警察小説
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警察小説(けいさつしょうせつ)は推理小説(ミステリー)の一つの形式であり、警察官もしくは刑事、あるいは彼らを含む警察機構や組織の事件・犯罪に対する捜査活動を軸に展開する小説のジャンルである。刑事小説(けいじしょうせつ)、ポリス・プロシーデュラル (Police procedural) とも称される。
概要
警察小説とは、推理小説の中で主役を張ることが多い探偵(職業としての探偵ばかりでなく、事件の関係者が真実を追うため結果としてそうなることもある)に対して「脇役」的存在であることの多かった「警察官」というポジションを主人公、またはそれに近い立場に置いたものである。ただし、警察官が探偵役であるからといって必ずしも警察小説と呼ばれるとは限らない。内容は執筆作家が多数であることもあって、本格サスペンスから活劇、暗黒小説などと幅広い。
ハードボイルド要素を織り込んだ作品も多いが、横山秀夫らの登場により、推理要素を取り込みながらも人情ある人間ドラマを重視した作品も増えてきている。近年は特定の主人公を置きつつも、警察の組織的捜査を比較的リアルなタッチで描く作品が多く現れており、これらをもっとも狭義の警察小説と呼ぶこともできる。
こうした傾向や、テレビドラマの影響により、かつてのように連続殺人事件を所轄警察署に属する数名の刑事だけで捜査したり、県境をまたいで捜査したり逮捕したりといった現実離れした描写の小説は少なくなった。また、捜査上の秘密として従来はあまりオープンにされなかった警察組織の内部機構ではあるが、警察官や組織ぐるみの不祥事などが顕在化するにつれ、市民生活に密着した彼らの活動を批判的あるいは逆に称揚的に評価するさまざまな描写の作品が生まれ、TVドラマ・シリーズの原作となるケースも多い。
科学捜査を主題とした作品では鑑識官が主人公となる作品もある。科学や医学の進歩により新しい捜査手法が登場しており、最新の知見を反映した作品が定期的に制作されている。
歴史
『千夜一夜物語』は、バグダッドやカイロのような大都市に警察官が存在したことを示している[1]。
文学史上最初の警察官探偵はおそらく、チャールズ・ディケンズが交友のあったスコットランド・ヤードの捜査官をモデルにしたという、『荒涼館』(1853年)に登場するバケット警部であろう。但し、このバケット警部は後年にF・W・クロフツが生み出すフレンチ警部のような個性の乏しい人物である。
シリーズ刑事として最初の警察官探偵はエミール・ガボリオの『ルルージュ事件』(1866年)から『ルコック探偵』(1869年)までの3編または4編に登場するパリ警視庁のルコックである。なお、アーサー・コナン・ドイルは『緋色の研究』の中でシャーロック・ホームズに「取り柄といえばたったひとつ、精力的に動くという点だけだ」と罵倒させている。
第一次世界大戦以前は、レストレード警部しかり、ホームズのような民間探偵の引立て役に過ぎなかったが、大戦後はクロフツ『フレンチ警部最大の事件』(1925年)、パリ警視庁のジュール・メグレが活躍するジョルジュ・シムノン『怪盗レトン』(1929年)など、警察官がヒーローとしていくらか復権する。
リアリズムという点でクロフツがダシール・ハメットに及ばなかったように、近代的警察捜査小説のはしりと言われるローレンス・トリートの『被害者のV』(1945年)もミッキー・スピレインのマイク・ハマーの登場でかすむなど、警察小説は発展しかける度にハードボイルドの大きな潮流に飲まれてしまうという不遇なジャンルであった。
1956年、エド・マクベインが警察官の私生活まで描く『87分署シリーズ』を発表する。
日本では、戦前はアーサー・コナン・ドイルやS・S・ヴァン=ダインを手本にしたせいか、警察官は道化役であることが多かった。戦後になっても、金田一耕助の等々力警部などに引き継がれたが、鮎川哲也の鬼貫警部や松本清張『点と線』の三原警部など、主役として活躍する警察官が登場し始める。
1965年から1975年にかけてスウェーデンの作家ペール・ヴァールーが妻のマイ・シューヴァルとの共同で発表したマルティン・ベックシリーズは日本でも人気となったが、警察組織の活躍譚はなかなか主流にならなかった。この点について今野敏は「『鬼平犯科帳』が集団捜査ものとしても警察群像ものとしても優れていたからではないか」という推測を唱えている[2]。その後はテレビが隆盛となり、『新宿警察』を始めとする刑事ドラマが多数放映され、小説は多数の刑事を識別するという点で映像作品には敵わない。
1988年、今野敏は『鬼平』のような現代の侍を書こうと考え、「安積班シリーズ」を執筆した。警察小説が初めて多数の読者を獲得したのは、大沢在昌の『新宿鮫』だが、これはどちらかというとハードボイルドに近いものがある。『新宿鮫』の登場により、高村薫、柴田よしき、乃南アサ、新津きよみなど女性作家が警察ものを書き始める。
1998年、横山秀夫が刑事でない警察官を主人公とした『陰の季節』を発表したことで、日本の警察小説は大きな転換点を迎えた。警務部の職員が主人公でも警察小説が書けることが証明され、警察小説に企業小説を取り入れた新ジャンルが構築されたが、ガラパゴス的な進化を遂げたとも言える。[3]
代表作家
国内
- 大沢在昌 - 代表作「新宿鮫シリーズ」。主人公に「孤高」という立場を与えたハードボイルド小説シリーズである。
- 逢坂剛 - 代表作「禿鷹」シリーズ。ハードボイルドタッチの警察小説に暗黒小説の要素を取り込んだ新しい形の小説シリーズである。他に主人公が複数かつリレー状の公安警察シリーズがあり、トリッキーな名作「百舌の叫ぶ夜」(ドラマ「MOZU」原作)が含まれる。
- 横山秀夫 - 代表作「D県警」シリーズ、「半落ち」。作品の中に人間ドラマを展開しているのが特徴。サスペンスものも好評である。
- 森詠 - 代表作「横浜狼犬」シリーズ。本格ハードボイルドを持ち込んだ作品がある。
- 鳴海章 - 代表作「ニューナンブ」「えれじい」。アクションを取り込み、「闘う男」を活写した作品がある。
- 今野敏 - 代表作「隠蔽捜査」「安積班シリーズ」「ST 警視庁科学特捜班」。
- 黒崎視音 - 代表作「警視庁心理捜査官」。
- 堂場瞬一 - 代表作「刑事・鳴沢了シリーズ」。
- 雫井脩介 - 「犯人に告ぐ」「虚貌」など。
- 高村薫 - 代表作「合田刑事」シリーズ。「マークスの山」「レディ・ジョーカー」など。
- 松本清張 -代表作「点と線」。そのほか刑事を主人公にした作品を多数発表。
- 生島治郎 -代表作「追いつめる」は直木賞受賞作。
- 野沢尚 -代表作「烈火の月」。映画『その男、凶暴につき』の主人公が活躍する。
- 五十嵐貴久 -代表作「交渉人」。
- 西村京太郎 - 「十津川警部シリーズ」は、鉄道もの、祭りものなど多くの書籍が出版されているほか、「オール讀物」などの文芸誌への連載も多い。
- 佐々木譲 - 代表作「道警シリーズ」。「笑う警官」「警官の血」など。
- 佐竹一彦 - 元警視庁警部補という経歴から、警察内部の描写はリアルである。『ショカツ』は連続TVドラマともなった。病気急逝により作品数は少ない。
- 黒川博行- 代表作「大阪府警捜査一課シリーズ」名前が出てくる刑事だけで総勢六十名以上、総長&ブン、クロマメコンビなどが交代で主役をとつとめたり脇に回ったりする(たいていヒラか部長刑事)。ハードボイルド、暗黒小説も得意な作家だが、このシリーズは謎解き重視の傾向が強い。
- 鮎川哲也- 代表作 「ペトロフ事件」 東京警視庁の鬼貫警部が中国・大連で、その後おもに日本で活躍する。
- 誉田哲也- ジウ、姫川玲子シリーズ
- 富樫倫太郎- SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室シリーズ。
- 藤原審爾 - 新宿警察シリーズ。
- 北林優 - 警視庁鑑識課シリーズ。
- 濱嘉之 - 代表作「電子の標的」「世田谷駐在刑事」。元警視庁公安部警察官・内閣情報調査室職員。
- 笹本稜平 - 「駐在刑事」「越境捜査」「素行調査官」「所轄魂」の各シリーズ
- 安東能明 - 代表作「柴崎令司シリーズ」
- 内藤了 - 代表作「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子シリーズ」
- 吉川英梨 - 代表作「女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ」
- 麻見和史 - 代表作「警視庁捜査一課十一係シリーズ」
- 沢村鐵 - 代表作「クラン シリーズ」
海外
- R・D・ウィングフィールド - フロスト警部シリーズ。
- ヒラリー・ウォー - 代表作『失踪当時の服装は (Last Seen Wearing ...) 』やフェローズ警察署長が活躍する一連の作品。
- デボラ・クロンビー - 代表作「警視」シリーズ。
- シューヴァル&ヴァールー - マルティン・ベック警視シリーズ。
- ローレンス・トリート - 1945年に発表した『被害者のV (V as in Victim) 』は警察小説の最初期の作品。
- エド・マクベイン - 87分署シリーズ。
- マイクル・コナリー - LAPD刑事ハリー・ボッシュ・シリーズ。
- ジョルジュ・シムノン - メグレ警視シリーズ
- オレン・スタインハウアー - 『嘆きの橋』『極限捜査』…と続く東欧仮想小国の民警の犯罪捜査を追って、戦後から共産圏崩壊までを年代記的に描く5部作。
- ヘニング・マンケル - スウェーデンの地方刑事 クルト・ヴァランダー警部シリーズ