兵部
三省六部のひとつ
(兵部尚書から転送)
兵部(へいぶ、満洲語:coohai jurgan)は、中国中世から近世の役所で、六部の一。国防を担当し、長官を尚書(兵部尚書)、次官を侍郎(兵部侍郎)という。尚書は正三品で1名、侍郎は2名。
中国の歴史
編集兵部は隋の時代に設置され、唐に継承された。属曹に兵部、職方(しょくほう)、駕部(がぶ)、庫部(こぶ)の4司を設けてそれぞれに判官である郎中(ろうじゅう)と員外郎(いんがいろう)を置き[1]、武官の人事・兵器・軍政などを管掌した。
その後も兵部の設置を踏襲したが、王朝により権限は異なっていた。宋、遼、金、元では軍政を担当しなかった。明ではその権限は重かったが、清では武官の選抜と処分・兵器・兵站を担当するだけで兵権に干渉できなかった。
清の光緒32年(基督教暦1906年)、光緒新政で陸軍部(olhon jugūn i coohai jurgan)と改められ、後に海軍部も設置され、兵部の名称は廃せられた。