中国・四川(Sichuan)省アバ(Aba)県にある格爾登寺(Kirti monastery)の門前に立つ仏教僧(2011年10月17日撮影、資料写真)。(c)AFP 【1月9日 AFP】(一部更新)中国国営新華社(Xinhua)が9日伝えたところによると、青海(Qinghai)省果洛(Golog)チベット族自治州の吉邁(Gyumai)で8日早朝、チベット人僧侶が焼身自殺した。 焼身自殺したNyage Sonamdrugyuさん(40)はチベット仏教の高僧。自殺した理由は不明という。果洛チベット族自治州で焼身自殺者が出たのは初めて。 8日の新華社伝によれば、6日にも隣接する四川(Sichuan)省アバ(Aba)県でも元僧侶2人が焼身自殺を図って1人が死亡しており、これで過去1年にチベット人居住区域で起きた焼身自殺・自殺未遂事件は15件となった。 ■元僧侶2人、ダライ・ラマの帰還訴える? 四
ブラジル・サンパウロ(Sao Paulo)のユダヤ人コミュニティを訪れ、ユダヤ教徒の帽子キッパを贈られたチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世(2011年9月16日撮影、資料写真)。(c)AFP/YASUYOSHI CHIBA 【9月27日 AFP】中国外務省の報道官は26日、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世(76)の継承者認定について、ダライ・ラマが選んだ者は誰であれ「違法」だと述べた。 ダライ・ラマ14世は24日、チベット亡命政府が本拠を置くインド北部ダラムサラ(Dharamshala)でチベット仏教4大宗派の指導者らとの会合を終えたあと、4200単語におよぶ声明文を発表。このなかで、90歳くらいで輪廻(りんね)転生の継続について高僧らと検討する意向を示した上で、次のダライ・ラマ認定に関する中国の介入を否定した。 チベット仏
Live Webcast: The Heart Sutra and 37 Practices of a Bodhisattva His Holiness the Dalai Lama will give three-day teachings on The Heart Sutra (sherab nyingpo) & Gyalsey Thokme Sangpo's 37 Practices of A Bodhisattva (gyalsey laklen sodunma) at the request of a group from Southeast Asia. The teachings will be from the Main Tibetan Temple in Dharamsala, on September 8-10, 2010. There will be two sess
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と、中国の一般市民が21日夜、インターネット上に短文を投稿する交流サイト「ツイッター」を通じて約1時間にわたり交流した。中国政府がダライ・ラマとの直接対話を拒否する中、市民との対話が先に実現した。 ダライ・ラマは「外交と国防は中国政府に任せる」とツイッターに書き、中国政府がダライ・ラマをチベット独立を目指す「祖国分裂主義者」と批判する中で、独立ではなく「高度な自治」を目標とする従来方針を市民に伝えた。 ダライ・ラマはまた「遠くない将来、中国政府の少数民族政策に変化が訪れるだろう」と述べ、チベット問題解決に期待感を示した。 交流は市民から寄せられた約300件の質問を約1万2千人の投票で絞り込み、ダライ・ラマが答える形で行われた。(共同)
(CNN) チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は17日、中国青海省地震について亡命先のインドで声明を出し、自らの生誕地でもある被災地へ赴き、悲惨な状況に直面している現地の人々を助けたいという意向を示した。 ダライ・ラマ14世は声明で「現地の人々の願いをかなえるために、私自身が現地に赴き、被災者を慰問したい」とし、「亡命チベット人コミュニティーは救助活動に向けて可能な限り、どんな支援も援助でも施したい。出来るだけ早期に正式かつ適切なルートで実現できることを望んでいる」と述べた。 ダライ・ラマ14世は1959年にインドに亡命。2008年の四川大地震の際も被災地訪問を希望したが、中国入国を許可されなかった。 マグニチュード(M)6.9の地震は、チベット族の居住区を襲った。 新華社が複数の救助当局者からの情報として伝えたところでは、17日夜の時点で、地震による死者数は1484人に達した。救助
中国のハッカーグループが過去8カ月間、インド治安機関やチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の事務所、国連、在米パキスタン大使館などのコンピューターに侵入し、機密書類や電子メール、個人の金融情報などを盗んでいたと、トロント大(カナダ)などの研究チームが6日、記者会見で明らかにした。 盗まれたデータには、アフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)の移動に関する文書、ダライ・ラマが発信したメール1500通、インドのミサイルシステムに関する研究機関の分析などが含まれていた。 調査チームは「中国政府機関とハッカーたちの関係は不明だ。両者を直接結び付ける確たる証拠は見つかっていない」と説明した。 発表によると、ハッキング行為は中国四川省が起点。侵入したコンピューターから機密指定の外交文書やクレジットカード番号などを盗み出していた。(共同)
【ニューデリー=武石英史郎】チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は10日、亡命先のインド北部ダラムサラで演説し、「中国当局は仏教を根絶しようとしている」と批判した。中国軍に対してチベット人が蜂起し、ダライ・ラマが亡命するきっかけとなった1959年のチベット動乱から51周年の記念集会で述べた。 ダライ・ラマは「中国当局は愛国教育と称して、僧尼を刑務所のような状態に置き、勉学や修練の機会を奪い、寺院はもはや博物館と化している」と批判。08年のチベット騒乱後に締め付けが強まり、固有の文化が危機に立たされていると警鐘を鳴らした。 さらに、中国国内で弾圧を受ける知識人やウイグル族との連帯を表明したうえで、「中国人13億人の自由な情報アクセスや言論の自由、法治が実現し、透明性が高まれば、真実が勝つ日はやってくる」と強調。中国政府との対話を継続しながら「我慢強く、あきらめないことが重要だ」と説
ダライ・ラマ14世=ロイター 【ワシントン=村山祐介】訪米中のチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(74)は19日、オバマ米大統領から前日の初会談の際、約68年前に受け取って紛失していたルーズベルト大統領(当時)からの親書の写しを贈られたことを明らかにした。「当時は7歳。贈り物の時計にしか興味がなかった」と振り返り、オバマ氏の粋な計らいに顔をほころばせた。 当地で非営利組織「全米民主主義基金」から民主主義の表彰メダルを授与された式典であいさつした。 親書は第2次世界大戦中の1942年、チベットを訪れたルーズベルト大統領の特使が、ダライ・ラマに面会したとき、金時計とともに贈ったもの。ダライ・ラマは「親書がどこに行ってしまったか分からない」「親書の封筒がきれいだったから、何週間もそれで遊んでいたことを覚えている」などと思い出話を披露し、会場を沸かせた。
米ホワイトハウスで18日午前、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(左)と会談するオバマ大統領=ホワイトハウス提供 【ワシントン=村山祐介】オバマ米大統領は18日、ホワイトハウスでチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と大統領就任後初めて会談した。ホワイトハウスの声明によると、オバマ氏は中国チベット自治区の人権擁護に強い支援を表明する一方、ダライ・ラマに中国との対話を維持するよう要望した。両者は米中関係の重要性も確認した。 米大統領がダライ・ラマと会うのは、2007年10月のブッシュ前大統領以来。中国の事前の強い反対を押し切って会談を実現させたことで、グーグル問題、台湾への武器売却決定などできしみが目立つ米中関係のさらなる悪化につながる可能性がある。 会談は非公開で、私的な会合などに使う「マップルーム」で約70分間行われた。午後にはクリントン国務長官も同省内で会談した。
スロバキアの首都ブラチスラバ(Bratislava)を訪問したチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世(2009年9月9日撮影)。(c)AFP/SAMUEL KUBANI 【9月11日 AFP】10日にチェコの首都プラハ(Prague)を訪問したチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世の英語の辞書には、「ポリティカル・コレクトネス(差別や偏見を含んだ表現を用いないこと)」という語はないらしい。 11日の会議でアジアの人権に関するスピーチを行うために同地を訪れたダライ・ラマは、記者団からの「ポリティカル・コレクトネスについてどう思うか」という質問に面食らった様子を見せた。 ダライ・ラマは、目をぱちくりさせながら「それって何ですか?」と返した。これには一同爆笑し、質問した記者が詳しく説明したが、ダライ・ラマはまだ飲み込めない様子。頭を横に振り
【台北=山本勲】チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が6日間の台湾訪問を終え、4日インドに戻った。台風8号の被災者を見舞う旅に中国が猛反対、台湾内も招請の是非をめぐり真っ二つに割れた。しかし終わってみれば、台湾の賛成、反対両派がほぼ納得でき、中国も受け入れられる結末に落ち着いた。被災者は癒(い)やされ、ダライ・ラマへの信望は高まり、救援の不手際でどん底にあった馬英九政権の評価も若干持ち直した。中台関係への影響も限定的なものに留まりそうだ。 8年ぶり、3度目のダライ・ラマ訪台をめぐる台湾各界の反応は前半と後半で大きく変わった。馬政権が訪台受け入れを決めた8月27日未明からダライ・ラマが台湾入りした30日夜までの前半は、賛成派と反対派の声がほぼ拮抗(きつこう)していた。 ダライ・ラマを招請した陳菊・高雄市長ら南部7県市の野党、民進党系首長の動きが、馬政権を苦境に追い込むための政治的策動
【北京=野口東秀】中国国務院台湾事務弁公室は27日、ダライ・ラマ14世の台湾訪問について「ダライは宗教の旗を掲げて一貫して国家分裂活動を行ってきた。どのような形式や身分であれ、台湾を訪問することに断固反対する」との報道官談話を発表した。 しかし、中台関係改善の流れを重視する馬英九総統を名指しで批判することは避けた。台湾の被災者から反発が出ることなどを考慮したとみられる。 談話では「(台湾訪問を要請した)民進党の一部が(災害という)チャンスをとらえ、ダライの訪台を画策しており、救済活動のためではない」と指摘。批判の矛先を「民進党の一部」と「ダライ・ラマ」に絞っている。 中国としては、一貫してダライ・ラマの国際社会での活動を非難してきただけに訪台を黙認することはできない。とはいうものの、弱体化した馬政権を支える必要性もあり、批判は抑制されたものとなっている。
インド北部ダラムサラ(Dharamshala)で、「チベット動乱」50年記念式典に姿を見せたチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世(2009年3月10日撮影)。(c)AFP/Manan VATSYAYANA 【3月10日 AFP】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世は「チベット動乱」から50年目の10日、亡命先のインド北部ダラムサラ(Dharamshala)で演説し、チベット自治区に「この世の地獄」をもたらしたと中国政府を非難した。 ダライ・ラマは演説で、「意味のある自治」を求めた。1959年3月10日に発生した動乱以降、一連の抑圧で、チベット自治区に「筆舌に尽くしがたい苦しみと破壊」をもたらしたと厳しい調子で非難した。動乱がきっかけでダライ・ラマは亡命した。 中国当局は、抗議行動を阻止するためチベット高原一帯に大規模な厳戒態勢を敷いて
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