三朝村

日本の鳥取県東伯郡にあった村

三朝村(みささ[1][2]そん)は、鳥取県東伯郡にあった。現在の東伯郡三朝町の一部にあたる。

みささそん
三朝村
廃止日 1953年11月1日
廃止理由 新設合併
三朝村三徳村小鹿村旭村竹田村 → 三朝町
現在の自治体 東伯郡三朝町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陰地方
都道府県 鳥取県
東伯郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 2,146
国勢調査、1950年)
隣接自治体 東郷町、三徳村、小鹿村、旭村、倉吉市
三朝村役場
所在地 鳥取県東伯郡三朝村大字三朝
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地理

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天神川とその支流三徳川・小鹿川の流域に位置していた[2]

  • 河川:加茂川[3]

歴史

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  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制の施行により、河村郡大瀬村、横手村、山田村、三朝村、砂原村が合併して村制施行し、三朝村が発足[1][2]。旧村名を継承した大瀬、横手、山田、三朝、砂原の5大字を編成[2]
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により東伯郡に所属[2]
  • 1947年(昭和22年)11月28日 - 昭和天皇が三朝温泉療養所に行幸(昭和天皇の戦後巡幸[4]
  • 1953年(昭和28年)11月1日 - 東伯郡三徳村、小鹿村、旭村、竹田村と合併し、町制施行し三朝町を新設して廃止[1][2]。合併後、三朝町大字大瀬・横手・山田・三朝・砂原となる[2]

地名の由来

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郷名の三朝庄にちなむ[2]

産業

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交通

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乗合自動車

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1918年(大正7年)三朝村営自動車が三朝 - 朝倉間、三朝 - 上井間を運行[2]。1935年(昭和10年)営業権を日ノ丸自動車に譲渡した[2]

医療

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教育

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  • 1873年(明治6年)山田小学校開校[5]。1892年(明治25年)山田尋常小学校の校舎を拡張し三朝尋常小学校に改称[2]。1906年(明治39年)高等科設置[2]。1938年(昭和13年)新校舎建設[2]。1941年(昭和16年)三朝国民学校を経て1947年(昭和22年)三朝小学校に改称[2]
  • 1947年、三徳村・小鹿村との3か村組合立三朝中学校を開校[2]。(現三朝町立三朝中学校

脚注

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  1. ^ a b c 『市町村名変遷辞典』743頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』729-730頁。
  3. ^ a b 「大瀬〈三朝町〉」『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』171頁。
  4. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、99頁。ISBN 978-4-10-320523-4 
  5. ^ a b c d 「山田〈三朝町〉」『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』797-798頁。

参考文献

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関連項目

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