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沿革の編集
 
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[[駐屯地司令]]は、幹部候補生学校長が兼務する。
 
最寄の[[演習場]]は、[[高良台演習場]][[藤山射撃場]]である。
 
なお、本駐屯地には[[会計科 (陸上自衛隊)|会計隊]]及び[[駐屯地業務隊]]が存在せず、幹部候補生学校がそれらの業務を行う。
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'''日本陸軍'''
 
*[[1941年]](昭和16年)8月:[[陸軍予備士官学校 (日本)#久留米第一陸軍予備士官学校|久留米第一陸軍予備士官学校]]が発足<ref name="kurume">{{Cite web |和書|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9639955 |title=久留米市史. 第11巻 (資料編 現代) |accessdate=2019-11-18 |publisher=国立国会図書館デジタルコレクション}}</ref>。
 
'''占領軍'''
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*[[1945年]](昭和20年)10月:[[終戦の日|終戦]]により、占領軍が駐留(「キャンプ久留米」)<ref name="kurume" />。
 
'''警察予備隊前川原駐屯地'''
 
*[[1950年]](昭和25年)8月25日:[[警察予備隊]]発足により、久留米訓練所が開設。
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*[[1952年]](昭和27年)
**1月15日:総隊普通科学校が開校<ref name="asagumo" />。
**3月18日:総隊普通科学校内に幹部候補生隊を編成<ref>{{Cite web |和書|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1708502 |title=自衛隊年表 |accessdate=2019-11-18 |publisher=国立国会図書館デジタルコレクション}}</ref>。
 
'''陸上自衛隊前川原駐屯地'''
 
*[[1954年]](昭和29年)
** 7月1日:陸上自衛隊へ移管<ref>{{Cite web |和書|url=https://www.digital.archives.go.jp/das/meta/F0000000000000108071.html |title=自衛隊法施行令(昭和29年6月30日政令第179号) |accessdate=2016-05-11 |publisher=国立公文書館デジタルアーカイブ}}</ref>。
** 7月5日:[[陸上自衛隊幹部候補生学校]]が編成完結<ref name="asagumo" />。
** 8月20日:普通科学校が廃止(富士学校普通科部に改編、[[富士駐屯地]]に移駐)。
** 10月16日:[[西部方面特科隊|第3特科群]]本部及び本部中隊、[[陸上自衛隊の独立特科大隊等一覧#第111特科大隊~第120特科大隊|第111特科大隊、第112特科大隊]]が[[久留米駐屯地]]から移駐。
*[[1956年]](昭和31年)
*[[1956年]](昭和31年)1月25日:第3特科群[[陸上自衛隊の独立特科大隊等一覧#観測中隊|第302観測中隊]]新編。
**1月16日:[[第3特科群]](前川原駐屯地)を第4管区隊隷下から西部方面隊直轄に隷属替え。
*[[1956年]](昭和31年)1*1月25日:第3特科群[[陸上自衛隊の独立特科大隊等一覧#観測中隊|第302観測中隊]]新編。
*[[1957年]](昭和32年)
** 3月24日:第302観測中隊が別府駐屯地設置先の[[別府公園|米軍キャンプ・チッカマウガ]]へ移駐。
**3月25日:第112特科大隊が久留米駐屯地へ移駐。
** 12月14日:第3特科群主力が[[別府駐屯地]]へ移駐。
*[[1959年]](昭和34年)8月13日:陸上自衛隊幹部候補生学校長に隷属していた前川原駐屯地業務隊、第325診療隊、第360会計隊を吸収して、幹部候補生学校に企画室及び総務部が設置。
*[[1960年]](昭和35年)7月:幹部候補生学校が前川原駐屯地に恒久的に駐屯することが決定。
*[[1961年]](昭和36年)9月:校舎建替工事開始。
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*[[1964年]](昭和39年)3月:本部庁舎・大講堂・銃剣道場・営内隊舎落成。
*[[1974年]](昭和49年)8月1日:幹部候補生学校教導隊を編成。
*[[2014年]](平成26年)4月:剛健大講堂落成
 
== 駐屯部隊・機関 ==