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船頭多くして船山に上る(センドウオオクシテフネヤマニノボル)とは? 意味や使い方 - コトバンク
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船頭多くして船山に上る(センドウオオクシテフネヤマニノボル)とは? 意味や使い方 - コトバンク
指図する人が多すぎると混乱して物事がうまく進まず、とんでもない結果になりかねないことのたとえ。 [... 指図する人が多すぎると混乱して物事がうまく進まず、とんでもない結果になりかねないことのたとえ。 [使用例] 皆さんどなたが頭株というわけではないので統一がとれません。つまり船頭多くして船山にのぼるの譬たとえで、何か一つ問題がおきますと、すぐに議論倒れで中々果てしがつきません[夏目鏡子*漱石の思ひ出|1928] [使用例] 推理小説ぐらい、合作に適したものはないのである。〈略〉十人二十人となっては船頭多くして船山に登る、という怖れになるが、五人ぐらいまでの合作は巧く行くと私は思う[坂口安吾*探偵小説とは|1948] [解説] この「船頭」は、渡し舟のような小舟を操る人ではなく、多くの船員が乗り組む和船の船長をさしています。船長は一人に決まっていますが、あえて「多くして」と仮想の条件をつけ、とんでもない結果になることを「船山に上る」と誇張して、ことわざの印象を強めています。船とかぎらず、現場全