勝楽寺 (所沢市)
埼玉県所沢市の町名
勝楽寺(しょうらくじ)は、埼玉県所沢市の南西部の大字[5]。郵便番号は359-1154[3]。
勝楽寺 | |
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北緯35度46分22.44秒 東経139度23分48.84秒 / 北緯35.7729000度 東経139.3969000度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 埼玉県 |
市町村 | 所沢市 |
地区 | 山口地区[1] |
設置 | 1943年(昭和18年)4月1日 |
人口 | |
• 合計 | 0人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
359-1154[3] |
市外局番 | 04[4] |
ナンバープレート | 所沢 |
地理
所沢市の南西端に位置し、山口地区に所属する[1]。 同市上山口・三ヶ島・堀之内、入間市宮寺、および東京都西多摩郡瑞穂町石畑、武蔵村山市中央・三ツ木・本町、東大和市多摩湖に隣接する。
かつては埼玉県入間郡勝楽寺村、その後山口村にあたる。1927年に山口貯水池(狭山湖)の建設が始まって以降、ほぼ全域が山口貯水池(狭山湖)もしくは保安林となっており、現在、同所を住所としている建物は東京都水道局の貯水池管理事務所(および付帯施設)のみである。水没前[6]、勝楽寺と呼ばれる寺院があったが貯水池の工事に伴い、そのまま建造物を解体・移転移築し、現在の所沢市大字山口1119に仏蔵院と名前を変えて存在している[7]。
歴史
しょうらくじむら 勝楽寺村 | |
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廃止日 | 1902年6月1日 |
廃止理由 |
新設合併 山口村、上山口村、勝楽寺村 → 山口村 |
現在の自治体 | 所沢市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
都道府県 | 埼玉県 |
郡 | 入間郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
799人 (1889年) |
隣接自治体 |
埼玉県 入間郡上山口村、三ヶ島村、宮寺村 東京府 北多摩郡横田村、三ツ木村、芋窪村 西多摩郡石畑村 |
勝楽寺村役場 | |
所在地 | 埼玉県入間郡山口村 |
ウィキプロジェクト |
当地は狭山丘陵の谷の奥に位置し、水に恵まれ古くから人が住み、農業と織物の生産で繁栄した[8]。
地名の由来
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い勝楽寺村が発足。山口村、上山口村と町村組合を結成し、山口組合村となる。
- 1902年(明治35年)6月1日 - 山口組合村3村が合併し、改めて山口村が発足。同村の村域となる。
- 1927年(昭和2年) - 山口貯水池(狭山湖)の建設が開始され、一帯が水没し住民は隣の小手指村などに移住した。
- 1934年(昭和9年) - 山口貯水池完成。
- 1942年(昭和17年)3月31日 - 根古屋城跡が埼玉県指定史跡に指定される[10]。
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 山口村が所沢町・小手指村・富岡村・吾妻村・松井村と合併して所沢町大字勝楽寺となる。
- 1950年(昭和25年)11月3日 - 所沢町が市制施行して所沢市となる。
- 1975年(昭和50年) - 狭山湖の修復工事のため排水され、約40年ぶりに湖底の地面が現れる[11]。
交通
- 鉄道
- 道路
施設
史跡
脚注
注釈
出典
- ^ a b 所沢市公式「防災ガイド Archived 2011年3月15日, at the Wayback Machine.・避難所マップ(山口地区マップ)」 (PDF) 2014年9月閲覧
- ^ “最新の人口について”. 所沢市 (2017年10月17日). 2017年10月20日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月20日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1988年7月再版、P1088。
- ^ “狭山湖にも住所がある 湖底に沈んだ山口村”. 所沢市役所 (2008年12月1日). 2014年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月13日閲覧。
- ^ “勝楽寺の景観(大正末〜昭和初期)”. 所沢市役所 (2015年5月8日). 2022年5月13日閲覧。
- ^ a b “ところざわ歴史まめ知識13(8・9ページ みんなのひろば)”. 広報ところざわPDF版 平成23年6月号 1071号. 所沢市役所 (2015年9月25日). 2022年5月13日閲覧。
- ^ 新編武蔵風土記稿 勝楽寺村.
- ^ a b “根古屋城跡”. 所沢市役所 (2019年3月7日). 2022年5月13日閲覧。
- ^ “狭山湖底(昭和50年)”. 所沢市役所 (2015年5月8日). 2022年5月13日閲覧。