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ネットと事実に関するwalkinglintのブックマーク (2)

  • IPアドレスは枯渇していない - 池田信夫 blog

    コメントで教えてもらったが、総務省はIPアドレスの「枯渇対策会議」を今月中に立ち上げるそうだ。アドレスの配分を検討するのはいいが、それが枯渇するという事実認識は間違いである。IPv4のアドレスは約43億個、全世界のユーザー(約11億人)ひとり当たり4個もある。これに対して、現在のホスト数は約4億3000万なので、アドレスはまだ1割しか使われていないのだ。 また、IPv6は「枯渇」の対策にはならない。v6サイトはv4サイトからは見えないので、v6は実際には携帯電話などの(v4サイトから直接アクセスする必要のない)ローカルなアドレスとしてしか使えない。総務省の委託調査でも、v6のトラフィックはインターネット全体の0.1%以下で、最近は減少している。またIPv6普及・高度化推進協議会の調べでも、v6を商用サービスで提供するISPは、200社中わずか1社という状態だ。 質的な問題は、なぜ全ア

    walkinglint
    walkinglint 2007/06/11
    > 総務省はIPアドレスの「枯渇対策会議」を今月中に立ち上げるそうだ。アドレスの配分を検討するのはいいが、それが枯渇するという事実認識は間違いである。
  • 「自分語り」と「事実」の相克(相克ってほどでもないか) - pêle-mêle

    オレがインターネットを利用するようになってから今日にいたるまでの12年間にわたって疑問に思っているのは、なぜネットでは「自分語り」が嫌われるのか、ということだ。たしかにネットにかぎらず、周囲の都合を考えずに自分のことばかり延々と語っている人間は陶しいものではある。しかしネットにおける「自分語り」バッシングは、あまりにも過剰であるように感じられるのだ。鈴木謙介『ウェブ社会の思想』(ISBN:4140910844)を第5章まで読み進めて、この理由が何となく判ってきた気がしたので、覚え書きとしてメモする。なお以下の文章が鈴木氏のテクストから自説に都合のいい部分を切り張りしただけにすぎない可能性が高いのは明記しておく。もちろん思い切り誤読している可能性も捨て切れない。 鈴木氏は書でネットが普及するにつれて、個人的な「記憶」よりもネット上に蓄積された「記録」のほうが重視されるようになっているのを

    「自分語り」と「事実」の相克(相克ってほどでもないか) - pêle-mêle
    walkinglint
    walkinglint 2007/06/08
    > 個人的な「記憶」よりもネット上に蓄積された「記録」のほうが重視されるようになっているのを指摘し ... 「ネット右翼」と称されるひとびとが「<事実>による連帯」で結びついていると論じている。
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