1.遠い人、近い人、わかりやすい人、わからない人 愛。小説のなかで愛が途方もなくのさばっていることは、みなさんもよくご存じのとおりです。そしてそれが小説に害をなし、小説を単純なものにしているというわたしの意見にも、たぶん同意してくださるでしょう。なぜ愛という経験だけが、しかも、性というかたちをとった愛だけが、なぜこんなに大量に小説の世界に移植されたのでしょう。漠然と小説というものを考えると、すぐに男女の恋愛が頭に浮かびます――結ばれたいと望み、そしてたぶんめでたく結ばれる男女の恋愛です。しかし漠然と自分の人生や、まわりの人たちの人生を考えると、現実の人生はこんなものではないと誰もが思うはずです。もっとずっと複雑なものだと誰もが思うはずです。 高校一年のときの現国の授業で、小野先生(仮名)は 「君ら、恋の定義を知ってるか」 と聞いた。 「相手との間に距離を感じたら、それが恋だ」 そして古今集