熱力学的な系の内部エネルギーUの微小変化dUを考えると、熱力学第一法則より、
が成り立つ。ここで、d'Qは外部から系に流れる熱量、d'Wは系が外部にする仕事である。系のエントロピーをS、熱力学的温度をTとすると、d'Q=TdSであるから、上式は、
となる。系が外部と粒子の出入りがない場合では、圧力をP、体積をVとすると、d'W=PdVであるから、
となるが[1]、粒子の出入りがある場合では、追加の項が必要であり、dUは
(A)
となる[2]。(すなわち、 である)
ここで、 は成分iの物質量 の微小変化を表しており、 は
で定義される、化学ポテンシャルと呼ばれる量[3]である。(全微分も参照。)括弧に付く添え字はその変数を一定にして偏微分することを意味する。また、 は 以外の全ての成分の物質量を表す。
化学ポテンシャルは様々な変数の組の関数として、また様々な熱力学ポテンシャルの偏微分の関数として表現される。例えば、Fを系のヘルムホルツエネルギーとすると、成分 の化学ポテンシャルは
と表される[4]。これは次のようにして示される。まず、
なので、その微小変化は、
である。ここで(A)のdUを代入すると、
である。(ここで、UからFへの変換はルジャンドル変換となっている。)よって、
となる。同様に、系のギブズエネルギーG=U-TS+PVとエンタルピーH=U+PVに対して、
も示される。また、(A)より、エントロピーSの微小変化は
なので、
も成り立つ。
温度 T と圧力 p、および物質量の組 N = (N1, N2,...) により平衡状態が指定される場合での化学ポテンシャルは
で与えられる[9]。
このように温度と圧力と、1成分を除いた物質量を固定した示量変数の偏微分は部分モル量(partial molal quantity)と呼ばれ[11][12]、この意味で化学ポテンシャルは部分モルギブズエネルギーに等しい。
系のスケール変換を考えれば、ギブスエネルギーと物質量の示量性、及び温度と圧力の示強性から、スケール・パラメータ λ に対して
が成り立つ。これを λ について微分すれば
であり、λ = 1 と置けば
の関係が得られる。各成分の化学ポテンシャルとその成分の物質量の積の総和がギブズエネルギーとなる。
特に単一成分系では
であり、ギブズエネルギーは物質量に比例し、化学ポテンシャルは物質量に依らない。
つまり1成分系では温度と圧力が等しければ化学ポテンシャルは等しい。これは自由に熱を通し自由に動くことができる壁に穴を開けても、平衡状態は変化しない(壁の両側でマクロな物質量は変化しない)ことを意味する[6]。
理想気体のモル体積は Vm = RT/p であり、これを積分すると
となる。ここで p° は標準状態圧力、μ° は標準化学ポテンシャルである。
実在気体の場合はモル体積をビリアル展開で
と表わしたものを積分すれば
となる。標準化学ポテンシャルは
で定義される[13]。
また、フガシティー f を用いることで実在気体の化学ポテンシャルを
と表わすこともできる。ビリアル展開の形と比較すれば、フガシティーは
である[13]。
混合物の組成をモル分率 xi の組で表したとき、理想混合系の化学ポテンシャルは
で表される[14]。ここで * は純物質における量を表している。
特に理想混合気体では
となり、純粋系での圧力をその組成の分圧 xi p で置き換えた形となる。
実在気体の混合系では、分圧をフガシティーへ置き換えて表される。
実在の固溶体や実在溶液では、モル分率を活量へ置き換えて
で表わされる[15]。
理想溶液において、溶質 i の濃度が質量モル濃度 bi で表されるときの化学ポテンシャルは
で表される。ここで b° は標準質量モル濃度であり、通常 b° = 1 mol/kg に選ばれる。
溶質の濃度がモル濃度 ci で表されるときの化学ポテンシャルは
で表される[16]。ここで c° は標準モル濃度であり、通常 c° = 1 mol/L に選ばれる。
実在溶液の場合は活量を用いることで、それぞれに
と表わすことができる[17][16]。
無限希釈の極限 b → 0 あるいは c → 0 で理想溶液に漸近するので、標準化学ポテンシャルは
で定義される[17]。
溶質の濃度が質量モル濃度 b で表されるときの溶媒のモル分率は
なので、理想溶液における溶媒の化学ポテンシャルは
である。実在溶液においては活量で置き換えて
となる。
ここで
は浸透係数である。
このときギブズエネルギーは
となる。ここで app は見かけの量 (apparent molar property) を表している。
化学量論数 νi で表される化学反応において、反応進行度を ξ とすれば、物質量は
と表わされる。等温等圧条件下ではギブズエネルギーが減少する方向に変化が進行し、平衡状態においてギブズエネルギーが極小となる。従って
を満たす ξ において化学平衡となる。
反応のギブズエネルギーは化学ポテンシャルを用いて
と書くことができて、理想混合気体においては
となる。
標準平衡定数を
で定義すれば、平衡の条件は
となる。