インターネット動画配信は、ウォルト・ディズニーの参入により戦国時代へ突入した。ディズニーは映画やドラマ等を配信する「ディズニープラス」をスタートさせ、ネットフリックスに挑む。対するネットフリックスは、コンテンツ制作スタジオをつくり、事業を強化して迎え撃つ。ストリーミング最前線を『ネットフリックス vs. ディズニー』著者の大原通郎氏が解説。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) ストリーミング配信に軸足を移してからのネットフリックスの勢いは、目を見張るものがありましたね。
大原通郎(以下、大原) そうですね。2021年、全世界の加入者は2億人を突破しました。アマゾンプライムも2億人近くですから、ストリーミング配信は猛烈な勢いで世界的に波及しています。そのなかでもなぜネットフリックスが人気なのかというと、オリジナルコンテンツの制作に力を入れていることが大きいですね。
ハリウッド映画やテレビドラマを高い金額で購入し配信していると、コストがかさみます。それなら自分たちでオリジナルコンテンツをつくろう、とネットフリックスは2010年にビジネスの方針を変えました。その第1作が、13年に発表した政治ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』です。他にはSFホラードラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』、日本オリジナルの『全裸監督』など数々のヒット作を制作提供して、世界中のユーザーをとりこにしていったのです。
ネットフリックスが選ばれる理由
尾上 ネットフリックスのコンテンツ制作は、なぜそれほど強いのでしょう。
大原 今の共同CEOでコンテンツ責任者でもある、テッド・サランドス氏の力が大きいと思いますね。縁もゆかりもなかったハリウッドで結婚(ハリウッドの大物クラレンス・アヴァントの娘ニコールと結婚)を契機に人脈づくりに励み、ネットフリックス独自のスタジオもつくりました。彼が、オリジナルコンテンツをつくれる基盤をハリウッドに築いたのです。
また、ユーザーのデータをドラマづくりに利用することにも力を注いでいます。毎日2億人以上の視聴データが、ネットフリックス本部のデータサーバーに送られてきます。それをデータ分析スタッフが「この地域の人たちはこういうドラマが好き」「この年齢層はこういうテーマが好き」というふうに地域別、年齢別、男女別などで分けて、コンテンツ嗜好を詳しく分析しています。その分析結果を見て、各国の担当者が「じゃあ、次はこの地域でこんなドラマをつくったら当たるかもしれない」と次々に発案していく。日本でも同じような作業をやっています。
それから、やっぱりお金があるんですよ。欧米での月額料金は、平均約1500円。それが毎月毎月、膨大な数のユーザーから集まってくるわけですから、キャッシュがふんだんにある。その財力をもってハリウッドの敏腕プロデューサーや脚本家、監督に「今度こういう作品をつくりたいんだけれど、どう?」と声をかけていけば、やはり「ネットフリックスと組もう」となってくるわけです。
顕著な例は、巨匠スティーブン・スピルバーグ監督です。彼はこれまで「映画館で上映せずに、ネットで配信するサービス業者はけしからん」とネットフリックスを毛嫌いし、批判していました。ところが21年、ドラマや映画の制作でネットフリックスと提携することを発表します。巨額な予算で、しかもその監督のつくりたいようにつくらせてもらえる。そうしたメリットが、ハリウッドの有名人、脚本家やプロデューサーの心を動かし始めているといえます。
強力コンテンツ群を携えディズニー参入
尾上:そして、 『ネットフリックス vs. ディズニー』 のタイトル通り、ネットフリックスの勢いに対抗するべく、ディズニーが事業転換を図っているのですね。
大原 それまで世界の映像ビジネスを牛耳っていたのは、ハリウッドの映画製作スタジオです。その代表がウォルト・ディズニーで、他にはタイム・ワーナー(ワーナー・ブラザース・ディスカバリー)、NBCユニバーサルなどがありますね。なかでもディズニーは代表的な企業ですが、ネットフリックスへの抗戦は、なかなか厳しいものがありました。
ディズニーは3大ネットワークのABCのほか、ディズニー・チャンネルやスポーツ専門チャンネルのESPNなど、さまざまなケーブル専門チャンネルを持っていました。ところがストリーミング配信の波に追い込まれ、加入者が激減。90年代は、ディズニー・チャンネルだけで少なくとも1億人以上の加入者がいましたが、2000年代以降減り続け、経営を圧迫し始めていました。これは「コード・カット」という現象で、アメリカでは2010年以降、多くの人がケーブルテレビや衛星放送の契約をやめてネット配信に移っていったのです。
そこでディズニーもこれではいけないと思い立ち、2019年11月にストリーミング配信「ディズニープラス」を開始。これが好調で、21年には全世界での加入者数が1億人を突破しました。
尾上 およそ1年間で1億人が加入したということですね。
大原 ディズニーのブランド力と強いコンテンツの配信で、世界的に加入者を増やしています。また、ディズニーは有力なメディア企業を次々と買収しています。アニメーションの制作会社ピクサー、『アベンジャーズ』シリーズのマーベル、極め付きは『スター・ウォーズ』シリーズで有名なジョージ・ルーカスのルーカスフィルム。さらに19年にはメディア王といわれたルパート・マードック氏の21世紀フォックスも買収しました。きら星のようなコンテンツをディズニープラスで次々と配信していけば加入者は増えるだろうと打って出たんですね。
このように勢いづくディズニープラス、加えてアメリカ最大のスポーツ専門チャンネルESPNのストリーミング配信ESPN+の開始、また動画配信の老舗Huluも買収し、この3つの強力ストリーミング配信でネットフリックスを追いかけています。
尾上 かなり強力なコンテンツ群をもって、配信事業に乗り出しているのですね。
大原 ディズニーは、強力なコンテンツの投入に勝機をみているのでしょう。20年にウォルト・ディズニーのCEOになったボブ・チャペックもストリーミングに懸けると表明し、組織上もストリーミング部門を最重要部門と位置付け、自分の直轄にしました。
ディズニーには、ディズニー・スタジオの映画部門(ルーカスフィルム、ピクサー、マーベルが傘下)、ABCのテレビ部門、ESPNのスポーツ部門と、大まかに分けて3つのコンテンツ部門があります。それらをストリーミング配信部門が統括し、配信経路を決めていきます。ある作品について、まず最初にストリーミングでいくか、それとも映画館か、放送かと判断するのです。21年に大ヒットした『ブラック・ウィドウ』という映画は、映画館とストリーミング配信で同時公開し、両方とも大きな成果を上げたそうですよ。
尾上 ネットフリックスだけでなく、ディズニーもストリーミングに本腰を入れ、成功しつつある。メディアを取り巻く企業、環境が大きく動いていますね。
大原 その通りです。今、特にハリウッドのメディア企業は、ITやデータ分析に強い人材をどんどん採用し、大胆なデジタル・トランスフォーメーションを進めています。日本のメディア業界も見習わなければならないと思います。
構成/三浦香代子