(前回から読む)
![いち早く掲示された「がんばろう!」の垂れ幕。東日本大震災でも熊本地震でも同じバナーを数多く見てきたが……。(写真・山根一眞)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/p1.jpg?__scale=w:500,h:333&_sh=0cc0510bc0)
兵庫県南部地震から22年。
糸魚川大火(糸魚川駅北火災)の現場に立ち見る光景が、22年前の神戸で見た光景と重なった。
神戸、長田区の大火の焼け跡だ。
6000人を超す犠牲者が出た阪神・淡路大震災のあと、当時の知事、貝原俊民さん(1933-2014)は、私に、何度もこう語っていた。
「同じような巨大地震は日本のどこでも起こり得る。全国でシンポジウムを1000回でも続けて、この災害を伝え続けなくては」
そうして開催されたシンポジウムに何度も呼ばれたが、議論の柱のひとつはいつも「地震による巨大火災」だった。消防力はどうあるべきか、ヘリコプターによる消火の法規制は……、などの熱い議論が交わされた。
559人もの方が火災によって亡くなったからだ。
しかし、すでに22年。
「巨大地震=巨大火災」への危機意識は希薄となった感がある、私自身も。
だが、糸魚川大火は、その希薄となっていた記憶を呼び戻した。
![加賀の井酒造の創業は1650年(慶安3年)、新潟県最古の酒蔵だ。367年の歴史文化が一夜にして灰燼に帰したが、他の酒蔵の設備を借りての醸造再開が近い。(写真・山根一眞)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/p5.jpg?__scale=w:500,h:540&_sh=0200440820)
私たちは、都市の大火にどう向き合えばいいのか……。
近い将来、東京を確実に襲う「マグニチュード8.2~7.3の巨大地震」(東京都総合防災部は、東京湾北部地震、多摩直下地震、元禄型関東地震、立川断層帯地震の4種を想定)によって発生する地震火災にどう備えればいいのか、備えは可能なのか、糸魚川大火は何を物語っているのか。
2016年12月26日、糸魚川大火(糸魚川駅北火災)から4日目、現場を目の前に見ながら、十数年にわたる親交がある元消防マンの山家桂一さんに電話をかけ話しあった。
![右・元・北九州市消防局の消防マンの山家桂一さんと。(写真・山根事務所)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/t1.jpg?__scale=w:500,h:347&_sh=0ca01d0150)
山家さんは、北九州市消防局長、北九州市小倉南区長を経て、現・北九州市立いのちのたび博物館副館長だ。
「飛び火」への備えは?
山根:糸魚川大火では木造密集地ゆえに大火になったと言われていますが、多くの地方都市の町並と変わらない印象です。強い南風で火は北上しましたが、海岸がさらに遠かったら被害はもっと大きかったと思います。
山家:かなりの「飛び火」で延焼したようですが、海岸が遠かったら、確かにさらに燃え広がったでしょう。また、もし出火場所が糸魚川駅の南側であっても、「飛び火」はかなり高い駅舎も簡単に越えたはずです。
山根:「飛び火」はなぜそんなに飛ぶ?
山家:林野火災では数キロ飛んだこともありましたよ。強風や火災による強い上昇気流により、燃えた木片などがそれに乗って飛ぶのです。都市部の建物火災でも、風や燃えている面積次第で数百メートルも飛ぶ可能性があります。
山根:「木造モルタル」では耐火性は不十分ですか?
山家:「飛び火」を一時的には防げても長時間熱が加われればダメです。また、風は強さや向きが変わります。途中で風向きが変われば、横方向にも燃え広がります。過去の大火を徹底して調べ、地形やそれによる風の強さ、吹き方の特徴など地域の気象条件をふまえた上で町の再建をしてほしいですね。
糸魚川市は消防に力を入れていた
山根:「消防力が劣っていたから大火になった」という無責任な意見がかなりありました。
山家:日本の消防力は、その地域の平時の年間平均風速が基準です。消火栓の数や消防車両の数もそれで決まります。もっとも年間平均風速が基準なので、爆弾低気圧やフェーン現象などの突発的な強風、台風などの際の火災発生では消防力が劣勢となるのはやむをえないんです。
山根:何十年に一度の大火を想定した消防体制は予算的にも人的にも無理?
山家:無理です。そこで、非常時はオペレーションで対処します。火災が乾燥や強風など基準を超えた条件下で発生すると、消防本部は通常は4台出動させる消防自動車を6~7台出す、といった初動対応をとります。また、異常気象時の火災に備えて、消防団の皆さんに即応体制を周知しておくことも大事。大規模火災では、応援協定を取り決めてある隣接市町村等の消防の支援を受けます。
山根:糸魚川市は人口が約4万人で保有消防車両が9両、消防職員は90名です。この体制は十分だった?
山家:平時の消防体制としては国の整備指針を満たしています。人口約4万人であれば、消防士は50~60人が平均的な配置数と思われますが、糸魚川市はそれより多い。過去の災害履歴や管轄面積の大きさなどを反映しているのでは。
山根:消防局と消防団を合わせた消火体制は、火災発生日の12月22日に消防車126両、活動人員が1005名、翌23日が同105両、949人で、「鎮圧」までに10時間30分。「鎮火」は23日の16時30分でした。周辺自治体からさらなる応援があってもよかったのでは?
山家:いや、隣接自治体にも同じフェーン現象による強風が吹いていたはずですから、自分の町で火災が発生した場合に必要な消防力まで出せなかったはずです。こういう場合は、より遠い自治体に応援を要請するので、時間がかかります。どこも車両や人員が余っているわけではないですからね。大火では周辺部で交通渋滞も発生するため、消防車両の現場到着が著しく遅れることもあります。
消防ヘリの限界
山根:「消火用の水が不足」とも報じられていました。
山家:多くの消防ポンプ車が消火栓や防火水槽の水を同時に使えば、当然、水量は落ちます。消火栓は水道管につながっていますが、たとえば水道管の直径が75mmであれば、消防車1~2台分でぎりぎり。そこで、一般的には水道の配管を網の目状にして余裕をもたせています。しかし、燃えている面積が広く多くの消防車両が消火栓から一斉に水をとれば、水が不足し共倒れになります。こういう場合に備えて、水道水に頼らない防火水槽を設置、また池や川などの自然水利も利用することになっているんですが。
山根:海岸が近いので海水利用という選択肢は?
山家:糸魚川大火では火は海岸ぎりぎりまで燃え広がっていましたから、消防車両が海岸にまで行くのが難しかったのかもしれません。いずれにせよ、消防車両を数多く投入しても水がなければ消火に当たれないわけです。また、住宅密集地では建物と建物の間の路地は危険な状態なので、消防が入れなかったということもあったでしょう。
山根:消防ヘリコプターによる上空からの消火はできなかった?
山家:消防ヘリによる消火活動は、日頃から訓練をしていなければ難しいです。また、日本の自治体消防が保有している消防ヘリは中型機なので、吊すバケットの水の量は約0.5トンと多くはないんです。強風時であれば、水を落としても風に流され消火の効果を得るのが難しいという面も。自衛隊の大型双発ヘリであれば、1回に6~8トンの水で空中消火が可能ですが。また、消防ヘリであっても離着陸時の風による安全基準があり、風速20mでは離陸判断が難しかったのではないでしょうか。
![消防ヘリコプターの放水試験(北九州市消防局)。(写真・山根一眞)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/p10.jpg?__scale=w:350,h:596&_sh=05b0e10ad0)
「火の用心」を多チャンネルで
山根:店を離れていた火元の店主は鍋に火を点けたまま忘れてしまったそうです。年齢は72歳。高齢者による自動車事故が増えていますが、今後、高齢者によるうっかり火災も増えるのでは?
山家:実際、建物火災での高齢者の死者が急増してきたため、2006年の改正消防法で寝室や台所などへの住宅用火災警報器の設置が義務づけられました。その効果は大きく、設置した家屋での焼死者数は減少しましたよ。しかし、国民の「義務」とはいえ、まだ設置していない家庭が2割あります。自治体による呼びかけの強化をさらに行うべきでしょう。
![住宅用火災警報設置率は81.2%に達しているが、5軒に1軒は未設置だ。これは山根の仕事場。(写真・山根一眞)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/p11.jpg?__scale=w:500,h:353&_sh=0c20d104c0)
山根:家庭の調理用ガスコンロでは空炊きするとガスが自動的に止まりますが、業務用では?
山家:ピンポイントでコンロ周囲に異常な熱を感知すると消火剤が出る機器も販売されてはいるんですが、その普及も十分ではないですね。
山根:今回のように大火のリスクがあるフェーン現象が起こっている時には「火の用心」を伝える防災活動が必要ですね。
山家:火災の危険が大きい気象条件の時に、地域をあげて「火の用心」の活動をするのは非常に効果があると思います。昔ながらの拍子木を打ち巡回する、消防車が鐘を鳴らしながら走行して注意を呼びかけるとか。地域の防災行政無線も含めて多チャンネルで意識を促すことが大事です。
山根:テレビの天気予報やニュース、さらにSNSで注意を呼びかけるシステムがあってもいい。私の自宅エリアでも、暴風雨や大雨洪水警報の発令時などには、ラウドスピーカーによる杉並区からのアナウンスがあるんですが、閉めきった室内ではほとんど聴こえません。何か言っているなと気づき窓を開けた時には、アナウンスが終わっていることが多いですね。
山家:省エネのための二重ガラス窓や壁の厚い住宅も増えていますから、確かに警報は聴こえにくくなっています。外部からの音声伝達は限界でしょうね。そこで、家庭内のあらゆる情報機器を防災行政無線化する取り組みが始まっています。私たちが検討を進めている外部広報の高性能化、火災の早期発見、初期消火機能を備えた「おらが町の多目的パトロールカー」は、やはり重要ですね。そういう超地域密着型の取り組みにドローンの活用も加えるなど検討課題はたくさんあると思います。
山根:日本海側の都市は過去に多くの大火を経験しているだけに、この災害を機に、糸魚川市はぜひとも火災に強い町つくりをしてほしいな、と。
山家:木造住宅の密集状態を解消するハード面での対応は、骨の折れる仕事です。それは、町つくりの専門家と市民、行政の共同作業です。今回の大火を教訓に再建する新しい町では、「もう繰り返さない」という決意を抱くことが第一です。建築物の耐火性能を向上させることはもちろん、防火空間、防火植樹、飛び火対策として狭隘道路に噴水のようなウォーターカーテンを設けるなども検討してはどうでしょう。
山根:防火植樹やウォーターカーテンはいいですね。わが家は、阪神・淡路大震災の教訓から大火による延焼防止になればと、地下水による「人工降雨装置」でマイホーム全体をびしょ濡れにする仕掛けをしてありますが、比較的簡単にできることも多々あると思うんです。
この大火を機に、糸魚川市が地方都市ならではの抜群の防火・耐火機能をもった町つくりをして、ぜひ「糸魚川市に見習おう!」と言われる姿になってほしいです。
糸魚川駅のアルプス口で先ほど「糸魚川ジオステーション・ジオパル」という新しい観光情報施設を見ましたが、ここを日本中の手本となる耐火・防火都市の情報発信源にして。
突然の電話で恐縮でした。ありがとうございました。
![噴出する「人工にわか雨」が屋根上を濡らす山根の自宅。庭に埋設した貯水槽の4.5トンの地下水を利用し、水噴出のポンプはソーラー発電で充電している大型バッテリーで駆動。水や電気などのインフラが途絶えても機能する(はず)。(写真・山根一眞)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/t2.jpg?__scale=w:500,h:354&_sh=08a0380380)
山家さんとの電話を通じて、プロの消防マンとは、単なる「火消し技術者」ではなく、住民の生命と財産が守れる町のありようをつねに考えているプロなのだと、あらためて感服した。
ところで、山家さんが奇しくも、「おらが町の多目的パトロールカー」について触れたが、これは、私が数年前に提唱し、山家さんらと議論、検討を進めている「F-1カー・プロジェクト」を指している。
東京直下地震などの際、住宅密集地で同時多発する火災は、消防署だけでは手に負えない。そこで、消防団に加えて町会単位で延焼を防ぐ手段をもつべきだと考えて構想。それは、消防車という大げさなものではなく、路地裏も走れる「大型消火器を載せた軽自動車」のイメージだ。できれば電気駆動にしたい。ふだんは子供の防犯などのために、退職後の世代が町内巡回に利用。火災発生時には、初期消火の一助を担う。火災以外の災害時には避難所に横付けにし、負傷者の応急手当てや衛星電話による通信機能の提供、携帯の充電、水の浄化などの支援も担う、というアイデアだ。
「F-1」の「F」は「フォーム」の略で、シャボン玉石けんの「泡」、そして泡消火剤の泡(フォーム)にちなんで命名した。
山家さんは北九州市消防局時代に、環境にやさしい泡消火剤の開発を、同市を代表するメーカ−、シャボン玉石けんに依頼した。合成系の輸入泡消火剤は、消火後の泡切れが悪く、池に入れば魚が浮くなど生態系へのダメージがあり、消防士への影響も心配されたからだ。こうして自然素材による石けん作りを貫いてきた同社とのプロジェクトが発足、北九州市立大学の上江洲一也教授や生物学者の協力も得て、7年をかけてついに石けん系泡消火剤が完成。きわめて大きな産学官の成功事例となる。シャボン玉石けんが量産を開始したこの泡消火剤は、消防自動車メーカー、モリタも一部採用している。
石けん系泡消火剤を用いるCAFS消防車は、北九州市消防局が行った古い市営住宅での火災実験などにより、水のみによる消防ポンプ車と比べて17分の1の水で火事が消せるという大きな効果が確認され、「消防革命」として高い評価を受けている。偶然だが、1月9日の『日経スペシャル・未来世紀ジパング・沸騰の経済学』(テレビ東京)の「異常気象と戦う!ニッポンの技術」で、シャボン玉石けんがこの石けん系泡消火剤でインドネシアの泥炭火災に挑む姿がとりあげられたので、ご覧になった方もあったのでは。
「F-1プロジェクト」は、この石けん系泡消火剤を搭載した超小型サイズで低コストの「おらが町の多目的パトロールカー」を開発、火災リスクの大きい木造住宅密集地に普及させようと発足したのだ。まだ検討の模索段階ではあるが、糸魚川大火はこの「F-1」プロジェクトを進める契機になりそうだ。
![F-1プロジェクトの検討会議。(写真・山根事務所)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/t3.jpg?__scale=w:500,h:222&_sh=08b02a09f0)
![F-1プロジェクトのメンバーが日本最小の消防車メーカー、中村消防化学(長崎県大村市)を視察。(写真・山根事務所)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/t4.jpg?__scale=w:500,h:259&_sh=0f70a70690)
それにしても、糸魚川大火の現場から電話で聞いた山家さんの意見は、日本海側都市のフェーン現象による火災のみならず、巨大地震による大規模火災についても多くの示唆を含んでいた。
糸魚川大火と阪神・淡路大震災を重ね合わせながら、迫りくる東京直下地震による大火について、さらに考えることにする。
(つづく)
![冒頭写真と同じ地元銀行の掲示。(写真・山根一眞)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/opinion/15/219211/011800005/p12.jpg?__scale=w:500,h:336&_sh=06701f0840)
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