日本経済が低迷する中、大学教育に不満を持つ経済人が次々と立ち上がった。アスキー創業者は大学設立を目指し、「プレステの父」は学部長になった。経済人ならではの独特の視点で、「楽園」とやゆされる日本の大学を改革する。
4月に入り、今年も大勢の若者たちが大学生活をスタートさせた。7万人以上の学生を擁する国内最大の大学である日本大学でも、新入生たちがキャンパスを行き交う。
「今年の学生は、いいタイミングで入ってきたと思うの」。作家で日大理事長の林真理子氏はインタビュー中、そう切り出した。「新体制になって、教職員たちが皆『学生たちを満足させるぞ』などと、やる気に燃えている」と表情を緩ませた。
田中元理事長の影響力一掃
林氏が、火中の栗を拾うかのように日大理事長に就いたのは2022年7月だ。取引先からリベートを受け取るなどして、大学を私物化した田中英寿・元理事長が招いた混乱の収拾を託された。
林氏は理事長に就任すると、田中氏の影響が及ばない体制を築くとともに、「学生ファースト」の方針を打ち出した。やる気に燃える教職員たちと現在、学生のために教育環境の充実などに取り組む。林氏は、「うちの学生は伸びしろが大きい。教員たちも『入学してから大きく成長する学生が多い』とよく口にしている」と、学力の向上に期待する。
林氏は、経済界からも強い味方を得た。日本を代表する経済人の一人であるオリックスの宮内義彦シニア・チェアマンを、日大顧問として招いたのである。「大学の活動の目的は良い学生をつくり出すことに尽きる」と言い切る宮内氏は、その究極の目標に向け林氏をサポートする。
これまで宮内氏は、NPO法人「大学経営協会」の理事長や、母校の関西学院大学を運営する学校法人の理事を務めるなど、長年にわたり大学の改革や運営に携わってきた。宮内氏を突き動かすのは、日本の大学への失望感だ。
特に教育への不満が大きい。「大学が“楽園”になってしまっている。日本ほど学生が勉強せずに、大学生活をエンジョイしている国は、ほかにないのではないか。日本の大学の多くが良い学生をつくるという目標を達成できておらず、必死に勉強している海外の大学生との間に、学力で大きな差が生じている」と嘆く。
宮内氏が“楽園”と評する大学教育の実態は、東京大学の大学経営・政策研究センターが実施した調査からも見て取れる。同センターが全国各地の大学を調べたところ、1週間に11時間以上を学習に充てている大学1年生は、15%にとどまることが分かった。これは米国の大学1年生の58%を大幅に下回る水準だ。
それにもかかわらず日本の大学では一般的に、学生の9割が無事に卒業している。大して勉強しなくてもほとんどの学生が卒業できるのなら、大学が“楽園化”してしまうのも無理はない。
対照的なのが米国。日本の学生より熱心に勉強していても、卒業できるのは5割という大学が珍しくない。欧州の大学でも6割や7割といった水準が当たり前だ。欧米からすれば、誰でも比較的簡単に卒業させる日本の大学の甘い基準は奇異に映る。
学力の不十分な人材が日本社会に大量に送り出されることが、経済にプラスに作用するはずがない。宮内氏は「バブル崩壊以降、日本経済が約30年間も停滞しており、間接的ながら、日本の大学教育のあり方が問われている」と言う。
成績が悪くても就職できる
もちろん、学生が勉学をないがしろにしている責任を、大学だけに押し付けるわけにはいかない。日本企業もその一端を担っている。
日本企業は一般的に、新卒採用の選考過程で、大学で良い成績を収めたかどうかをさほど問うてこなかったからだ。好成績を取っても就職にあまり有利とならないのなら、よほど意識が高くない限り、学生たちは怠けてしまうだろう。
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