8月5日午前、一人の科学者が自らの命を絶った。日本の再生医療の牽引(けんいん)者であり、将来のノーベル賞候補とも目されていた理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の副センター長だった笹井芳樹(52)。今年2月以降、STAP細胞論文の不正問題で、著者の一人として厳しい批判にさらされた笹井が選んだのは、言葉による弁明ではなく、死による清算だった。 「彼は『孤高の天才』なんです」。20年来の友人で京都大大学院理学研究科教授の阿形清和(60)は、作家、新田次郎の山岳小説「孤高の人」の主人公に笹井を重ね合わせる。 実在の登山家、加藤文太郎(1905~1936年)の生涯を題材にした小説は、複数人でパーティーを組むという登山界の常識を覆し、単独での登頂記録を次々と打ち立てた天才クライマーを描いた。 六甲山縦走を足がかりに実力を磨いた文太郎に対し、笹井は六甲山を見上げる神戸・ポートアイランド