本サイトに掲載の記事・写真など一切の無断転載を禁じます。 すべての記事・写真の著作権は新日本海新聞社に帰属します。 著作物使用について ネットワーク上の著作権について(日本新聞協会) ご意見・ご感想は住所、氏名を明記の上 [email protected]まで
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2022年10月09日 更新履歴(令和4年) 令和4年1月2日(日曜日) 三十年以上も前にある方から一枚のコピーを頂きました。「大船四季の順風」と題した倉田久五郎作のからくりぜんまい細工です。調べたところ、『武江年表』によりこれが天保7年であることが分かり、その項へ図版を入れました。その時「長崎ぜんまい人形大切ニ奉御覧入候」という小さいビラのコピーも頂いていたのですが、関連があるのかどうか分からないまま年代不明のファイルに閉じておきました。 昨年の暮も押し詰まった頃、幸運にも「大船四季の順風」のビラを手に入れました。これだけでも喜びでしたが、なんとこのビラに「長崎ぜんまい人形大切ニ奉御覧入候」という小さいビラが貼りつけてあったのです。これには吃驚でした。これによってこの小さいビラが同興行のものであり、かつこの興行の表看板が長崎の雪遊びで、大切が長崎ぜんまい人形であることがはっきりしました。
2024年09月29日12:07 カテゴリ落語家銘々伝:四代目桂文団治 落語家銘々伝:四代目桂文団治① 落語家銘々伝 四代目桂文団治 上方落語界には、「桂文団治」という大名跡があります。 四代目の文団治が1968年(昭和43年)に亡くなってからこの大名跡は、56年も途絶えており、何とか誰か継いでほしいものです。 初代の文団治は、初代桂文枝の弟子で、米丸といいました。歌舞伎役者の市川右団治と懇意にしていた事から、右団治の「団治」と、文枝の「文」から「文団治」と自ら名乗りました。 初代文枝門下の四天王の一人で、二代目文枝(元文三)に対抗できるのは文団治だけだと言われていました。 二代目はこの人の弟子で、米団治から二代目を継ぎました。後に7代目文治を継いだ人です。 三代目は、最初初代の弟子でしたが、二代目の弟子となり、米朝、米団治を経て三代目文団治となりました。 さて今回紹介する文団治は、この三
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小平物語 第一・道三 先祖のこと · 第二・武田と小笠原・諏方の合戦 · 第三・武田と諏訪 和睦する · 第四・福与城攻め · 第五・小笠原信定 板垣を切り崩す · 第六・小笠原長時 越後国へ浪人 · 第七・道三 太々神楽を奉納する · 第八・諏訪明神の祭礼 · 第九・武田が道三の財宝を取り上げる〜金を埋める · 第十・道三の舎弟と子供の事 · 第十一・小平辰之介 浜松へ初陣 · 第十二・たしなむべきは弓である · 第十三・小平辰之介 三方ヶ原合戦に出陣 · 第十四・武田信玄 他界する · 第十五・両角惣兵衛 小平辰之介へ異議を唱える · 第十六・小平円帰の婿入り · 第十七・三州長篠で両角 討ち死にする 2 · 小平物語 人物相関 · 小平物語 年表 赤羽記 赤羽記序 · 赤羽記01鎌倉時代の保科氏 · 赤羽記02保科氏 高遠に仕える · 赤羽記03高遠氏 諏訪から系図を盗む · 赤羽記
廃道・未成道・隧道・林鉄・廃線跡 古き良き「交通」を冒険する オブローダー「ヨッキれん」の記録 >> 13/12/11/10/9/8/7/6/5/ 4/3/2/1 >> 4/3/2/1 >> 9/8/7/6/5/4/3/2/1 >> 2/1 >> 3/2/1 >>
【住所】愛知県名古屋市中区千代田三丁目9–14 アクセスは地下鉄鶴舞駅から徒歩6分! 駐車場は無いので公共交通機関で来館することをオススメします。 【開館時間】10時〜16時 【定休日】日曜、祝日、お盆、年末年始。 【入館料】無料! あいち銭湯資料館に行ってきた! というわけでやってきましたあいち銭湯資料館! どーん! 普通のビルだ! 気づかないと通り過ぎてしまいそう! ちゃんと入り口の前に看板が出ています。 資料館はビルの二階! ビルの1階は事務所になっているので行く前に軽く声を掛けておくとよいと思います! 階段を上って二階へ向かいます。 階段の途中にも色んなものが展示されています。 喜乃湯さんに掛けてあった看板や、 傘立て、 下駄箱の扉や 縁台! うーん、雰囲気ある!!! そして2階に着くと更に色々な資料が! 値段設定にすごく時代を感じる……! 橋本七度煎! 他にも様々な資料が展示され
北海道の最東端に位置する別海町にあるホテルです。知床までも車で2時間、根室まで1時間と道東観光には最適な場所に位置しております。
中標津町内殖民軌道探査記録 北のケービン 北海道廰殖民軌道 [リンク]と[文献] [リンク] 殖民軌道の動画!! なんと、最近になって、昭和39年の厚床・風蓮間の馬鉄(国鉄標津線開通後も風蓮地区の足として残された、根室線の南端部です)の動画「根釧原野の馬トロ」が、ネット上に出現しました。 しかも、カラー、さらに作者は、「電子立国・日本の自叙伝」などを制作した、元・NHKの名ディレクター相田洋(あいだ ゆたか)氏です。 http://jp.youtube.com/watch?v=boau70_AtHg 紹介・解説記事は、こちら http://asciidotpc.jp/modules/xeblog/index.php?caldate=2007-12-12&user_id=18&cat_id= 殖民軌道の写真 ・戦前の絵葉書 戦後の絵葉書 楽しめる絵葉書 の 戦前絵葉書 北海道 殖民鉄道 に
去る四月十四日、十五日両日と静岡鈴木邸春の探書会へ参加させて頂きました。当日は春の嵐が近づいているとの予報で、天候が心配されておりましたが大きな天気の崩れも無く、鈴木邸では古書好きな方々が集い穏やかな時間が流れておりました。 「禁断のお宝拝見!」と題された拙コレクションのカストリ雑誌を並べた上でのトークイベントも無事に終了。ご多忙中にも関わらず足を運び会場を盛り上げて頂いた多くの皆様、鈴木邸当主鈴木藤男様、関係者の皆様には只管感謝申し上げる次第であります。静岡あべの古書店店主鈴木大治様による卓越された話術を以ての司会進行は、拙い放言を繰り返す小生、大いに助けて頂きました。ありがとうございました。 会終了後も、SNSを通じて来場された方、前回前々回とお運びになられた方、静岡県内の遊里史を調査されている方等々、多くの方々と愉しく有意義な語らいの時間を共有。ジャンルは違えども、とある骨董品を蒐集
お散歩日記路地裏、バラック、長屋、昭和の香りがする飲食街、遊郭赤線跡地、廃墟、古い町並み、山奥・・・・そんな場所を訪れては下手糞な写真を撮っております。 静岡県登録有形文化財鈴木邸にて開催された鈴木邸秋の探書会2019、台風一過の澄んだ青空のもと、多くの方がお運び頂きました。 早い時刻に鈴木邸に到着すると、既に書籍目当ての方が玄関付近で開場を待っておりました。聞けば毎回探書会へ見えられている常連様とのこと。探書会の開場時刻となると書籍を手に取り真剣な眼差しです。掘り出し物は見つかりましたでしょうか? 十月十三日に鈴木邸の大広間で行ったカストリ雑誌を題材とした座談会へも多くの方がお運びになり、只管感謝申し上げる次第です。ありがとうございました。そして毎回フォローを頂いている司会の静岡あべの古書店店主鈴木大治さんには、今回もトーク中に随分と助けて頂きました。 ※写真はカストリ雑誌を朗読する鈴木
馬鈴薯(じゃがゐも)は如何(いか)に料理(れうり)するか 記者『この頃(ごろ)は新(しん)の馬鈴薯(じゃがゐも)が澤山(たくさん)出ますがあれはどうして食べたら宜(よ)うございませう 夫人『新の馬鈴薯はゆで方が肝心(かんじん)です。古い馬鈴薯は水(みづ)からゆでますけれども新の馬鈴薯は先(ま)づ湯をグラグラと煮立(にた)たせてその中へ薯(ゐも)を入れて少なくとも三十分間以上(いじゃう)ゆでなければなりません。ゆで方が少ないと馬鈴薯(じゃがゐも)がネバネバして心(しん)に硬(こは)い處(ところ)があって美味(おい)しくありません。三十分間ゆでた後(のち)お砂糖(さたう)を入れて二十分間煮(に)てその次に鹽(しお)を入れて又(また)十分間煮ます。つまり一時間かかって煮なければ美味しくは出來ません。 記者『馬鈴薯(じゃがゐも)が極(ご)く上等(じゃうとう)なお料理(れうり)になりませうか。 夫人
日本に洋酒文化が定着していったプロセスを追う本シリーズ。その手がかりとして最初にスポットを当てたのが、大正期から現れたモダン・ガールたちだ。さて、史料をあたっていると、洋装の彼女たちというのは実は少なかったらしいことがわかってきた。 モダン・ガールの実像を誰も知らない よく使われるモダン・ガールの写真(「日録20世紀」表紙/講談社) 読者の方々は、「モダン・ガール」と聞くと、当時の朝日新聞に掲載されたこの辺の写真(左)を思い浮かべるのではないだろうか。 世間で一般に大正モダニスムを象徴するエピソードとしてモダン・ガールが使われる場合、まずはこの写真をどこかに置いて、あとは平塚らいてうの「青鞜」※に触れるか、資生堂の説明に入るか、賑わう銀座通りに筆を進めるか。そのアプローチはさまざまだが、モダン・ガールに関する説明はそこそこに、本題の女権運動や街の歴史、大正デモクラシーに入っていく場合がほと
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