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earthquakeとLifeに関するmk16のブックマーク (21)

  • 震度7の朝、妻は妊娠9ヶ月だった

    1995年1月17日(火)AM5:46。 瞬間なぜか「打ちこわしだ!」と目が覚めた。 大勢の人が丸太を持ってボクの家を壊しに来たのかと思ったのだ。打ちこわしなんて高校の歴史で習って以来思い出したこともないのに。 我が家(といっても賃貸マンション)は神戸の少し東、夙川という住宅街にあり、活断層のすぐ近くだったらしい。ほら、ガルってあるでしょ? 揺れの単位。あれによると、ボクの住んでいたあたりは一番値が大きい。つまり三ノ宮よりも長田よりも、ここらへんが一番揺れたということ。 幸いマンションは無事。 3階建ての背の低いコンクリート打ちっぱなしのマンションだったせいか、建物自体は被害がなかったのだが、とにかく中身はグジャグジャ。 夜が明けてからわかるのだが、29インチのテレビが5メートルほどすっとんで部屋の反対の隅に転がっていた。棚も飾り棚も倒れてグチャグチャ。愛するオーディオもグジャグジャ。床

    mk16
    mk16 2015/03/06
    >他人とわかり合うふりは出来ても、結局自分だけの体験なのだ。それ以来「こんなに揺れてこんな苦労をした」というような話は興味本位の他人の前ではしないことにした。
  • www.さとなお.com(さなメモ): そういえば、あの日以来、人に寄りかからなくなったなぁと思う

    18年前。 「震度7の朝、妊娠9ヶ月だった」という体験記をサイトに書いた。 その中でボクはこんなことを書いている。 そうか、結局、災害とはごく個人的な体験なのだな、と理解する。 他人とわかり合うふりは出来ても、結局自分だけの体験なのだ。それ以来「こんなに揺れてこんな苦労をした」というような話は興味位の他人の前ではしないことにした。 (中略) それにしてもなんてこった。大阪ではみんな普通の生活をしているではないか。なんだか被害者意識がわき上がってきて困る。なんでボクらだけこんな思いを、とか思ってしまうのだ。 災害とは個人的な体験で、他人には関係ないのだ、と心に言い聞かす。他人の助けがいらない、と言っているのではない。同情やら関心やらをかっても仕方がない、ということだ。自分たちで災害を受け止め、自分たちで癒し、自分たちで再度立ち上がらないといけないのだ。 この想いはいまも強く心に残り、今

    www.さとなお.com(さなメモ): そういえば、あの日以来、人に寄りかからなくなったなぁと思う
  • 今回の地震は予知出来ていた?! - やねうらおブログ(移転しました)

    長期的な地震予知は人命を救うという観点からはあまり役には立たないと思う。 例えば「XXで3年以内に大きな地震が来る」とか言われても、私は明日そこで仕事の打ち合わせがあるなら新幹線に乗って行かざるを得ない。 ゆえに短期的な予知が可能かどうかのほうがより重要だ。2,3日以内に大きな地震が来ることがわかっていれば事前に1週間だけ別のところに避難することも難しくはない。 それで、短期的な予知が可能なのかだが、事前に前震(震より前に発生する地震)が当然あるはずだ。また大きな地震なら、前震もそれなりの数があるはず。だから、大地震の短期的な予知は長期的な地震予知よりむしろ簡単じゃないかと思う。 では今回の地震に前震があったのか確認してみよう。 http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/daily_map/japan/20110308.shtml http://www.sei

    今回の地震は予知出来ていた?! - やねうらおブログ(移転しました)
    mk16
    mk16 2011/07/13
    精度が低くても、大地震注意報ぐらいは出すべきだったと思う。竜巻注意報の当たる確立は10%程度だし。
  • それでよい、と思う。(地震から一週間)

    地震から一週間が経った。 1. 人々の買いだめによる品と電池の品薄は、西日へと波及した。連休中には、全国的な現象になるのだろうか。それとも、そろそろ落ち着きを取り戻す頃合なのだろうか。 私はというと、地震後、徒歩通勤がつらくて中古の自転車を1台買ってしまったが、他は何も買っていない。あれこれ料を備蓄していた甲斐があった。うどん、そば、などを合計すれば、まだ15分ほどある。幸い、私の暮らす街ではガスも水道も早期に復帰したから、乾パンや水の在庫は20分以上も残っている。 2. 強い人は弱い人のために、賢い人は愚かな人のために、健康な人は病を抱えた人のために、力持ちの人は非力な人のために、冷静な人は動揺している人のために、用意のいい人は備えを怠った人のために、寛容な人は狭量な人のために、周囲に配慮できる人は自分しか見えていない人のために、いるのだと思う。 いま、べ物、飲み物、電池な

  • 「子どもを置いて自分だけ逃げられない」自宅に留まり津波の犠牲になった引きこもりと母親たち

    通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。1997年から日の「ひきこもり 」界隈を取材。東日大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したの かを調査。新刊は『ルポ「8050問題」高齢親子〝ひきこもり死〟の現場から 』(河 出新書)  他に『ルポ ひきこもり未満』(集英社新書)『ひきこもる女性たち』(ベ スト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『あのとき、大川小学校で何 が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。KHJ全国ひきこも り家族会連合会部広報担当理事。東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会 委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』 「引きこもり」するオトナたち 「会社に行けない」「働けない」――家に引きこもる大人たちが増加し続けている。彼らはなぜ「引きこもり」するようになってしまったのか。理由とそ

  • 10年間馬鹿にされても一人で作った自作避難所、70人救った 馬鹿にした男「先見の明があった」 カナ速

    1 :名無しさん@涙目です。(静岡県):2011/04/02(土) 23:26:47.62 ID:3AQVo6Ww0● 手作り避難所、70人救った10年かけ岩山に 東松島(1/2ページ) 「津波なんてここまで来るわけがない」。そう言われながら、約10年がかりで岩山に避難所を造った男性がいる。700人以上が死亡した宮城県東松島市で、この場所が約70人の命を救った。 東松島市の野蒜(のびる)地区。立ち並ぶ高さ30メートルほどの岩山の一つに階段が彫られ、登り口に「災害避難所(津波)」と書かれた看板があった。お年寄りでも上れるように段差は低く、手すりもある。平らになった頂上には、8畳の小屋とあずま屋、海を見渡せる展望台が立てられていた。 近くに住む土地の所有者、佐藤善文さん(77)が10年ほど前から、退職金をつぎ込んで1人で造った。「避難場所は家からすぐの場所になくちゃってね」。住民には「佐藤山

  • 『阪神震災を経験して今思うこと』

    昨日発生した大震災。 時間がたつにつれ、震災や津波による被害にあわれた数は増えて行くと思います。 被災地の方々が置かれている今の状況を考えると、胸の詰まる思いやいたたまれない 感情を抱かずには居られません。また、現在被災され他界された方のご冥福を心からお祈りいたします。 今回の震災で、自衛隊の動きの速さ、情報の流布の少なさ(現地ではわかりません…) 支援活動の各社の速さ、どれをとっても当に素晴らしい。 日人であることに誇りを覚えています。自分の無力さを感じるとともに、その中で、 阪神震災を体験した一人として少しでも有効な情報になれればとの想いで記載します。 ※文章至らない所あればご了承ください ※私が被災したのは中学3年なので、被災した方の心境は中学生の気持ちだと思ってください。 =========転載歓迎=============== ◆今、東京にいて、震災後1週間で出来ること 『冷

    『阪神震災を経験して今思うこと』
  • 被災地からのお手紙 :: JKTS - 被災地へ医療スタッフとして行ってきました。短い間でしたが貴重な体験となりました。

    明けましておめでとうございます。 コメント当に当にありがとうございます。 昨年11月末に盛岡に旅行に行ってきました。 盛岡城跡の高台から市内を一望して 遠くの山の向こうの被災地を思ったり わんこそばにチャレンジしたり 伝統工芸品を見たり 陸前高田出身のかたの経営する居酒屋に行ったりとっても有意義な2日間でした。 お仕事以外で岩手に行ったのは 震災以降初めてでしたが道路が隆起していたり 屋根が壊れている家屋を見つけると ついじっくり見てしまうクセがついてしまいました。 募金箱にお金を入れたり、お土産ものをたくさん買ったり 今の自分に出来る支援をしてきましたが、東北のお事はおいしかったし、景色はきれいだし空気も澄んでいて 会う人会う人が優しかったりで やっぱり大好きな場所だなぁと思いました。 陸前高田には1月に入ってから 先日ですが日帰りで仮設住宅とボランティア団体の方対象の健康診断のお

    被災地からのお手紙 :: JKTS - 被災地へ医療スタッフとして行ってきました。短い間でしたが貴重な体験となりました。
  • 【2ch】ニュー速クオリティ:楽観的な人専用

    東日大震災の復興を願い「ねんどろいど 初音ミク 応援ver.」発売〜1個につき1,000円を日赤へ寄付

  • どこに寄付をしたら、どこにお金が行くのか

    震災被災者を支援するための寄付先に迷ったので、どこに寄付したら、最終的にどこにお金が行くのか、少し調べてみました。 (諸々の数字は、特に記載のない限り、2011/3/17時点で公開ベースの数値です。記事は原則としてウェブ上の公開情報に基づいています。更新するかもしれませんが、日を追って情報が古くなる可能性が高いので、参考程度にご覧ください。) ※3/19 22:00 NGO活動地域情報を更新、Global Givingとユニバの紹介を追記。 ※3/28 8:00 JPFに関して大幅追記、RQの紹介を追記。 photo credit: sorarium 大口の窓口としての、日赤十字社 「日赤十字社(通称:赤十字、日赤)を通じて」という表記をよく見かけませんか? グルーポンのマッチングギフト方式の寄付1.7億円や、ユニクロと柳井さんの14億円は、日赤十字社を通じて、被災地に送られる「義

    どこに寄付をしたら、どこにお金が行くのか
    mk16
    mk16 2011/03/21
    黒柳徹子基金にも触れて欲しかった。
  • 本当に必要なのは「ピーク時」の節電- 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!

    節電関して、電気のしくみがずいぶん浸透してきましたが、それでも、健康を害しかねない過度な節電や、日常活動に支障がある節電もあって、わたし達の生活の質を落としているところがあるので、もう一度、大事なポイントを2つまとめます。 1. 供給のしくみから考えると、電気はほとんど貯められないので、節電は「ピーク時」に使わないようにする、極論すると、そのことが一番重要。(現状では、平日の明るい時間から夕時にかけての、大量の人間が起きて、動いて、事をしたりしている時間帯) 2. 他地域からの振り替えは、ほとんど出来ないので、東京電力・東北電力以外の地域の節電は「気は心」くらいの効果しかない。 もちろん、不要不急の電気はすべて、使わない方がいいです。発電所のダメージから、ベースとしての供給量が下がっていますから、その部分は使っていない部屋の電気を消す、使っていない家電の電源を抜く、必要以上の暖房をつけ

  • Ben Yamamoto (@uchida0hige) | Twitter

    西野カナちゃんのファン!!!

    Ben Yamamoto (@uchida0hige) | Twitter
  • 【東日本大震災】15年間の引きこもり男性、自宅流出も避難せず奇跡の生還 - MSN産経ニュース

    岩手県野田村の海岸線近くに住む無職男性(48)は約15年間外出せず、引きこもっていた。自宅ごと流され、一時は死を覚悟したが奇跡的に生還、「幸運だった」と語った。 男性は母親(72)と2人暮らし。勤めていた東京の会社が約15年前に倒産。故郷に戻り、引きこもるようになった。「避難はおっくうだった」と男性。11日の激しい揺れの直後、「逃げなきゃだめだ」と何度も訴える母親の言葉を聞き入れなかった。母親だけが避難した直後、ドンという音とともに、自宅は流された。部屋の壁が崩れ、天井が落ちてきた。あっという間に胸まで水に漬かり、屋根の梁に手を伸ばし必死に抱え込んだ。わずかな空間で呼吸し、屋根ごと1キロ近く流された。 だが間もなく屋根は真っ二つに割れ、濁流の中に。ようやくビニールハウスの骨組みをつかみ、波に耐え続けた。どこにいるか分からなかったが、寒さに震えながら高台へ歩き、隣の久慈市の避難所に着き、母親

  • アンパンマンは君さ - 琥珀色の戯言

    最近、2歳半の息子は、児童センターで「アンパンマン体操」をやっています。 アンパンマンは君さ 元気をだして アンパンマンは君さ 力のかぎり そんなフレーズを、まだたどたどしくも、いっしょうけんめいに唄って体操をしている息子をみながら、僕は、被災地でラジオから流れてきた「アンパンマンマーチ」に笑顔をみせた子どもたちの話を思いだしていました。 なぜ、『アンパンマン』なのだろう? (もちろん、他の子ども向けの曲も流されていたのでしょうが、僕が聞いた話には、『アンパンマン』関係がすごく多かったので) そんなことを考えているうちに、『アンパンマン』についてのこんな話を思い出しました。 西原理恵子さんが、やなせたかし先生について語ったことば。 (『ダ・ヴィンチ』2009年7月号(メディアファクトリー)の特集記事「ニッポンのオカン、西原理恵子スペシャル」より) ”人間何がつらいって、お腹すいてるのが一番

    アンパンマンは君さ - 琥珀色の戯言
  • 輪番停電(計画停電)中はどうすればいいのか対策・情報まとめ - ゴールデンタイムズ

    最終更新:2011 3/14 01:40 この記事は短縮リンク http://bit.ly/clear_teiden でアクセスできます。 停電時の各対応をいろんなとこからまとめました。 変更などもあると思いますので程々にご参考ください。 1.どこが停電するか 地域別に『5グループ』に分けられ順番に停電します。 この記事からご自宅の住所がどのグループに属しているかご確認ください。 →【訂正版】計画停電(輪番停電)のスケジュールまとめ また、有志による検索サイトも公開されています。 (個人サイトなのでアクセス分散推奨) 計画停電時間検索 輪番停電リスト 輪番停電エリア検索3/14 ※停電スケジュールは毎日変わります(前日の17時にHPで更新) ( via http://twitpic.com/493uiw) 2.いつ停電するか 2011年3月14日(月) ◇

    mk16
    mk16 2011/03/14
    最重要項目:エレベーター 停電予定時刻の前後に乗らないこと
  • pray for japan 東北太平洋沖地震、海外からの応援メッセージ集 prayforjapan.jp

    このドメインは お名前.com から取得されました。 お名前.com は GMOインターネットグループ(株) が運営する国内シェアNo.1のドメイン登録サービスです。 ※表示価格は、全て税込です。 ※サービス品質維持のため、一時的に対象となる料金へ一定割合の「サービス維持調整費」を加算させていただきます。 ※1 「国内シェア」は、ICANN(インターネットのドメイン名などの資源を管理する非営利団体)の公表数値をもとに集計。gTLDが集計の対象。 日のドメイン登録業者(レジストラ)(「ICANNがレジストラとして認定した企業」一覧(InterNIC提供)内に「Japan」の記載があるもの)を対象。 レジストラ「GMO Internet Group, Inc. d/b/a Onamae.com」のシェア値を集計。 2023年5月時点の調査。

  • 未曾有の災害のときに - 内田樹の研究室

    3月13日 東日巨大地震から三日目。 朝刊の見出しは「福島原発で炉心溶融の恐れ」と「南三陸町で1万人行方不明」。 16年前の大震災を超える規模の国家的災厄となった。 これからどうするのか。 このような場合に「安全なところにいるもの」の基的なふるまいかたについて自戒をこめて確認しておきたい。 (1)寛容 茂木健一郎さんも今朝のツイッターで書いていたけれど、こういう状況のときに「否定的なことば」を発することは抑制すべきだと思う。 いまはオールジャパンで被災者の救援と、被災地の復興にあたるべきときであり、他責的なことばづかいで行政や当局者の責任を問い詰めたり、無能力をなじったりすることは控えるべきだ。彼らは今もこれからもその公的立場上、救援活動と復興活動の主体とならなければならない。不眠不休の激務にあたっている人々は物心両面での支援を必要としている。モラルサポートを惜しむべきときではない。

  • 地震が起こったら、まずこれをしろ!

    震度7の真上にいた人間として、どうしても伝えたいことがあります。 それは「地震がおこったらどういった行動をとればいいか」ということ。 経験者にしか語れないことってあると思います。どんなに想像力豊かな人でもその場にならないとわからないことってあるのです。 いろいろありますが、箇条書きにしていきますね。「家自体は倒れなかった」「火事に巻き込まれなかった」ことを前提として話をすすめます。 震度7級の地震だったら、まったく動けません。 近くの家具につかまって身体を支えるのがやっと。183センチの大男でスポーツをわりかしやっていたボクですら、ベッドから一歩も動けなかった。 とにかく「一歩も動けない」と思っておいた方がいいです。 だから火なんか消せません。第一、四方から家具が倒れてきます。下敷きにならず怪我しないのが精一杯でしょう。んー、机の下に隠れるくらいはできるかな、どーかなぁ、というレベル。火事

  • www.さとなお.com(さなメモ): 阪神大震災から15年

    あの朝から今日で15年…。 当時ボクは神戸の夙川に住んでいた。そしてあの大地震を体験した。まぁ毎年この日にさなメモでお知らせしていることではあるが、そこで得られた教訓をいくつか以下に書いているので、ぜひお読みください。 地震が起こったら、まずこれをしろ! 地震が起こる前に、これだけはしておけ! 震度7の朝、妊娠9ヶ月だった。 佐藤尚之(さとなお) コミュニケーション・ディレクター (株)ツナグ代表。(株)4th代表。 復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。 大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。 花火師。 1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。 現在は広告コミュニケーシ

  • 防災科学技術研究所 Hi-net 高感度地震観測網

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