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[[長崎県]]出身<ref name="コトバンク" />。1948年、[[東京大学大学院法学政治学研究科・法学部|東京大学法学部]]卒業<ref name="毎日19850313" />。東京大学[[研究生]]を経て、1952年から[[東京都立大学 (1949-2011)|東京都立大学]][[講師 (教育)|講師]]<ref name="毎日19850313" />。1953年から同大学[[助教授]]<ref name="毎日19850313" />。1963年から同大学[[教授]]<ref name="毎日19850313" />。学外では、[[日本政治学会]]理事長や[[日本学術会議会員]]などを歴任した<ref name="コトバンク" />。
 
近現代日本の[[政治史]]・政党史の[[実証研究]]を行い、主要国の[[政治過程]]に関する比較研究に従事した<ref name="コトバンク" />。戦後日本の政党政治を「[[55年体制]]」と名づけたことで知られている<ref name="コトバンク" /><ref>升味準之輔「1955年の政治体制」『思想』1964年4月号。</ref>。また、[[九条の会]]の活動に賛同していた<ref>{{citeCite web|和書|url=http://www.9-jo.jp/news/20041031sandoumeibo.htm|title=10月31日・賛同者名簿|publisher=[[九条の会]]|date=2004-10-31|accessdate=2020-12-28}}</ref>。
 
弟子の[[御厨貴]]は、「多くの若き東大出身の政治学者が、安保問題をはじめとする現実政治批判に傾斜したのに対して、升味さんは常に一歩距離を置」き、[[岡義武]]を師と仰ぐ形で「歴史分析、いや歴史の追体験とそれへの耽溺に惹きこまれてい」ったと述べている<ref name="毎日20100825">{{Cite news|title=升味準之輔さんを悼む:歴史の精気、新古典の輝き=御厨貴|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2010-08-25|at=東京夕刊4面}}</ref>。そのため、マスメディアにはあまり顔を見せず、『国家学会雑誌』や『都立大学法学会雑誌』などの[[紀要|大学紀要]]へ論文を発表することに注力したという<ref name="毎日20100825" />。御厨は、こうした升味の様子を「既成の“左翼イデオロギー”の呪縛から自由だった」と評した<ref name="毎日20100825" />。また、後年には「『日本政党史論』で著名な政治学の泰斗」とも呼んでいる<ref>{{Cite news|title=御厨貴の政界人物評論:連載を終えて 五感研ぎ澄まし「災後」浮き彫りに|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2015-04-06|at=東京夕刊6面}}</ref>。