を述べている<ref name="miyake" />{{Sfn|齋藤 毅|2005|p=第10章 哲学語源――艾儒略から西周・三宅雪嶺まで}}。
 
== 哲学の対象・主題 ==
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[[ソクラテス以前の哲学者|ソクラテス以前の初期ギリシア哲学]]では、対象は(現在の意味とは異なっている自然ではあるが)「[[自然]]」であった。紀元前5世紀頃の[[ソクラテス]]は < 不知の知 > の自覚を強調した<ref name="itsj">岩波 哲学・思想事典,1998年。 p.1119 右</ref><!--{{要検証}}イオニア哲学による事物の生成消滅、存在することの説明に納得がいかなかったために、「そういった考察には自分はまったくと言っていいほど不向きにできている」と考えて自然研究から離れ<ref>『哲学の歴史 1巻』, p. 328-330{{要出典|date=2012年7月|title=書誌情報の不足により参考文献が特定不可能}}</ref>、-->。その弟子の[[プラトン]]や孫弟子の[[アリストテレス]]になると、人間的な事象と自然を対象とし、壮大な体系を樹立した。[[ヘレニズム]]・ローマ時代の哲学では、[[ストア派]]や[[エピクロス学派]]など、「自己の安心立命を求める方法」という身近で実践的な問題が中心となった<ref name="jge-p138b" />(ヘレニズム哲学は哲学の範囲を倫理学に限定しようとしたとしばしば誤解されるが、ストア派やエピクロス派でも[[自然学]]や[[論理学]]、[[認識論]]といった様々な分野が研究された<ref>A・A・ロング『ヘレニズム哲学』金山弥平訳、京都大学学術出版会、2003年6月25日、ISBN 978-4-87698-613-2、p10</ref>。平俗な言葉で倫理的主題を扱った印象の強い後期ストア派でも、[[セネカ]]が『自然研究』を著している)。
 
ヨーロッパ[[中世]]では、哲学の対象は自然でも人間でもなく「[[神]]」であったと謂われることが多い<ref name="jge-p138b" />。しかし、[[カッシオドルス]]のように専ら[[医学]]・[[自然学]]を哲学とみなした例もある<ref>野町啓「総序」『中世思想原典集成5 後期ラテン教父』平凡社、1993年9月20日、ISBN 4-582-73415-4、p15</ref> し、[[ヒッポのアウグスティヌス]]から[[オッカムのウィリアム]]に至る中世哲学者の多くは[[言語]]を対象とした哲学的考察に熱心に取り組んだ<ref>永嶋哲也、周藤多紀「中世の言語哲学」『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』講談社選書メチエ、2011年12月10日、ISBN 978-4062585156 、p153</ref>。また、中世の中頃以降は大学のカリキュラムとの関係で「哲学」が[[自由七科]]を指す言葉となり、[[神学]]はこの意味での「哲学」を基盤として学ばれるものであった<ref name="ReferenceA">[[加藤和哉]]「中世における理性と信仰」『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』講談社選書メチエ、2011年12月10日、ISBN 978-4062585156 、p343-344</ref>。
 
さらに時代が下り近代になると、人間が中心的になり、自己に自信を持った時代であったので、「人間による[[認識]]」(人間は何をどの範囲において認識できるのか)ということの探求が最重要視された<ref name="jge-p138b" />。「人間は理性的認識により真理を把握しうる」とする[[合理論]]者と、「人間は経験を超えた事柄については認識できない」とする[[経験論]]者が対立した<ref name="jge-p138b" />。[[カント]]はこれら合理論と経験論を総合統一しようとした<ref name="jge-p138b" />。
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現代日本の[[哲学科]]における哲学研究は、西洋哲学を紹介するだけの「輸入学問」であり、哲学史を研究するだけの「哲学学」に過ぎない、という見解もある<ref>{{Cite web |title=第1章 人文学の課題:文部科学省 |url=https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/siryo/attach/1337671.htm |website=文部科学省ホームページ |access-date=2024-05-11 |language=ja |year=2008}}</ref>。言い換えれば、日本の哲学研究者の大半は、本来の哲学からかけ離れた活動をしているとされる<ref>『哲学者とは何か』中島義道</ref>。
 
[[中江兆民]]は、日本に[[ジャン=ジャック・ルソー|ルソー]]などを紹介した一方、晩年の『一年有半』(1901)で「わが日本古より今に至るまで哲学なし」と述べ<ref name="waganihon" >{{CRD|1000342530|①中江兆民が「日本の問題の根本は哲学がないことだ」といったような文を残していたと思うが、その原典を知...|早稲田大学図書館}}</ref>、同時代の[[井上哲次郎]]を「哲学者と称するに足らず」と批判した{{Sfn|中島|2023|p=23}}。
 
[[西田幾多郎]]は、[[エトムント・フッサール|フッサール]][[現象学]]などの西洋哲学および[[仏教]]などの東洋哲学の理解の上に、『[[善の研究]]』(1911)を発表、知情意が合一で主客未分である[[純粋経験]]の概念を提起した。またその後、場所の論理あるいは無の論理の立場を採用した。彼の哲学は「[[西田哲学]]」と呼ばれるようになった。