同じ研究者(生物ではない)として、そう感じてしまう。彼女が犯したミス(?)はそれほどに初歩的だ。 しかしこのSTAP細胞の一件で最も不自然なのはそれほど初歩的な事も知らない人物が一方でNATUREの査読をすりぬけるほど論文の「書き方」に精通している、という事だ。 職業柄、他人の論文はよく読むのだが、素養のなさ、能力のなさは論文執筆に際して隠しきれるものではない。素養のない人が書いた論文を読むと、論証に致命的なミスがあったり、研究方針がそもそもおかしかったり、論文を書く上での基本的な作法(論理展開や用語)がなってなかったり、成果云々以前の所ですでにあやしいものが多い。論文を書く、という行為はそれ相応に修行を必要とするものなのだ。 しかし彼女の論文がNATUREに通ったという事は、こうした基本的事項には一切問題がないとNATUREの査読者達が判断したという事だ。 問題のない研究方針を立てられ、