『アンクル・トムの小屋』は、じつは、こんなに難解な作品なのである。子供向けの抄訳でこの作品を「読んだことがある」読者の皆さんは、原作の全訳である本書に接して、ずいぶん趣の異なる作品を読んだような印象を抱かれたかもしれない。 原作は、文章表現そのものの難解さもさることながら、奴隷制度についていろいろな側面から考察する内容が概念としてかなり複雑なのである。物語に登場するオーガスティン・サンクレア氏の懊悩のように、奴隷制度を単純に悪と決めつけるだけでは問題の解決につながらないという厄介な現実を前にして、当時のアメリカ市民は、知識人や宗教家から卑しい奴隷所有者にいたるまで、それぞれの立場でさまざまな矛盾を抱えて魂の迷路をさまよっていた。抄訳ではそうした難解な部分は大部分がカットされて、「善人で信心深い黒人奴隷トムが極悪非道な奴隷所有者の手で残虐な殺され方をしました、だから奴隷制度はまちがっています