警察小説

文学のジャンル

これはこのページの過去の版です。柑田 (会話 | 投稿記録) による 2019年8月16日 (金) 01:33個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (国内)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

警察小説(けいさつしょうせつ)は推理小説ミステリー)の一つの形式であり、警察官もしくは刑事、あるいは彼らを含む警察機構や組織の事件犯罪に対する捜査活動を軸に展開する小説のジャンルである。刑事小説(けいじしょうせつ)、ポリス・プロシーデュラル (Police procedural) とも称される。

概要

警察小説とは、推理小説の中で主役を張ることが多い探偵(職業としての探偵ばかりでなく、事件の関係者が真実を追うため結果としてそうなることもある)に対して「脇役」的存在であることの多かった「警察官」というポジションを主人公、またはそれに近い立場に置いたものである。ただし、警察官が探偵役であるからといって必ずしも警察小説と呼ばれるとは限らない。内容は執筆作家が多数であることもあって、本格サスペンスから活劇暗黒小説などと幅広い。

ハードボイルド要素を織り込んだ作品も多いが、横山秀夫らの登場により、推理要素を取り込みながらも人情ある人間ドラマを重視した作品も増えてきている。近年は特定の主人公を置きつつも、警察の組織的捜査を比較的リアルなタッチで描く作品が多く現れており、これらをもっとも狭義の警察小説と呼ぶこともできる。

こうした傾向や、テレビドラマの影響により、かつてのように連続殺人事件を所轄警察署に属する数名の刑事だけで捜査したり、県境をまたいで捜査したり逮捕したりといった現実離れした描写の小説は少なくなった。また、捜査上の秘密として従来はあまりオープンにされなかった警察組織の内部機構ではあるが、警察官や組織ぐるみの不祥事などが顕在化するにつれ、市民生活に密着した彼らの活動を批判的あるいは逆に称揚的に評価するさまざまな描写の作品が生まれ、TVドラマ・シリーズの原作となるケースも多い。

科学捜査を主題とした作品では鑑識官が主人公となる作品もある。科学や医学の進歩により新しい捜査手法が登場しており、最新の知見を反映した作品が定期的に制作されている。

歴史

千夜一夜物語』は、バグダッドカイロのような大都市に警察官が存在したことを示している[1]

文学史上最初の警察官探偵はおそらく、チャールズ・ディケンズが交友のあったスコットランド・ヤードの捜査官をモデルにしたという、『荒涼館』(1853年)に登場するバケット警部であろう。但し、このバケット警部は後年にF・W・クロフツが生み出すフレンチ警部のような個性の乏しい人物である。

シリーズ刑事として最初の警察官探偵はエミール・ガボリオの『ルルージュ事件』(1866年)から『ルコック探偵』(1869年)までの3編または4編に登場するパリ警視庁のルコックである。なお、アーサー・コナン・ドイルは『緋色の研究』の中でシャーロック・ホームズに「取り柄といえばたったひとつ、精力的に動くという点だけだ」と罵倒させている。

第一次世界大戦以前は、レストレード警部しかり、ホームズのような民間探偵の引立て役に過ぎなかったが、大戦後はクロフツ『フレンチ警部最大の事件』(1925年)、パリ警視庁のジュール・メグレが活躍するジョルジュ・シムノン『怪盗レトン』(1929年)など、警察官がヒーローとしていくらか復権する。

リアリズムという点でクロフツがダシール・ハメットに及ばなかったように、近代的警察捜査小説のはしりと言われるローレンス・トリートの『被害者のV』(1945年)もミッキー・スピレインマイク・ハマーの登場でかすむなど、警察小説は発展しかける度にハードボイルドの大きな潮流に飲まれてしまうという不遇なジャンルであった。

1956年エド・マクベインが警察官の私生活まで描く『87分署シリーズ』を発表する。

日本では、戦前はアーサー・コナン・ドイルやS・S・ヴァン=ダインを手本にしたせいか、警察官は道化役であることが多かった。戦後になっても、金田一耕助の等々力警部などに引き継がれたが、鮎川哲也鬼貫警部松本清張点と線』の三原警部など、主役として活躍する警察官が登場し始める。

1965年から1975年にかけてスウェーデンの作家ペール・ヴァールーが妻のマイ・シューヴァルとの共同で発表したマルティン・ベックシリーズは日本でも人気となったが、警察組織の活躍譚はなかなか主流にならなかった。この点について今野敏は「『鬼平犯科帳』が集団捜査ものとしても警察群像ものとしても優れていたからではないか」という推測を唱えている[2]。その後はテレビが隆盛となり、『新宿警察』を始めとする刑事ドラマが多数放映され、小説は多数の刑事を識別するという点で映像作品には敵わない。

1988年、今野敏は『鬼平』のような現代の侍を書こうと考え、「安積班シリーズ」を執筆した。警察小説が初めて多数の読者を獲得したのは、大沢在昌の『新宿鮫』だが、これはどちらかというとハードボイルドに近いものがある。『新宿鮫』の登場により、高村薫柴田よしき乃南アサ新津きよみなど女性作家が警察ものを書き始める。

1998年横山秀夫が刑事でない警察官を主人公とした『陰の季節』を発表したことで、日本の警察小説は大きな転換点を迎えた。警務部の職員が主人公でも警察小説が書けることが証明され、警察小説に企業小説を取り入れた新ジャンルが構築されたが、ガラパゴス的な進化を遂げたとも言える。[3]

代表作家

国内

海外

脚注

  1. ^ フレイドン・ボヴェイダ『推理小説の歴史』 福永武彦訳
  2. ^ 巻頭対談『本当におもしろい警察小説ベスト100』洋泉社
  3. ^ 新保博久「日本のケーサツ小説はガラパゴス進化を遂げた」『本の雑誌』2013年4月号 p.14-17