2024年秋、世代論をつづった2冊の本が刊行された。1冊は、コラムニストの石原壮一郎さんの『 昭和人間のトリセツ 』。もう1冊は千葉商科大学准教授で働き方評論家の常見陽平さんがつづった『 50代上等! 』。昭和生まれのお二人に、「昭和人間」の中にある世代意識の違いなどを話していただいた。3回目は歳を重ねることの楽しさについて。
第2回 常見陽平×石原壮一郎 世の中を信じられない50代、信じられる60代
第3回 常見陽平×石原壮一郎 歳をとっても「嫌なこと」ってあんまりない今はここ
第4回 常見陽平×石原壮一郎 「昭和はよかった」は果たして本当なのか?
健康に気をつかう日々は案外楽しい
常見さんの『 50代上等! 』の中に《健康に気をつかう日々は、案外楽しいものです》という一節があります。体に無理がきかなくなり、いろいろケアが必要なことは一見「残念なこと」ですが、案外楽しく感じるというのは、実際に歳をとった人ならではの興味深い意見だと思いました。そこで次は「歳を重ねてよかったこと」というテーマで、お話しいただきたいのですが。
常見 僕、以前は死ぬほど酒を飲む人だったんです。ちょっとした依存傾向で、家まで待ちきれず帰路のキオスクでビールを買って開け始め、6缶パックが1日でなくなるくらいでした。それが健康診断でイエローカードが出るようになった40代から健康に気をつかうようになり、酒もやめました。中古のクルマやギターを扱うように状態を確認しつつ、自分の体を大事に扱うようになったんです。
石原 僕も40代から体に気をつかうようになったんですが、もう60代になってくると、自分が頑張ってなんとかなるのは、自分の体くらいしかないんですよ。
常見 だはは。
石原 世の中を変えられるわけでもなし、頭はどんどん衰えていくし、発想も貧困になるし。でもちょっとお酒を控えれば検査の数値はよくなる。
歳を重ねて、よかったことは何かありますか?
石原 異性があまり気にならなくなったというのは、よかったことですね。歳を重ねる前は、新しい異性と知り合うと、どうやってデートに持ち込もうかと、そんなことしか考えてなかった。邪念ありきで接していたんですけど、今や男女間の友情も成立するんじゃないかと思えてきました。
常見 僕は、いろんなことに怒らなくなったことですね。いろんなことを許せるようになった。例えばライブやプロレスを観に行ったときに「金返せ」って言わなくなったんですよ。アーティストや選手に対して。
石原 ああ、友達に対して、じゃなくて。
常見 かつては「この曲をやってくれなかった」とか「音が悪かった」「ボーカルの声が出ていなかった」ということがあるたびに「金返せ」って思っていたんですが、今や全部「貴重なものを見た」と思うようになりました。声が出ないボーカルは「生きざまを見せてくれたんだ」と思うようになったり。
石原 なるほど。
常見 プロレスでレスラーが技を失敗したときでも「貴重なものを見た」という感じになっていく。
常見 あと、仕事でいえば、周りの著者を見て焦ったり、羨ましがったりしなくなりましたね。
石原 それは僕もそうです。
常見 いまだ現役で残っている著者も意外と少なく、俺はなんとか残っているからそれで十分かなと。ただ、後から出てきた武田砂鉄さんには完全にやられていて。彼は本も売れるし評価されるし、ラジオパーソナリティーもやって、半ば仕事でヘビーメタルのライブに行く、伊藤政則さんとも対談する。これ、僕が求めていた姿じゃないかなって。
石原 十分、羨ましがっているじゃないですか(笑)。
常見 確かに(笑)。まあ、でも今くらいの規模でやれたらいいなと。
石原 50代くらいから、自分のやれることはなんだろうと考えるようになりました。それまでは、あれもできるんじゃないか、これもできるんじゃないかと思っていた。「この分野ではあいつに対抗してみよう」といった野心もありましたけど、常見さんも言ったように続けていくことがいちばん大事ですよね。
歳をとるのは案外楽しい
常見さんは、『 50代上等! 』の中で《年齢を明かさず、気にせず生活してみませんか》という提案をされていますよね。
常見 そう、僕は歳を捨てることにしたんです。
では、年齢を重ねて残念だなと思うことはあまりない?
常見 健康で、お金さえ回っていれば、特にないですね。あと自分の幸せのポイントである僕の仕事に対する妻の理解や、僕が家族のなかで果たす役割などを押さえていられれば。幸せの因数分解、自分の幸せがどのように成り立っているかは立ち止まって考えることにしています。
本を書くなかで、年齢について深く考えられたと思うのですが、その結果、歳をとって嫌なことはあまりないって、いいメッセージですね。
常見 そう。嫌なことないなって。
石原 それは同感ですね。60代になっても特に嫌なことはありません。
常見 経済的困窮とか、介護の問題とかはありますよ。でもそういったホラーストーリーばかりが強調されて伝えられているなぁと感じますね。楽しく生きるってことをサボっている、もしくは言いづらくなってるんじゃないかと思いますね。
つまりこの本は、歳をとるのは楽しいってことを知ってほしいという本ですね。
常見 そうです。そうです。
石原 『 50代上等! 』を読めば、自分を覆っていた暗い膜みたいなものが取れる感覚になるんじゃないですかね。50代も60代も、この先の人生があまり長くないのは確かなことなので、楽しく生きていきたいですよね。50代は『50代上等!』と言いながら元気になってほしいし、60代は『 昭和人間のトリセツ 』的に自分を上手に取り扱いながら、頑張っていきたいと思います。
「おじさんパーカー論争」に思うこと
石原さんは、歳をとって残念だなと思うことはありますか。
石原 「愛人が欲しい」とか、闇雲な欲がなくなったのは残念です。
常見 だはは。
石原 いつの日か直木賞も欲しいとか。ま、小説を書いてから言えよって話ですけど。以前はもっとあった「こうなりたい、ああなりたい」という妄想力がなくなって、目の前のことをちょこちょこやっていることで、満足している気もします。
「足るを知る」とか言いますけど、それに近いですか?
石原 いや「足るを知る」ほど上等ではないと思います。何が足るかよく分からないまま、足ろうとしてるというか。微妙な悪あがきですね。
常見 僕は、歳をとって嫌なことはないんですが、世の中の「おっさんなら叩いていい」というムーブメントは、どうかと思うんですよ。
石原 ああ「パーカー着るな!」とか(2024年SNSで話題になった「おじさんパーカー論争」。「パーカー着てるおじさんおかしい」という女性インフルエンサーの発言に端を発する)。
常見 そう! パーカーくらい着ますよ! それで、「若いやつになめられたらダメだな」と思って高いパーカーを探したんですよ。そうしたら、欲しかったバレンシアガのパーカーは20万円、KENZOやEMPORIO ARMANIも5万円くらいして、こんなにお金をかけるのはバカバカしいなと思って結局買うのやめましたけど。
石原 でも若い女の子に「おっさんはパーカー着るな」と言われて「なにを!」というほうがよっぽど大人げないと思うんですよ。
常見 そこは言わせておけという余裕が欲しいですよね。
石原 昭和世代のおっさんには、その余裕がないんですよね。
(第4回 「常見陽平×石原壮一郎 「昭和はよかった」は果たして本当なのか?」 につづく)
第2回 常見陽平×石原壮一郎 世の中を信じられない50代、信じられる60代
第3回 常見陽平×石原壮一郎 歳をとっても「嫌なこと」ってあんまりない今はここ
第4回 常見陽平×石原壮一郎 「昭和はよかった」は果たして本当なのか?
文/岡部敬史 写真/鈴木愛子
なぜ10年前の出来事を最近のことのように語ってしまうのか? LINEが無意味に長文になる理由は? ――仕事観やジェンダー観など多様な切り口から「昭和生まれの人間」の不可解な生態に肉薄し、その恥部をも詳らかにする日本初の書籍。「【注】知っておかなくても構わない昭和・平成用語集」も収録。
石原壮一郎著/日本経済新聞出版/990円(税込み)