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叫ぶ詩人の会に関するamarugamuのブックマーク (3)

  • 叫ぶ詩人の会「我童」からの手紙 | 便所の中の どさんぴん

    突然ですが皆さんは「叫ぶ詩人の会」というバンドを憶えているでしょうか? そんなにヒットに恵まれるようなバンドじゃなかったけど、 詞の朗読とパンクロックの融合を目指していたあたりは嫌いじゃなかった。 地道にファンを獲得していたそんな折り、 僕はバンドメンバーの「我童」とひょんな繋がりで懇意になった。 阪神淡路大震災のボランティアがきっかけだったのだけど、 ヤツは若いのに社会に対する関心が大きく、年長者の意見を聞きたかったのか、 高円寺ネブラスカの2階で朝が来るまで酒を呑みながらよく社会問題をやりあった。 その後バンドを抜け「聖なる野獣の会」を独り立ち上げて放浪の旅に出るまで、 短い間ではあったけども彼から学ぶことも多かった。 ちなみに彼が抜けた穴は大きくその後ギターのタクジが覚醒剤でパクられた事で バンドは活動休止状態となりとても残念な思い出がある。 最近戸棚を整理していたらそんな我童からの

    叫ぶ詩人の会「我童」からの手紙 | 便所の中の どさんぴん
  • 90年代独自スタイルで異彩を放った「叫ぶ詩人の会」 [J-POP] All About

    90年代独自スタイルで異彩を放った「叫ぶ詩人の会」叫ぶ詩人の会は90年代にパンクロックに現代詩の朗読を融合させるスタイルで異彩を放ったバンドです。ボーカルのドリアン助川さんは音楽以外にも、ラジオパーソナリティ、放送作家、詩人など多方面に才能をお持ちの方。そんな彼が率いるバンドということで、その詞に大きな魅力がありました。詩人の感性で日常的な情景の中に潜む普遍的なものを、独特の優しい視点で見つめ切り取った詞は心に響きました。 心に響く、日常に潜む普遍的なものを切り取った詞 ■バンド名 「叫ぶ詩人の会(さけぶしじんのかい)」 ■おすすめの作品 アルバム 『虹喰い』、『LOVE&PEACE』 シングル 『はきだめの鶴』 ■思い出 叫ぶ詩人の会は90年代、実質的に94年から98年のわずか5年程ですが、パンクロックに現代詩の朗読(ポエトリーリーディング)を融合させるスタイルで異彩を放ったバンドです。

    90年代独自スタイルで異彩を放った「叫ぶ詩人の会」 [J-POP] All About
  • 叫ぶ詩人の会 - Wikipedia

    助川は早稲田大学に在学中、学生演劇集団「青」を結成。演劇ブームの風に乗り、軌道に乗ったかに見えたが、助川自身のワンマンのために活動は破綻する。塾講師の仕事を得るがアルコールのためにこの職も失い、入り浸っていた新宿ゴールデン街の業界人たちに紹介されるがままに放送作家の仕事を始める。 真面目な仕事ぶりで一躍売れっ子となる助川だったが精神的に追い詰められ、アンジーの水戸華之介とともに東欧へ取材に訪れた際、チェコで聴いた市民の歌う「ヘイ・ジュード」やアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に送られる直前の子供たちが描いた拙い絵に感化され、帰国後の1990年に叫ぶ詩人の会を結成する。 詞の朗読とパンク・ロックの融合はアメリカのパティ・スミスやロリンズ・バンドがすでに確立させていたスタイルではあった。しかし日ではなかなか理解されず、ザ・スターリンや河島英五などの前座を務めながら歌わないバンドとして少し

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