
前回、前々回と、人生の振り返りについてお話ししました。振り返りの中で「自分の人生は失敗だった」と思う人もいたかもしれません。同じような辛く悲しい出来事を経験しても、前向きに受け止める人もいれば、後ろ向きに受け止める人もいます。過去は変えられませんが、今後の人生の満足度や日頃の気分は、出来事の受け止め方次第で変わってきます。※本稿は、榎本博明著『60歳の地図:「振り返り」が人生に贈り物をもたらす』(草思社)の一部を抜粋・編集したものです。
過去を悔やむ人、過去を肯定的に受け止めている人
自己物語の調査では、さまざまな年代の多くの人たちにこれまでの人生について語ってもらいました。そこから言えるのは、自分の過去をどう受け止めているかによって、現在の気持ちの持ちようが違ってくるということです。
人生を振り返って語ってもらう際に、高齢者は長い年月にわたる自己物語を心の中に抱いているので、とくに多くの高齢者に語ってもらいました。そして、自分の人生は失敗だったという人とよい人生だったという人の違いは、過去の経験の受け止め方にあることがわかりました。
「自分の人生は失敗だった」というある60代の女性は、30代の頃にはこんなことがあり酷い目に遭ったとか、40代の頃にはまたこんなことがあり悲惨だったとか、50代の頃にもこんなことがあったし、どうしようもなく嫌なことだらけの人生だったというように、具体的な出来事を語り、「だからもしやり直せるものなら人生をやり直したい」と言います。
一方、別の60代の女性は、「長く生きてきたからよいことも悪いこともいろいろありましたよ」と言って、30代の頃にはこんなよいこともあり、こんな大変なこともあった、40代の頃もこんなよいこともあったけど、こんな悲惨なこともあった。
50代の頃にもこんなよいこともあり、こんな大変なこともあったと具体的な出来事を語り、「まあほんとうにいろいろあったけど自分なりに頑張ってきたし、周りの人にも恵まれたし、よい人生だったと思いますよ」と言います。
また、別の60代の女性は、自分はごく平凡な人生を生きてきたと言って、30代の頃はこんなことがあり、40代の頃はこんなことがあり、50代の頃はこんなことがあったというように、具体的な出来事を語りながら、
「あのときこうすればよかった」
「あの頃はあまり考えなかったけど、もっとこうしておくべきだった」
「もっと別の人生があったはず」
と、しきりに悔やんでいます。
私は、高齢者の自己物語の調査では、最後に出来事やそれにまつわる思いを年代順に整理して年表を作成して渡していました。その作成の時点ではっきりわかったのは、自分の人生を振り返って失敗だったとか、酷い目に遭うことが多かったとか、悔やまれることばかりだったなどという人が、いろいろあったけどまあよい人生だったという人と比べて必ずしも悲惨な目にばかり遭っているわけではないということです。