カロルコ・ピクチャーズ

かつてのアメリカの映画制作会社

カロルコ・ピクチャーズCarolco Pictures, Inc.)は、かつて存在したアメリカ合衆国の独立系の映画製作会社である。『ターミネーター2』、『ランボー』シリーズ初期3作品(『ランボー』、『ランボー/怒りの脱出』、『ランボー3/怒りのアフガン』)などの大作映画により10年以上にわたって成功を収めてきたが、『カットスロート・アイランド』、『ショーガール』の失敗により倒産した。

Carolco Pictures, Inc.
元の種類
映画
業種 エンターテインメント
その後 倒産
後継 C2ピクチャーズ英語版
スタジオカナル
設立 1976年3月30日
創業者 マリオ・カサール ウィキデータを編集
解散 1995年12月22日
本社
主要人物
マリオ・カサール
アンドリュー・G・ヴァイナ
製品 映画作品
売上高 不明
利益
不明

歴史

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初期

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カロルコは映画投資家だったマリオ・カサールアンドリュー・G・ヴァイナによりアナバシス・インベストメンツとして設立させた。レバノン生まれで中東の映画市場に強いカサールと、香港などにいたことがあり極東の映画市場に強いヴァイナは、アメリカ本国とは異なる外国市場の映画の好みを熟知していた。

1982年の『ランボー』および1985年のその続編『ランボー/怒りの脱出』は興行的に成功をおさめた。

1986年、当時財政難であったインターナショナル・ビデオ・エンターテインメント英語版を買収し、ホームビデオに参入した[1]

1990年 - 1994年

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1990年、カロルコは『ターミネーター』シリーズの権利を獲得し、監督のジェームズ・キャメロンと主演のアーノルド・シュワルツェネッガーを続投させ、翌年に『ターミネーター2』が公開された。『ターミネーター2』は1991年公開作品で最高の興行収入となり、カロルコ史上でも最大のヒット作となった。

さらにカロルコは数年にわたって『スパイダーマン』の映画化に熱心に取り組み、ジェームズ・キャメロンに作らせようとしていた。最終的に企画は頓挫し、後にコロンビア ピクチャーズサム・ライミ監督で実現させた。キャメロンは『トゥルーライズ』の撮影が終わったころには『スパイダーマン』の脚本をカロルコに渡していた[2]

倒産

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カロルコの作品の製作費は増加し続けたものの、興行収入は次第に減少していった。1995年、新たな配給パートナーとなったメトロ・ゴールドウィン・メイヤーにより公開された『カットスロート・アイランド』と『ショーガール』の失敗によりカロルコは第11章破産保護を申請し、その後すぐに閉鎖した。カロルコが所持していた資産の多くは20世紀フォックスにより5000万ドルで買い取られた[3]

カサールとヴァイナは2002年にC2ピクチャーズ英語版を設置した。

フィルモグラフィ

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1970年代

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1980年代

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1990年代

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参考文献

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外部リンク

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