「もう二度と映画はやらない!」

 1991年春、映画「波の数だけ抱きしめて」の撮影を終えた21歳の中山美穂は、映画のプロデューサーでフジテレビ社員の河井真也氏にこう言い放った。

 今年12月6日、中山は渋谷区の自宅で入浴中の事故で帰らぬ人となった。

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 トップアイドルから大人の女優へシフトする20代前半、中山の2本の映画をプロデュースした12歳上の河井氏が小誌に思い出を語った。

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レコーディング先のロンドンにて中山美穂と河井氏(河井氏提供)

 1991年8月、バブル崩壊の年の夏に公開された「波の数だけ抱きしめて」。バブル景気に沸き立つ世相をフィルムに焼き付けた「私をスキーに連れてって」(1987年)「彼女が水着にきがえたら」(1989年)に続く、ホイチョイ・プロダクション三部作の3作目だった。

 そのヒロインを演じたのが中山。だが、このキャスティングは当初の予定ではあの女優だった。