1933年3月 - 京都帝国大学理学部講師嘱託 1936年5月 - 京都帝国大学理学部講師 1938年 8月 - 京都帝国大学内蒙古学術調査隊 12月 - 京都探検地理学会 1939年6月 - 興亜民族生活科学研究所研究員 1941年(夏) - ポナペ島探検 1941-1942年頃 - 国防科学研究所 1942年 5月-7月 - 北部大興安嶺探検 京都高等蚕糸学校非常勤講師 1943年 - 民族学研究所嘱託 1944年 - (蒙古善隣協会)西北研究所所長 1948年4月 - 京都大学理学部講師(有給) 1950年4月 - 京都大学人文科学研究所講師 1952年8月 - マナスル踏査隊長 1955年5月 - 京都大学カラコルム・ヒンズークシ学術探検隊隊長 1956年1月 - 日本モンキーセンター設立 1958年2月 - 日本モンキーセンターアフリカ類人猿学術調査隊隊長 1959年6月 - 京
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原文に対する批判でお願いします (nabeso) 2009-04-20 12:26:41 批判の本質的な部分、ほとんどの今西支持者は全然科学的な仕事をしていない、については大体同意するのですが、せめて手に入れやすい「生物の世界」「生物社会の論理」の原文をもとに今西の批判をした方がよいかと思いました。 一応今西にシンパシーを持つものとしてフォローしておきますと、 >水系レベルでの違い 隔離(地理的隔離、時間的隔離、社会的隔離etc)の総合として、すみわけを提唱していますので、遺伝的交流がひくい地域ポピュレーションごとの違いは、今西の説と別に矛盾しません。 >絶滅危惧種 ここでいう個体差は、(おそらく)年齢区分が同じ個体間での話です。 >輪状種 この問題について今西自身の著作で読んだことがないので、コメントが難しいのですが、「変わるべくして変わる」を強い意味で捉えすぎているように思えます。グラ
今西錦司[石田英實編] (2002年12月1日刊行,京都大学学術出版会,京都,8 color plates + x + 164 pp., ISBN:4876986037 → 版元ページ) 【書評】※Copyright 2002, 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved これぞまさしく〈蜻蛉日記〉だ! どんな形態であれ「日記」を読むのは,ちょっと後ろめたくて,だからこそ愉しい.最近では,インターネットを通じて「哨戒地点」とか「今日のてくてく」とか「社長日録」とか「ぎょーむ日誌」とか,さまざまな「日記」を居ながらにして読めるようになった.しかし,昔の「日記」も捨てたものではない. 今西錦司の「カゲロウ日記」 — 厳密には「日記」というよりも「ノートブック」に近い気がする.ダーウィンの「ノートブック」を想像すれば,ぴったりフィットしそうな「日記」
日録2003年12月 ●31 december 2003(水) ◇明け方に雨滴が少々.曇っているので,寒くはない.バッハ『ヨハネ受難曲』とともに大晦日の明け方. ◇今年最後の書評はランドル・ケインズ『ダーウィンと家族の絆』になる気配.文を打ち込む前に,ダーウィン家の〈身内〉で,チャールズ・ダーウィンの伝記作家あるいは史料編纂に携わった人たちをダーウィン書誌学者 R.B. Freeman 編の『Darwin Pedigrees』でチェックしてみた.1984年に出版されたこの「系図」は商業出版された本ではなく“Printed for the Author”という性格のもの.内容は1888年に60部だけ“Privately printed”された系図学者 H. Farnahm Burke によるダーウィン家系図のファクシミリ復刻に Freeman による補足情報を付加したもの.イギリスで盛んな系
Previous Page - Page 28 - [ 目次] 2―日本社会と今西進化論 今西錦司が残したマイナス カゲロウは地理的な違いによって、あるいは棲み場所によって、種ごとに生活の場を違えている。京都大学の今西錦司はこの発見から「すみわけ理論」を提唱したといわれている。 棲みわけ理論の特徴としてしばしば強調されるのが、すみわけの原因が個体間の競争ではなく、生物の種の間の協調的な側面にあるという点である。そこから、ダーウィンの競争原理に対して平和共存の進化論を主張した、といって今西は紹介されることが多い。 今西進化論に対しては否定的な見解をとる人でも過去の今西の生態学における役割(すみわけ理論やニホンザル研究の推進など)を高く評価する人は少なくない。そのためか、今西理論が進化生物学や生態学に与えたマイナスの面については、あまり語られていない。また、今西進化論の妥当性については疑問をも
動物・人類学者、探検・登山家で、京都大学名誉教授、岐阜大学学長(1967-1973)でもあった今西錦司先生(1902.1-1992.6)の自著と膨大な旧蔵資料。岐阜大学統合移転記念式典当日(1984.10.27)に開設された。 (写真は岐阜大学図書館所蔵) 自著 自筆原稿 計2739ページ 1940-50年代、1970-80年代の原稿用紙に書かれた論文・随筆 年代不明 1930年代 1940年代 1970年代 1980年代 自筆メモ・カード 計539枚 印刷本の見出しに書かれたメモ、手書きの京大版カード 年代不明 印刷論文 計364件 単独著作や共著本、論文・随筆が掲載された雑誌や図書、論文の抜刷 [著書] 1940-50年代 1960年代 1970年代 1990年代 [小冊子] 1950-60年代 1970年代 1980年代 年代不明 [雑誌] 1930年代 1940-50年代 1960
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