イード・アル=アドハー
イード・アル=アドハー(アラビア語: عيد الأضحى ʿīd al-ʾaḍḥā、Eid al-Adha)は、イスラム教で定められた宗教的な祝日。イブラーヒーム(アブラハム)が進んで息子のイスマーイール(イシュマエル)をアッラーフへの犠牲として捧げようとした事[1]を世界的に記念する日。ムスリムの巡礼月の10日に行われるイード(祝祭)である、イード・アル=フィトルと同様に、イード・アル=アドハーは短い説教をともなう祈祷(フトゥバ)から始まる。イード・アル=フィトルより長期間にわたるため、「大イード」などとも呼ばれる。また、日本では「犠牲祭」と意訳され、ロシアを筆頭とする(中央アジア地域も含む)旧ソ連構成国では「ウラザバイラム(ロシア語: Курбан-байрам)」と呼ばれている[2]。
イード・アル=アドハーはヒジュラ暦の12月10日から4日間にわたって行なわれる。この日は世界中のムスリムによるサウジアラビアのメッカへの毎年恒例の巡礼においてアラファト山を降りる日の翌日にあたり、すなわちハッジの最終日である。また、巡礼に参加しているムスリムはもちろん、巡礼に参加していないムスリムも経済的能力があれば動物を(羊の場合は1人分、ラクダおよび牛の場合は最大7人まで)贄として捧げ、この日を祝う。
別名
編集イード・アル=アドハーは、イスラム世界で広く使われる別名も持っている。以下に例を挙げる。
- クルバン(アラビア語でقربان Qurbān=犠牲)に由来する語
その他の地域
タバスキ…セネガル、ニジェール、モロッコ、ベナンなど西・中央アフリカ諸国。
イード・アル・カビール(アラビア語:عيد الكبير `Īd al-Kabīr大祭) アラブ文化圏…イエメン、シリア、北アフリカ諸国、マグレブ フランス語…マグレブからの移民の影響。
歴史と現状
編集老若男女を問わず、イードに参加する全てのムスリムは正装を着用してモスクに集うよう求められる。また、所有するヒツジやラクダ、ウシ、ヤギなどの家畜から生贄を供出することもできる。供出された動物はウドヒヤ(udhiya、アラビア語でأضحية)またはカルバニと呼ばれ、年齢や品質の基準を満たしたものだけが適格とされる。一般的には、4歳以上で26ストーン(163.8kg)より重いものがふさわしい。生贄に捧げる際にはアッラーフの名を復唱し、ムハンマドと同じように嘆願を述べる。コーランによれば、肉の大部分は飢えた貧しい人々に与えられるべきであり、これらの人々はイード・アル=アドハーの宴会に参加できる。残りは家族にお祝いの食事として分けられ、親族や友人を招いてこれを食べる。貧しくないムスリムは捧げられた食物に手をつけない事で協力し、イード・アル=アドハー期間中のイスラム社会における慈善が実践される。イスラム社会においては、イード・アル=アドハーを通じて倫理的な実践が強く確認される。また、人々は、期間中に両親、家族・友人の順番に親族などを訪問する。
初日と最終日にタクビールを唱える(「アッラーフ・アクバル」と唱える)事と同様に、肉をふるまう事はイード・アル=アドハーにおける不可欠な要素とみなされる。
グレゴリオ暦との関係
編集太陰暦に基づくイスラム暦においてイード・アル=アドハーは毎年同じ日付に行なわれるが、一般的な太陽暦を採用しているグレゴリオ暦では年ごとに日付が異なる[注釈 1]。また、年によってはグレゴリオ暦で相当する日付が2種類になる場合もある。具体例は以下の通り[5]。換算を提供するサイトもある[6]。
西暦(年) | グレゴリオ暦の日付 |
---|---|
2005 | 1月21日 |
2006 | 1月10日 |
12月31日 | |
2007 | 12月19日 |
2008 | 12月 | 8日
2009 | 11月27日 |
2010 | 11月16日 |
2011 | 11月 | 6日
2012 | 10月26日 |
2013 | 10月15日 |
2014 | 10月 | 4日
2015 | 9月23日 |
2016 | 9月12日 |
2017 | 8月31日 |
2018 | 8月20日 |
2019 | 8月10日 |
2020 | 7月31日 |
2021 | 7月20日 |
2022 | 7月 9日 |
脚注
編集注釈
編集- ^ ムハッラム、ラマダン、シャワール(Shawwāl)、ズー・ル=ヒッジャの月の暦の日付は、サウジアラビアの宗教当局によって頻繁に調整される。当月に三日月を目撃した報告によって日付が動く点に注意[4]。
出典
編集- ^ イサクの燔祭のこと。『クルアーン』ではイブラーヒーム(アブラハム)は息子を犠牲に捧げようとしたとされているが、それがイスハーク(イサク)の方か、イスマーイール(イシュマエル)の方かは明確に示されていない。キリスト教やシーア派ではイサクを犠牲にしようとしたとされるが、スンナ派の大多数ではイスマーイールの方を犠牲にしようとしたとされている。
- ^ 「断食月ラマダン終了 世界各地で祝祭(2020年5月25日, 21:55)」(スプートニク日本版)
- ^ エッセイ・コミックス「トルコで私も考えた」シリーズ「ジェネレーションズ」収録「ケナン・トルコへ行く 2017」内「◆③トルコ再入国◆」149頁(著:高橋由佳利、出版:集英社、2018年6月30日、ISBN978-4-08-792030-7)
- ^ “Advancement and Postponement of the Umm al-Qura Calendar [ウンム・アル・クラ暦の繰り上げと繰り下げ]”. webspace.science.uu.nl. The Umm al-Qura Calendar of Saudi Arabia. 2024年12月9日閲覧。
- ^ “current lunar phase”. webspace.science.uu.nl. The Umm al-Qura Calendar of Saudi Arabia [現在の太陰暦:サウジアラビアのウンム・アル・クラ暦]. 2024年12月9日閲覧。 “サウジアラビアが資金援助するモスクや現代のコンピュータ・ソフトウェアとして、たとえばアラビア語設定のマイクロソフト・ソフトウェアでウンム・アル・クラ暦を既定のイスラム暦に採用しており普及が加速していることから、非イスラム諸国の多くのイスラム教徒コミュニティもこの暦に従う傾向にある。これまでにサウジアラビアの太陰暦にも従うと発表した組織に、北アメリカ・イスラム協会(ISNA=Islamic Society of North America)、北アメリカ・フィクフ評議会(FCNA=Fiqh Council of North America)、ヨーロッパ・ファトワ研究評議会(ECFR=European Council for Fatwa and Research)がある。”
- ^ “Western-Islamic Calendar Converter based on the Umm al-Qura Calendar (1356 AH to 1500 AH) [西暦・イスラム暦換算:ウンム・アル・クラ暦(ヒジュラ暦1356年から同1500年a)基準]”. webspace.science.uu.nl. The Umm al-Qura Calendar of Saudi Arabia. 2024年12月9日閲覧。 “イスラム暦の日付は日没から始まるため、この日付換算で表示する西暦の日付は、実際には真夜中始まりの日付である点に注意。そこで表示される西暦の日付は、正確には前日の日没(およそ6時間前)に相当する。(a=2077年11月16日)”
外部リンク
編集- イード・アル=アドハーの説明 - ウェイバックマシン(2004年6月21日アーカイブ分)
- イスラムQ&Aによる解説