平城遷都1300年記念事業の一環として、第二次世界大戦で県内の文化財を空襲から守ったとされる中国の建築家、梁思成(りょう・しせい)氏(1901~72年)の銅像を設置する計画について、奈良県が再検討する方針を固めたことが2日、分かった。梁氏を“古都の恩人”とする逸話の事実関係が明確でないとの指摘が相次ぎ、県が再考を余儀なくされた格好だ。 梁氏は中国国民党政府の故物保存(文化財保護)委員を務めた要人。県によると、梁氏は戦争中、米軍に奈良、京都を空襲目標から外すよう進言したとして、中国側が平成20年、日中友好協会を通じて銅像の建設を提案。銅像を中国側、台座を日本側がそれぞれ制作し、10月末に県文化会館(奈良市)の敷地内に設置する予定で調整していた。 ところが、梁氏のエピソードは中国側の説明だけで事実関係も不明確。研究者の間からは「梁氏がいつ、どこで、米軍のどの航空部隊の指揮官に空爆中止を進言した