古賀忠雄
1903-1979, 美術家
来歴
編集1903年(明治36年)、佐賀市水ヶ江に生まれる。佐賀県師範学校附属小学校(現佐賀大学文化教育学部附属小学校)高等科を卒業後、県立有田工業学校(現県立有田工業高等学校)絵画科へ入学。同校在学中に日本画家・腹巻丹丘よりその手腕を認められ、東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科塑像部本科へ入学。1929年に「仏心」で第10回帝展入選。
1939年に「岬の男」で第3回文展(現日展)特選を受賞。1943年4月、「建つ大東亜」で帝国芸術院賞受章[1]。1945年、日展委員に就任。練馬にアトリエを構え彫刻を中心に陶器・絵画など様々な分野の作品を発表する。1967年に日本芸術院会員となって以降、日本彫刻会理事長を始め複数の要職に就いた。
1979年死去。享年77(満76歳没)。作品の多くは郷里の佐賀県立美術館に隣接する佐賀城公園に「古賀忠雄 彫刻の森」として常設展示されている。他にも佐賀県立森林公園に「森の幻想」がある。
代表作
編集- 起つ大東亜(第5回文展出品、帝国芸術院賞)
- 現代を見つめる西郷隆盛(鹿児島県霧島市・西郷公園)
家族・親族
編集- 古賀晟 - 子。彫刻家・日展評議員。
脚注
編集外部リンク
編集- 古賀忠雄彫刻の森(佐賀県立美術館)