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演劇的モデルの可能性 - 仮想算術の世界
このあいだから何回かに分けて、物語の変異について論じてきた。しかし、ゲームやアニメにことさら接近... このあいだから何回かに分けて、物語の変異について論じてきた。しかし、ゲームやアニメにことさら接近するこの態度は、場合によってはひどく安直で迎合的なものに映るかもしれない。むろん僕としては、そう受け取られるのはまったく本意ではない。そこで、今回は抽象度を上げ、もう少し大きな文脈に接合してみよう。 * いま本が手元にないので多少うろ覚えだが、浅田彰氏は以前『文學界』(*以前『新潮』と表記していたが、誤りのため訂正。07/9/6)のロラン・バルトを取り上げた座談会で、日本の小説というのがあまりにも映画のモデルに偏りすぎ、演劇を軽視してきたという趣旨の発言をしている。これは重要な指摘だと思う。なぜなら、文芸に限らず、日本の文化というのは総じて映画との関係においてつくられることが多いからだ。それは、映画の文法を直に真似た作品としてあらわれることもあれば、映画にできないことをあえて積極的に実現しよ
2009/08/05 リンク