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古典芸能に関するakihiko810のブックマーク (149)

  • 【落語家・林家つる子さん】「出る杭は打たれる。だけど、打たれて強くなればいい」12人抜きで女性初の抜擢真打になるまで<前編> | yoi(ヨイ) - 心・体・性のウェルネスメディア

    ——つる子さんは、もともとは地元の女子高で演劇をやっていらしたとか。 つる子さん:はい。進学校だったんですけど、勉学そっちのけで演劇にののめり込んで、3年生の1学期に偏差値36という驚異の数字を叩き出したぐらいです(笑)。 振り返ってみると、表現することに目覚めたのは小学5年生のとき。先生が声をかけてくださり、演劇クラブに入って、初めて人前に立ったんです。そのとき、クラスメイトが感動してくれたことや、自分が没頭できたこと、母が喜んでくれたことがうれしくて。中学は演劇部がなかったので、高校生になってまた演劇部に入ったのですが、1年生のときに演じたドラァグクイーン的な役がもうひとつの転機。ちょっと出て、笑いを取ってはソデに引っ込む役どころだったんですけど、それが当に性に合って。そこで初めて、みんなが笑ってくれることにやりがいを感じました。両親にも好評で、寡黙な父も「とうとう殻を破ったね」みた

    【落語家・林家つる子さん】「出る杭は打たれる。だけど、打たれて強くなればいい」12人抜きで女性初の抜擢真打になるまで<前編> | yoi(ヨイ) - 心・体・性のウェルネスメディア
  • 型破りな天才は優しい難敵だった めったに人を褒めない人間国宝・柳家小三治に「本物の大物」と言わしめた落語家の核心に迫る(夕刊フジ) - Yahoo!ニュース

    【BOOK】 ノンフィクションライター・中村計 2001年に入門し、12年に21人抜きという大抜擢で真打ちに昇進した落語家、春風亭一之輔。めったに人を褒めない人間国宝・柳家小三治に「物の大物」と言わしめ、「笑点」(日テレビ系)の人気者に。ノンフィクションライター・中村計さんが〝天才落語家〟の核心に迫った。 【写真】中村計さんの著書「落語の人、春風亭一之輔」 ――落語に目覚めたのはいつ頃ですか 「大学卒業後、勤め始めたスポーツ新聞社を辞め、フリーライターとして一人暮らしを始めた頃。ふらっと入った池袋演芸場の狭い空間のなかで、座布団の上の落語家が少ない客に向かって声を張り上げている姿をみて衝撃というか『僕も生きていける』という不思議な勇気をもらい、寄席に足繁く通うように。東京・池上門寺(朗峰会館)の独演会で初めて一之輔の噺を聞き、舞台袖から出てくる雰囲気が、これはただものではないと、のめ

    型破りな天才は優しい難敵だった めったに人を褒めない人間国宝・柳家小三治に「本物の大物」と言わしめた落語家の核心に迫る(夕刊フジ) - Yahoo!ニュース
    akihiko810
    akihiko810 2024/10/31
    中村計さんの著書「落語の人、春風亭一之輔」
  • 「落語だから男尊女卑でもいい。同世代相手なら逃げ切れる」は違う…“最もチケットが取れない落語家”・立川談春が語る苦悩 | 文春オンライン

    「どうすれば20代30代に落語を聴いてもらえるんだろう」 談春 僕は落語家になって今年でちょうど40年。ということは、84年にスタートしたということで、その頃生まれた人はいま40歳。それより上の世代までは聴いてくれる人がいるんです、落語をね。でもそれよりも下の世代となるとまったく聴かれなくなっちゃう。 だから、「どうすれば20代30代に落語を聴いてもらえるんだろう」とよく考えるんです。「いいじゃねえか同世代だけ相手にしてりゃ逃げ切れるよ」「いや、だけどさ、俺の師匠は若い世代に落語をプレゼンできた人じゃない」「お前とは才能が違うよ」「わかってるけどさ。才能が違うからってうつむいて生きてんのも苦しくない? 名人ぶって」「だな」。なんて自問自答を繰り返して。 僕が談志の弟子になろうと決めたのは「芝浜」でした。夫婦の情愛を描いた人情噺。談志の定番といわれた落語です。 でもこれをいまの時代に聴いたな

    「落語だから男尊女卑でもいい。同世代相手なら逃げ切れる」は違う…“最もチケットが取れない落語家”・立川談春が語る苦悩 | 文春オンライン
  • 「今も行き過ぎた取材だったと思っていますよ」20年前の大騒動を乗り越え、和泉元彌(49)が掴んだ“充実の今” | 文春オンライン

    和泉 そうですね。森田芳光監督の映画「未来の想い出」(1992)に出演したのが高校3年生のときで、その後「はなきんデータランド」(テレビ朝日系列/1989~1996)でもMCをさせて頂いたので、その頃からちょっとずつ皆さんに知って頂くようになりました。「上質を知る人」に抜擢して頂いて、より世間の皆さんに「狂言師・和泉元彌」が浸透したと感じています。 ©杉山秀樹/文藝春秋 ――CM出演後、紅白歌合戦の司会や大河ドラマ『北条時宗』(2001)では初出演かつ主演にも抜擢されました。まず大河ドラマのお話がきたときはどう思いましたか? 和泉 NHKさんから「3カ月間スケジュールを抑えられますか」「半年はいかがですか?」「1年はいけますか?」とだんだん長い期間を抑えられるか確認があり、その後「実は大河ドラマなんです」とオファーを頂きました。後日、母と一緒に応接室に行って担当者の方からお話を伺いましたが

    「今も行き過ぎた取材だったと思っていますよ」20年前の大騒動を乗り越え、和泉元彌(49)が掴んだ“充実の今” | 文春オンライン
  • 〈笑点卒業〉木久扇が愛した昭和の怪人“横山やすし・立川談志” との宇宙人レベルの交流…タクシーでキレ散らかすやっさんと参院選で「笑ったやつは一票入れて」と談志との思い出 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け

    小1の東京大空襲が原体験――『バカの遺言』拝読いたしました。こので語られる「バカ」は、一般的に使われる「バカ」とは全く違う、世の中を俯瞰で見て、自覚的に「バカ」でいるというか。生き方の名人芸だなと思いました。 林家木久扇(以下同) 生き方の名人かどうか知りませんけれども、僕も86歳、いろんな目に遭ってるっていうことがありますね。人様から見るとスルスルっと生きてるみたいですけど。 例えば、小学校1年のときに東京大空襲を体験している。小学校1年生っていうのは、すごい感受性の初々しいときでね。気持ちがとても柔らかいときにアメリカの飛行機がやって来て、今のウクライナのあの状態なんです。 毎日怖かった、夜になるのがね。毎晩、明け方まで空がいつも明るかった。B29が300機飛んできて、ウサギのフンみたいに爆弾を落としていきましたから、もうすごい明るさだったんですよね。3回目の東京大空襲でうちが焼けた

    〈笑点卒業〉木久扇が愛した昭和の怪人“横山やすし・立川談志” との宇宙人レベルの交流…タクシーでキレ散らかすやっさんと参院選で「笑ったやつは一票入れて」と談志との思い出 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け
  • 「落語家に欠かせない無頼の心を育ててもらった時間でした」五街道雲助(落語家)|わたしの20代|ほんのひととき

    「わたしの20代」は各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺う連載です。(ひととき2024年4月号より) 20歳で大学を辞め金原亭馬生きんげんていばしょうに弟子入りしたので、20代は師匠の7番目の弟子・金原亭駒七として始まったことになります。 実家はてんぷら屋と寿司屋を営んでいました。あたしが大学の商学部に入ったことを親父は「いい跡取りになる」と喜んでましたが、実のところ授業にはほとんど出ていない。学生運動のバリケードだらけでまともに授業はないし、出席の返事だけして教室の下の窓から抜け出し、雀荘じゃんそうや新宿末廣亭に直行です。それでも落語研究会だけはまじめにやってました。落研おちけんは体育会系で、夏は合宿、冬は旅巡業で老人ホームなどを回ります。そんな学生ですから、成績は「不可」が8つでとても3年には進級できない。とはいえ家業は継ぎたくない。それ

    「落語家に欠かせない無頼の心を育ててもらった時間でした」五街道雲助(落語家)|わたしの20代|ほんのひととき
  • 「統合失調症の娘を持つ母」として。講談師・神田香織さんがこれまで封印してきた“自分語り”を決意した理由 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け

    私には19歳の時に統合失調症を発症した娘がいます。二番目の娘で幼い頃から「ミーちゃん」と呼んでいました。 そのミーが30歳になった年のこと。日がコロナ禍にあった2020年8月15日に当時暮らしていた江東区のグループホームの3階自室から落下し、全治6ヶ月の大けがを負ったのです。 そのときの彼女の記憶によると、窓から洗濯物を取り込もうとしたとき「何度も『飛んでごらん』という声が聞こえ誘われるように身を乗り出した」そうです。 窓枠の手すりをまたいで落下する瞬間に、「あっ!これはいけない」と気が付いて、頭を両手で抱えたことでかろうじて急所の直撃は避けられたのですが、地面にたたきつけられて複数箇所を複雑骨折。そして排泄障害を負うことになりました。 警察から一報を受けたときのショックは今でも忘れられません。つい数時間前に昼をともにしたばかりでしたから尚更です。この日はお盆休みで、グループホームのア

    「統合失調症の娘を持つ母」として。講談師・神田香織さんがこれまで封印してきた“自分語り”を決意した理由 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け
  • "真打落語家"蝶花楼桃花

    実は私は落語を子供のころから聞いて育ったというわけではなく、もともとは役者を目指していました。幼稚園児くらいのころ、「移動ミュージカル」というものが幼稚園に来てミュージカルを披露してくれたんです。そこから「私はミュージカル女優になる」と親に話すようになったそうです。そこからずっと夢が繋がっているように思います。 途中宝塚歌劇団に憧れたこともありましたが、身長の問題で受験することすらも叶わず、幼いながらに挫折を味わったことを覚えています。他にもアイドルや女優などさまざまなオーディションに挑戦していましたがなかなか上手くはいきませんでした。それでも、舞台に立ちたいという気持ちは変わらず、ミュージカル学科のある学校に入りました。そこでどんな表現をやっていこうかと悩んでいたときに、自分は自国の文化を全く知らないということに気付いたんです。その後、伝統芸能も学ぶことができる劇団に入りました。 落語に

    "真打落語家"蝶花楼桃花
    akihiko810
    akihiko810 2023/09/29
    ぴっかり、真打昇進かー
  • 「時代が流れても変わらない」人間が感動する本質(週刊現代) @gendai_biz

    何百年にもわたって聞く人の心を熱くし、笑わせ、ときにホロリとさせてきた物語がある。そんな話の詰まった芸能が「講談」だ。テレビやラジオでも大活躍中の革命児が、その魅力を存分に語り尽くした。 神田伯山(かんだ・はくざん)/日講談協会、落語芸術協会所属。'07年、講談師・三代目神田松鯉に入門し、「松之丞」。'12年二ツ目昇進、'20年2月真打昇進と同時に六代目神田伯山を襲名 コロナ後にウケるネタ 講談というのは、かつてはたいへんメジャーな芸能でした。この週刊現代の発行元である「講談社」の社名の由来も講談です。講談社は創業当時、講談師の言葉を書き起こした速記を載せる「講談倶楽部」という雑誌を刊行していたのです。 ですから、講談社の週刊誌に私のしゃべった言葉が掲載されることは、ある意味、歴史的な出来事であるといっても過言ではないのです(笑)。 講談になじみのない方もいらっしゃるでしょうから、まずは

    「時代が流れても変わらない」人間が感動する本質(週刊現代) @gendai_biz
    akihiko810
    akihiko810 2023/08/21
    神田伯山
  • 広瀬和生『21世紀落語史』 | 本がすき。

    21世紀早々、落語界を大激震が襲う。 当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。 志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。連載は、平成が終わりを告... 21世紀早々、落語界を大激震が襲う。 当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。 志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。連載は、平成が終わりを告... 21世紀早々、落語界を大激震が襲う。 当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。 志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い

  • 「僕は嫌なことから逃げていたんです」講談師・神田伯山が語る「修業時代」と「師匠と弟子」 | 文春オンライン

    講談師としてますます活動の幅を広げている神田伯山。この度、講談ゆかりの地を訪ね、講談の魅力を再発見する「講談放浪記」(講談社)を上梓した。巻末には師匠・神田松鯉との師弟対談も収録。そんな伯山が書の読みどころ、そして現代にも通じる「修業論」や「師匠・弟子論」を語った。 ◆◆◆ 講談は宝の山 ――「講談放浪記」、伯山先生の「いま」が浮かび上がってくるでしたね。 伯山 ありがとうございます。僕はずっと「講談は宝の山」と話してきたんですが、それは膨大な読み物が眠っているだけじゃなく、話に登場する実在の場所をめぐっていく「聖地巡礼」的な楽しみ方も含めて、宝の山だと思ってたんです。YouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」では動画で聖地巡礼の様子も見られます。 ――第一部は「赤穂義士伝」や「四谷怪談」ゆかりの地を訪ねる。そして第二部は寄席や歌舞伎座を訪ねますが、単に放浪してるだけではなく、物

    「僕は嫌なことから逃げていたんです」講談師・神田伯山が語る「修業時代」と「師匠と弟子」 | 文春オンライン
  • 歌舞伎独特のビジュアルで表現する『FF10』に抵抗があったけど、思い切って上演時間 “7時間超え” の「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」を自分の目で確かめたらユウナの美しさに嗚咽した話

    (画像は『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』公式サイトより) 大丈夫なの??? 白状すると、上記ポスターが公開されたとき歌舞伎独特のビジュアルで表現する『FF10』に動揺してしまいました。だって『ファイナルファンタジー』といえば西洋的なキャラクターたちが織り成す映像美が特徴のひとつじゃないですか。歌舞伎とは世界観があまりに遠い印象です。 不安な点はそれだけではありません。クリアまで50時間くらいかかるゲームをどうやってまとめるのでしょうか。 ストーリーをめちゃくちゃ削ることになるのでは……? しかしながらその不安についてはすぐに払拭されました。 【上演時間】 前編:3時間35分 後編:3時間25分 な、な、な、ななじかん……!? たとえば人気ゲームなどが映画化したときは「どうやって2時間前後にまとめるんだろう」と思いますが、7時間もあったら45分のドラマ全9話(最終回は15分拡大スペシ

    歌舞伎独特のビジュアルで表現する『FF10』に抵抗があったけど、思い切って上演時間 “7時間超え” の「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」を自分の目で確かめたらユウナの美しさに嗚咽した話
  • 『笑点』新加入の春風亭一之輔 司会の春風亭昇太とあまりにも遠いその関係性(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    『笑点』2人めの春風亭である一之輔 『笑点』の新メンバーに春風亭一之輔が入った。 ホンモノの実力派落語家である。そんな時代になったのかとちょっと驚いた。 いまの笑点メンバーで2人めの「春風亭」である。 亭号で笑点メンバーを分けるとこうなる。 春風亭:昇太と一之輔 三遊亭:好楽と小遊三 林家:木久扇とたい平 桂:宮治 あらためて見ると、おのおの亭号が同じであるだけで、系統から見るとそんなに近いわけではない。まったく近くない。 つまり「名字は同じだが親戚ではない」というのと同じだ。 落語家の身分保障は誰かの弟子であることだけ 落語家になるには、落語家に入門しないといけない。 ある落語家個人の弟子にならないといけないのだ。 落語協会や落語芸術協会という組織に入るのではない。 入門した師匠が所属していたところにそのまま所属となるだけである。 落語家の身分保障は「私はあの落語家の弟子である」というと

    『笑点』新加入の春風亭一之輔 司会の春風亭昇太とあまりにも遠いその関係性(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース
  • いまもっとも注目される若手落語家・立川吉笑 この特異な落語家はどうやって形成されたのか(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    NHK新人落語大賞・立川吉笑はどうやって出来上がったのか 今年の「NHK新人落語大賞」を受賞したのは立川吉笑だった。 オリジナルの落語「ぷるぷる」を演じ、満点で優勝した。 これはまた落語界の一つの画期になるのではないかと感じられる瞬間であった。 立川吉笑は、どうやってこういう落語家になったのか。 落語との出会い、落語へのおもいを、インタビューを中心に紹介する。 東京にやってきて「お笑い芸人」として少し売れだし、でも番組で一緒になったバカリズムの才能に圧倒され、彼は芸人としての限界を感じてしまった。 そこまでの話はインタビュー前半で公開中 https://news.yahoo.co.jp/byline/horiikenichiro/20221128-00325972 「令和4年「若手落語家ナンバー1」に選ばれた立川吉笑 バカリズムに大喜利で完全に叩きのめされた過去」 圧倒的な才能の差を見せつ

    いまもっとも注目される若手落語家・立川吉笑 この特異な落語家はどうやって形成されたのか(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース
  • 談志が神になる 〜立川志らく『雨ん中のらくだ』について〜 | サンキュータツオ教授の優雅な生活

    米粒写経HP サンキュータツオと居島一平のコンビ「米粒写経」。公式ウェブサイト 熱量と文字数 サンキュータツオPresents 二次元を哲学するトークバラエティ音声マガジン 漫才バカ一代 米粒写経が主催する漫才オンリーライブ。年4回、3,6,9,12月開催。 ですが、レギュラーメンバーのスケジュールが合わず、次回は未定。 ワタナベエンターテインメント ワタナベエンターテインメント所属 DVD『珍遊記〜太郎とゆかいな仲間たち〜』(1)(2)(3) サンキュータツオの初声優作品!? 漫☆画太郎先生の傑作が春日森監督によってフラッシュアニメ化! 酒の肴にどうぞ。 サンキュータツオ オリジナルデザインTシャツ 「一コマ目から好きでしたっ」 オタク心を代弁した魂の一枚をあなたも! Links ■タイルブログ ■アニメ会の日替わりアニメ定(毎週水曜日担当) ■日刊ザ★アニメ会A(木曜日担当 角川書店

    akihiko810
    akihiko810 2022/11/21
    読んだ
  • 【 落語 】 六代目 三遊亭円楽 『一文笛』 - YouTube

    2021年6月13日 よみうりホール 昼の部にて 特別映像提供:伊集院光 作品中に一部不適切な表現があるかもしれませんが 作品や当時の文化に従い、修正なく配信しております。

    【 落語 】 六代目 三遊亭円楽 『一文笛』 - YouTube
  • 宮治が『笑点』に出るようになってわかった。一之輔「芸人が売れるって、こういうことなんだな」 - 集英社新書プラス

    40代落語家の二大スターと言っていいだろう。 業界の第一勢力・落語協会の春風亭一之輔(44歳)は、滅多に人を褒めなかった人間国宝の故・柳家小三治をして「久々の大物」と言わしめた逸材。落語を初めて聴く「渋谷ギャル」を爆笑させ、その一方で、目の肥えた年配の落語通をも唸らせる。 片や第二勢力・落語芸術協会の桂宮治(45歳)は、スーパーなどの店頭販売員から30歳過ぎて落語家に転身。常にギア全開が持ち味で「令和の爆笑王」の異名を持ち、今年4月からは、長寿番組『笑点』のレギュラーにもなった。 学生時代の学年は宮治が1つ上だが、入門は一之輔の方が7年先。したがって落語界では一之輔の方が先輩になる。 一之輔が宮治のことを「後輩ではなく、ライバル」と言えば、宮治は一之輔を「もはや人間じゃないかも」と仰ぎ見る。 互いの才能を認め合う2人は、とにかく馬が合う。そんな2人のけなし合い、もとい、ジャレ合いから、落語

    宮治が『笑点』に出るようになってわかった。一之輔「芸人が売れるって、こういうことなんだな」 - 集英社新書プラス
  • 『笑点』の円楽代演で目立つ落語家と目立たない落語家の差 立川志らくはなぜ18回も回答できたのか(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    『笑点』での助っ人落語家11人 『笑点』では三遊亭円楽が今年2022年になって長期療養に入り、代演「助っ人」の落語家が毎週呼ばれている。 2月13日 桂文珍 2月20日 春風亭小朝 3月13日 笑福亭鶴光 3月20日 柳亭市馬 3月27日 月亭八方 4月 3日  桂竹丸 4月10日 桂米團治 4月17日 桂南光 4月24日 桂南光 5月 1日 桂米助 5月15日 立川志らく 5月22日 立川志らく 5月29日 橘家文蔵 6月12日までの時点でこの11人が呼ばれている。 『笑点』が選んだ「実力派」メンバーである。 (飛んでいる週は女性アナウンサーとのペア大喜利や、若手との対抗大喜利などがおこなわれており「助っ人落語家」は呼ばれていない)。 目立っていたのは立川志らくと春風亭小朝 あらためて2月からの放送ぶんを見直して、回答者として感心したのは春風亭小朝と立川志らくである。 軽やかだ。 テレビ

    『笑点』の円楽代演で目立つ落語家と目立たない落語家の差 立川志らくはなぜ18回も回答できたのか(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース
  • 「歌舞伎でヒーローショーをやりたい」 中村獅童+初音ミクの超歌舞伎「永遠花誉功」ができるまで ニコニコ超会議統括プロデューサーに聞いた

    2022年のニコニコ超会議は、久しぶりのリアルでの開催となった。そして、恒例の超歌舞伎も観客を入れての興業、しかも、上演時間も今までで最長の約1時間50分、また出演する歌舞伎俳優も過去最多の、豪華な舞台となった。 演目は『永遠花誉功(とわのはなほまれのいさおし)』、2022年4月29日、30日の13時と16時の計4回行われた。会場は満員、更に2日間の生中継の視聴者数は約59万6000人、今回、過去の超歌舞伎作品を5作品、ネットで配信、その視聴者も合わせると、総来場者数約115万人を記録した。 中村獅童の「ただいまー!」という叫びに沢山のコメントとペンライトが応え、客も出演者も待ちに待った超歌舞伎は、実際、今まで最高のエンターテインメントであり、最高に「歌舞伎」であった。

    「歌舞伎でヒーローショーをやりたい」 中村獅童+初音ミクの超歌舞伎「永遠花誉功」ができるまで ニコニコ超会議統括プロデューサーに聞いた
  • 桂宮治という落語家の畏るべき本性 NHK舞台袖で見せたその異様な姿(堀井憲一郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    末広亭での公演が「前売り」となった桂宮治 新宿末広亭で二月、「桂宮治主任公演」があった。 二月中席だから十一日から二十日までの十日間興行。 通常の公演なのだが、入場券はイープラスでの前売りとなった。ふつうの売り方ではない。異様な人気があるからだろう。 ただ、桂宮治は「みなし陽性」となり、彼は七日目からの四日間だけの出演となった。 九日目のチケットを売っていたので、九日目(宮治主任としては三日目)の公演を見た。 新宿末広亭の「意味のわからない傾斜のついた桟敷席」の最後尾で見た。 満席の熱気あふれる興行だった。 寄席で「アリーナっ!!」と叫ぶ異様な風景 桂宮治は勢いよく登場してきた。 そのまま座布団に座らずに下手(しもて)の端まで行って、そこにあるスタンドマイクを片手に、「二階席っ〜!!」(末広亭には二階席がある)、「桟敷っ〜!」「アリーナっ!!」と声を掛けて盛り上げた。 落語家が寄席で立った

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